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ショート 響子のしょくざい

「あ~ぁあ、よく寝た。でも、ふぅ、肩が痛いわ。もう歳かしら」

 部屋の空気は程よく乾燥してるし、心地よい。もうエアコンがいらない季節なのね。でも、肩が痛いのは少し固いベッドのせいかも。買い換えようかしら。無理かしら。

 背を伸ばし、両の腕を伸ばし、固まった背中をほぐすと、大口を開けてあくびする。麻のパジャマがめくれて、お腹が丸出しになったけど、一人暮らしだから全然気にならない。

「でも、ちょっと早く起きちゃったわ。でもいっか、今日は里江と会うから、ちゃんと支度しておこっと」

 里江とは出会ってもう4年になる。私よりかなり年下だけど、とっても良い子なのよ。すぐに親しくなって、週に3回は会って一緒におしゃべりするの。お昼に会うこともあるし、夜に会うこともあるわ。

 今日、里江と会ったら、どんな話をしようかしら?


「ね、里江さん、今日のランチはとっても素朴な定食ね。里芋の煮物に豚汁に、焼き魚と麦ご飯。ザ・日本の定食、って感じ。そう思わない?」
「そうね、こういうお昼食べてると、すぐに痩せそうだね」
「そうだよねぇ~、この豚肉、どこの豚かしらね。う~ん、国産って感じじゃないなぁ、イベリコ豚とか?」
「まさか、きっとアメリカとかよ。でも、ほんとグルメよね」
「へへへ~」

 里江はあんまり喋る方じゃないけど、私を見ながら頬杖をついて、少し微笑んでくれる。そういうさりげないところも好きなのよね。

「ね、次はいつ会おうか。いつ会える?」
「えっとね、明後日の夜に会えるね」
「明後日の夜?うん、大丈夫。じゃ、ディナーだね!」
「そうだね」

 あさってか、楽しみだわ。


「わあ、チキンの唐揚げとか久しぶり~、こういうの、家では作れないんだよね~、油が跳ねて台所が汚れちゃうからさ。でも、やっぱり唐揚げって美味しい!鶏はどこの鶏かしら?とっても噛み応えがあるね。どっかのブランド地鶏なのかなぁ。ねぇ、里江さん、どう思う?」
「う~ん、私は分かんないけど、あなたは色んな美味しいもの食べてきてるじゃない?そういうの、私よりずっと詳しいでしょ?」
「そうだなぁ。これはあれかなぁ、宮崎の地頭鶏じとっこかなぁ。それとも鹿児島の地鶏かしら」
「へぇ~、そんな地鶏があるんだ~、やっぱりグルメなのね」
「ふふ、まぁね~」

 里江は私の事を何でも知ってるの。私も里江のことを色々聞いてるから、ふたりでおしゃべりするのは楽しいわ。もう、里江とのおしゃべりは生き甲斐って言ってもいいくらい。もう、ふたりは親友よね。

 もっと早く、里江と出会ってればな。
 もっともっとたくさん、おしゃべりできたのにな。
 もっともっともっと楽しく、暮らせたのにな。


「あぁ、よく寝たわ。でも、やっぱり肩がいった~い、ちょっとだけ寒かったからかなぁ」

 私はいつものように背を伸ばし、両の腕を伸ばし、固まった背中をほぐした。
 今朝はちょっと冷える感じだったから、普段より余計に固まってるわ。やっぱり季節は巡ってるのよねぇ。

 昨日の夜ごはんは美味しかったな。お肉とか、お魚とか、私が好きなものを選べたのよ。自分で言うのもあれだけど、私って結構お金持ちでグルメだったから、食材にはこだわりがあるの。だから、使われてる食材がそれほど高級じゃないのも分かったんだけど、ホントに美味しかったな。久しぶりだったからかな?

 ただ、里江がいなかったのが残念。一緒におしゃべりしながら食べたかったのに、ホント残念。でもいっか、今日は会える日だから、またランチでおしゃべりしよっと。


 あれ?

 里江が来た。なんで?
 なんでこんなに早い時間に?

 里江はドアの前に立って、カチャリと鍵を開けた。
 里江の後ろに、男がふたり立っている。

「囚人番号140番、○○響子、さあ、行きましょうか」

 抑揚のない里江の声はコンクリート打ち放しの室内に木霊して、よく聞き取れないけど、意味は分かった。

 ああ、そうか。
 今日は、その日なのね。

 私は里江に手を引かれ、長い廊下を歩き出した。

 里江、ありがとう。
 こんな恐ろしい殺人鬼と、普通に話してくれて。

 明日からは、会えないね。もうおしゃべり、できないね。

 あぁ、もっと早く、こんな人と出会ってれば、なぁ。
 違う人生が、あったかも。

 でももう、遅いか。

 私の手を引きながら、俯いて歩く里江の背中は、少し震えているように見えた。

 今日が私の、贖罪の日、だわ。

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