見出し画像

ピアニスト沼沢淑音 スペシャルインタビュー

6月、音楽会を牽引する若手アーティストの3人、南紫音(Vn)、横坂源(Vc)、沼沢淑音(Pf)がアクトシティ浜松中ホールに登場します。
ピアニストの沼沢淑音さんに浜松にお越しいただき、インタビュー取材させていただきました。

第9回浜松国際ピアノコンクールに出場し、浜松からいろいろなご縁が繋がっていったという沼沢さん。コンクール出場後も、浜松には何度か訪れているそうで、コンクールでの思い出や自身の演奏活動、共演のお二人とのエピソードなどをお話しいただきました。

お名前がとても素敵ですが、ご両親はやはり音楽好きなんですか?

父はもう亡くなっていますが、作曲をしていて、その後、出版社を経営していました。母はピアノの先生です。音楽に関係があるわけではないようですが、理由を聞いてもよく教えてくれないんですよ。

2015年に浜松国際ピアノコンクールに出場されていますが、当時の思い出や印象深いエピソードをお聞かせいただけますか。

ちょうどモスクワから日本に帰ってきた時だったんですが、マルタ・アルゲリッチさんが審査員をされていたのがコンクールを受けた理由ですね。彼女に聴いていただくことが、自分にとってすごく大事なことでした。第3次予選には進めなかったんですけど、アルゲリッチさんが演奏が終わった後に「シューマンの『幻想小曲集』を演奏した男の子はどこ?」と言ってくださって、「(公財)アルゲリッチ芸術振興財団賞」をいただき、アルゲリッチ音楽祭に招いてくださいました。同じく審査員をされていたパーヴェル・ネルセシアンさんからもポケットマネーで「ネルセシアン賞」をいただきました。当時、世界中のいろいろなコンクールを受けていましたが、1番びっくりした出来事でしたし、すごく嬉しかったです。その後、いろいろな演奏の機会をいただけるきっかけになったと思います。

アクトシティ浜松中ホールロビーにて。
着用されているのはネルセシアン賞でいただいた賞金で誂えたというスーツ。

コンクール以降、浜松にはよくいらっしゃっていますか?

横坂源君が浜松在住なのでよく来ています。源君とは、桐朋の同級生で同じ組だったんですけど、サッカーしたり、ラーメン屋に行ったり、学生の頃はよくいろいろな所に一緒に行っていました。でも、一緒に演奏したのはクインテットの1回のみで、デュオで演奏したことはなかったんです。浜松のコンクールに出場した時、ライブ配信で彼が演奏を聴いてくれて、コンクール事務局経由で連絡が来たんですよ。10年以上ぶりだったんですが、コンクール期間中、僕がちょうど浜松にいる時に会うことができました。コンクールの練習室で、彼と一緒にデュオの曲をやって遊んでいたんですが、それ以来、彼とよく演奏することになりました。高校卒業後、全然連絡を取っていなかったのに、源君がたまたまライブ映像を見ていて、しかも浜松に住んでいた、その後、一緒に演奏する機会がどんどん増えていった、すごいことですよね!学生時代は遊んでばかりだったのに、演奏してみたらすごく意気投合したんですよ。

留学先にモスクワを選んだ理由はありますか?

モスクワを選んだ理由は、エリソ・ヴィルサラーゼさんがいたからですね。実は、最初はミュンヘンに行ったんですよ。日本での恩師ミハイル・カンディンスキー先生が、ご自身のモスクワ時代の師でもあるヴィルサラーゼ先生にコンタクトをとってくださいました。時期的に受験の直前で、ドイツのプラッツ制度により既に生徒の枠が埋まっていて、次の機会にと言われたんですが、自分を抑えられなくて、そのままミュンヘンに行ってしまいました。彼女は『なんで来たの!?』ってすごくびっくりしていましたね(笑) でも、演奏をとても気に入ってくださって、彼女はモスクワでも教えていたので、モスクワの方がレベルが高いからということで、モスクワ音楽院に留学することになりました。

モスクワでの留学生活はいかがでしたか?

すごく刺激的でした。それから、本当に寒かったですね。マイナス30度ですよ!6年間いましたが、留学生活は、何よりヴィルサラーゼさんの影響が大きいですね。演奏もですが、レッスンも魔術的な感じがして、すごく刺激がありました。日本と違って、ピアノがガタガタで鍵盤が上がってこないのは当たり前なんですが、そういう不自由な中で演奏していると、皆さん、楽器のコントロールがすごく上手で、ヴィルサラーゼさんも不揃いなボロボロのピアノでも、瞬間的にピアノのクセを掴んで、アクセントなしに素晴らしい演奏をされていました。演奏に対してはすごく細かくて、黒澤映画のように聴いている人や見ている人の無意識に入り込んでくるレベルの細かさです。ディティールの人ですね。小さな頃からピアノを弾いているので、演奏に対する大まかなアイデアは色々考えるのですが、そういったことより、ミクロのレベルで演奏していくと、全体としてはもっとスケールが大きくなるということに気づかせてくれました。今、僕は大学で教えていますが、生徒が困っていると、こうしたらこうなるよって言っちゃうんですけど、ヴィルサラーゼさんは一切言わなかった。自分で探さないといけなくて、それが良かったのかなと思っています。自分で探した分だけ価値が生まれると考えられていたのかもしれませんが、すごく辛抱強いなとも思います。自分で探すことができなくて辞めちゃう人もたくさんいましたが、そこで6年間揉まれたのが良かったのかもしれません。

演奏活動をしていく中で、音楽家として大きな影響を受けた出来事はありますか?

ヴィルサラーゼさんに会って師事できたことが1番です。実は、僕の父は僕がまだ若い頃に亡くなったんですね。末期癌患者の方が多くいらしたホスピスに入っていて、生前、僕はホスピスにあるピアノをよく弾いていました。父がベットで朦朧としながら、僕が弾いているのに合わせて指を動かしているのが見えました。でも、亡くなる直前に音楽を聴かせた時には、もうやめてくれっていう風に… 音楽って、やっぱり、人に活力を与えるから、自分はもう死ぬんだって思った時は聴きたくないってなったんだと思うんです。父が亡くなったあたりから、ちょっと、演奏が変わったかなと思っています。僕はよく音がうるさいって言われるんですけど、現世だけではなく、あの世にも届くような音で弾きたいと思っています。

沼沢さんからご覧になって、今回共演するお二人はどのような音楽家ですか?

源君は学生時代から、本当に素晴らしい音楽家です。ロマン主義というか、ロマン的なものを大切にしていて、特に、黄金時代の演奏家や古い巨匠が好きなところが僕と共通しています。南紫音ちゃんもとてもスケールの大きな音楽家で、密度の濃い二人だと思っています。一緒に演奏する機会が自分にとっても良い刺激になるし、嬉しいです。紫音ちゃんはジネット・ヌヴーが好きらしいんですけど、それがわかるというか、とても凛として、すごく艶があります。

今回の公演の聴きどころを教えてください。

源君と紫音ちゃんが素晴らしい音楽家なので、お互いの個性がぶつかり合うようなコンサートになると思います。ただ単に、室内楽として、調和の取れた美しい演奏をするだけではなくて、おそらく、火花が飛び散るような、エキサイティングな演奏になると想像しています。どの世界も同じだと思うのですが、音楽に対する理想みたいなものをいつも追い求めているけど、時が経てば理想はどんどん高くなっていって、結局は、到達点ってないと思うんです。音楽における理想をどんどん追求する気持ちは、僕以外の二人も強いんじゃないかな。三人で遊びで演奏したことはありますが、コンサートで演奏するのは実は初めてなんです。

最後に、本誌をご覧の方にメッセージをお願いします。

素晴らしい仲間と一緒に作った世界をご来場の皆様と共有させていただくのがすごく楽しみです。浜松って、僕の中ですごく文化的なイメージがあって、そういう自分にとって特別な場所で三人で演奏させていただけることも今から楽しみですね。

編集注:本インタビューは浜松市文化振興財団情報誌HCF News vol.52(2024.3月発行)に掲載したものです。


ピアノ・トリオの真髄
南紫音(ヴァイオリン)×横坂源(チェロ)×沼沢淑音(ピアノ)

2024年6月22日(土)14:00開演
アクトシティ浜松 中ホール
出演 南紫音、横坂源、沼沢淑音
全席指定 一般¥3,500 学生¥1,000
公演の詳細は、こちらをご覧ください。