エイリアンの傷跡
(私の胸のエイリアンの続きの話)
術後半年経過
5回目の受診
受付を済ませて検査着に着替えたあと、血液検査、エコー検査、胸部レントゲン、腰部レントゲンの順で検査をした後、自分の名前が呼ばれた。
ドアをノックして診察室に入るとDr.ヤマネコとキノコちゃん(医療クラーク)は、変わらない様子でこちらを向いていた。
三ヶ月ぶりの受診なので少し緊張する。緊張のせいかキノコちゃんのこともDr.ヤマネコのこともあまり視界に入ってこず、苦手なくるくる回るタイプの椅子をすすめられ、座るのに少し手間取っている間に、
「調子はどうですか」
と聞かれた。
「調子は・・・」
と呟きながらようやくえいっと回る椅子に腰掛けて先生の方を向く。
「調子はいいです」
「そうですか。それで・・・」
Dr.ヤマネコは「それで・・・」と言ったあと黙ったままマウスをカチカチやりながらモニターに映っている検査結果を見ている。
先程左脇の下のエコー検査の時、ぐりぐりしたものが当たり痛みを感じた。検査技師が重点的に調べ画像を撮影記録しているような気がした。乳がんがまだ左の胸にあった時、彼女はとても入念に画像を調べていた。もしかすると脇の下のリンパ節に転移しているのかな。そんな不安を感じた。「それで・・・」の後はおそらく10秒もなかったろうがずっと長く感じた。カチカチとマウスを操作する手が止まった。
「検査の結果は良かったよぉ」
Dr.ヤマネコはいつも通り優しい口調で話し始め私はホッとする。
「そうですか!よかったです!」
「エコー検査もね、左の脇の下も右の胸も、特に転移の兆候だとかはないですよ」
「そうですか!ほっとしました!」
「胸の写真も、、心臓も、ああ、きれいだね」
胸の写真は私からもよく見えるところに映し出されていて、確かにすごく綺麗だった。3年くらい前に肺炎にかかっていた頃の白っぽい像とは全く違う。
「腎臓に嚢胞はあるけど、まぁこれはいいし。血液検査の結果、もらった?」
「嚢胞・・はい。あ、はい。いただきました」
「中性脂肪がちょっと、だけどまあいいですよ。傷はどう?」
「特に変わりないです」
「そう。じゃあ薬を出しますね」
「はい、お願いします。あの、ひとつだけ質問があります。」
「はい」
Dr.ヤマネコとキノコちゃんがこちらを向く。
「あの今後は、三ヶ月ごとにお薬をもらいにきますよね。その時にエコー検査と血液検査をするんですね。半年ごとにそれに加えて骨密度の検査と胸のレントゲン検査があるんですね?」
「そうです。一年後はマンモもあります。」
キノコちゃんが答えてくれた。
「あ、マンモか」
そうだ。一年に一度検査をすると退院時に言われてたっけ。
「わかりました。ありがとうございます」
私はそう言って立ち上がった。ドアのところまで歩き外へ出てから内側に向き直る。いつも通りDr.ヤマネコと医療クラークのキノコちゃんがこちらを向いている。「ありがとうございました」と頭を下げてドアを閉める。
この時診察時に感じていた違和感の理由にようやく気がついた。
3ヶ月ぶりに会うDr.ヤマネコはとてもスッキリとした髪型になっており、姿勢を伸ばしシャキッと座っていた。今までは椅子に座った時の目線が同じくらいの高さだったのに、今日は私よりずっと上に目線が上がっていたのだ。
Dr.ヤマネコは信頼できる素晴らしいお医者様なのだけど、診察室での座り方はゆるかった。それが話し方のゆるさにも繋がり面白みが増していた。
四月だからかしら。
みんな心機一転したり、身なりを変えてみたり、違うことを始めてみたりする四月。私も1週間ほど前に髪型を変えている。
Dr.ヤマネコも髪を整えシャキッと座り、四月らしい風情でいたのかもしれないな。
ホルモン療法薬のせいか、体重が増加傾向にある。また3ヶ月後に診察に来る時には少し痩せていたいなと思いながらクリニックを出ると夕方の冷えた風が西から吹いてきた。