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三日間の箱庭(12)セカイガオワルヒ(3)

前話までのあらすじ
 最初に核ミサイルを発射した独裁者に続き、世界に幾人かの独裁者はそれに続くという愚行を重ねた。
 応戦する世界の国々、世界核大戦、そして滅亡する世界。
 最初の核攻撃で命を落としたテレビニッポンプロデューサー小鉢拓実は、最初に世界の破滅を予言したクロスライトの元へ走る。
 だが彼は最初の三日間、中学生いじめ殺害事件における行き過ぎた取材で黒主家を苦しめた張本人だった。


■セカイガオワルヒ(3)
 4回目の5月28日、朝5時半。
 小鉢は黒主家の前に立ち、インターホンを鳴らした。小鉢の後ろには番組スタッフが総出で待機している。まだカメラは回していない。リポーターの神木さくら、ADの板野しほりも、もちろん一緒だった。

「黒主さん、テレビニッポンの小鉢と申します。最初の頃から取材させていただいている者です。あのときは本当に失礼な取材態度で、お詫びのしようもございません」

 小鉢はフェイクではない、真に謝罪の意を込めてインターホンに語りかけた。黒主家のリビングでは、正平と来斗がインターホンから流れる小鉢の声に耳を傾けていた。

 前回の5月28日、聡子は2度目の死を経験した。しかしそれは来斗を守るためのもので、無意味なものではなかった。もちろん最初の死も来斗のためであったから、後悔はしていなかった。
 今日の朝、いつものように3時20分過ぎに目が覚め、聡子は自分が死んでからのことを聞いていた。

 来斗が自分を殺した3人に重傷を負わせ、正平がそれを治療したこと。来斗がマスコミを利用して世界に向けたメッセージを発信し、それが世界に大きな影響を与えたこと。その中で来斗はまた、自分の心臓を一突きして息絶えたこと。それらがすべて、来斗の考えであったこと。正平自身も、翌日の核ミサイルで命を落としたこと。

 来斗も、自分が予言したとおりのことが起こったのだと正平に聞かされた。来斗は満足げに微笑んでいた。

-来斗くん、笑ってるわ。また家族全員が死んだのに。

 我が子はどうかしてしまった、と聡子は思った。同時に、我が子にはもっと先が見えているようにも思えた。

-私も、もっと先のことが知りたい。そのためには。

 聡子は正平も知らない時間の事を知ろうと思った。そしてそれを知るには、このマスコミに聞くのが一番だと思えた。
 聡子は正平と来斗に黙って玄関に向かい、そしてドアの鍵を開けた。
「かあさん、あれ?かあさんは?」
 玄関が開いたことに気付いた正平と来斗も、急いで玄関に向かった。

「来斗の母の、聡子です」
「あぁ!来斗君のお母様!!」
 小鉢は膝に鼻がつくほど頭を下げた。
「あの最初のとき、本当に申し訳ありませんでした!!謝罪いたします!」
 聡子に続いて、正平、来斗と玄関に出た。誠心誠意を絵に描いたような小鉢の謝罪に、二人は顔を見合わせ、そして決めた。
「小鉢さん、そして皆さん、中へどうぞ、リビングで話しましょう」


 黒主家のリビングはそう広くなかった。
 テーブルを挟んで黒主家の三人と小鉢、小室が座った。その後ろにカメラとマイクがセットされ、神木さくらと板野しほりはその横に立っていた。そしてその後ろでは、技術系スタッフが入念にネット配信の準備をしている。

 正平は自分が核ミサイルで命を落としたときのことを思い出していた。鳴り響くJアラート、正平は前日からリビングに安置していた聡子と来斗の亡骸を見つめていたが、いつまでもやまないJアラートにようやく気付き、リビングの窓際に向かい、カーテンを開けた。その瞬間、正平の意識は途絶え、今日の朝になっていた。

 そこから先の出来事を、目の前の小鉢が語っている。小鉢自身も外に出ていたため、第一波のミサイル攻撃で死んだようだということ。その後のことは、あの日辛うじて生き残ったテレビニッポンのローカル局ネットワークを通じて集めた情報や、今日の朝、やはり各ローカル局に連絡して集めた情報だそうだ。

 東京のテレビニッポンビルは第二波の攻撃で完全に破壊された。第一波はJアラートのとおり北K国からの攻撃。これは東京と各地方の主要都市を狙ったもので、半分ほどは撃墜に成功したそうだ。しかし第二波はほとんどすべてが着弾した。そこで局のローカルネットワークは崩壊したが、小さなローカル局はまだ生きていて、第三波を経験している。

 その第三波は、第一波、第二波を大きく上回る規模で、威力も桁違いだったようだ。例えるなら、長野に落ちた一発が、本州全域を壊滅させるような威力。どこに落ちたか分からないのに、突然音もなく空が裂け、それから恐ろしい威力の衝撃波が襲ってきた、そして今日になっていた、というローカル局員が多数いたそうだ。それらの話を総合すると、第二波はC亜国、第三波はR帝国の核攻撃ではないか、という結論だった。

「自衛隊は、米軍はどうしたんでしょう?」
 正平の発した素朴な質問は、愚問だった。もちろんどちらも壊滅した。それは明らかだ。ここまでの大規模核攻撃は、アメリカも想定していなかっただろう。
「いや、そりゃ壊滅でしょ、でなきゃ」
 小鉢は言いかけてやめた。”でなきゃ、全滅なんてしてないでしょ?”
 これも愚問だからだ。

「それよりも、おそらくアメリカの太平洋艦隊やEUなんかが報復してると思いますよ?それこそ三国とも日本と同じ状況じゃないでしょうかね。あ、北K国はともかく、R帝国もC亜国も広いから生き残った人がたくさんいて、逆に地獄をみたんじゃないでしょうかね、最後の一日の、そのまた最後まで」
 正平はだまってうなずいた。

「それでです、もう時間がありません。もう次の瞬間にも、各国が先制攻撃をするんじゃないかと思うんですよ!どうです?ライトクロス様」
 小鉢はわざわざネット上に拡散している来斗の名前を使った。
「そのとおりです小鉢さん、もう時間がない。すぐに配信を始めましょう」
「よし、ライトクロス様の言質を得た!ネットいいか?照明ライト様照らせ!マイク、カメラ向けろ!始めるぞ、さくらちゃん、しほりちゃん、頼んだ!各サイトに同時ライブ配信開始!!」

 世界のサーバーに、ライトクロスが降臨した。

 黒主家のリビング、ソファの真ん中に座る来斗の両側に、さくらとしほりが座っている。
 まずさくらが口を開いた。

「クロスライト様のお話です」

 さくらの役目は進行だ。即座に、しほりの指がキーボードの上を舞う。
「世界の皆さん、おはようございます。あるいはこんにちは、あるいはこんばんは。クロスライトです。今日本時間、朝の7時です。僕は前回、またこの時間に、と言いましたが、1時間ほど早くお会いすることになりました」
 しほりが来斗の言葉を聞き取り、同時に英語に翻訳してテキストをかぶせる。これで世界中に伝わる。
「その理由は、もう今、この瞬間にも、また核ミサイルが世界中を飛び交うだろうから」
「クロスライト様、前回の予言は当たりましたね」
「はい、僕の予言のようなものは当たりました。いかがでしたか?死ぬ瞬間は、想像していたものと違いましたか?」
「花畑や光の世界や川を渡る光景をイメージしていましたが、何もありませんでした」
「何もなかったでしょう。暗黒、そして覚醒、それだけです。世界の宗教で言われているような死後の世界は、無い。世界のみながそれを知ってしまいました。でも、私たちは生きていた記憶を持って覚醒しています。だから自分を殺した相手、虐げた相手をよく覚えているはず。その相手は恐れるはずです。誰を?」
「それは、誰でしょうか?」
 さくらが受ける。

「それは、あなたをです!」
 来斗はカメラを指さした。

「あなたを殺したから、相手はあなたに殺されると思う。だから、もしあなたが相手を殺さなくても、相手はまた、あなたを殺しに来る」
 さくらが補足する。
「例えば私を殺した犯人がいたとして、時間が戻った後、私がその犯人に復讐しようがしまいが、犯人は私の復讐を恐れて、また私を殺しに来る、ということですね?」
「さくらさん、そのとおりです。とても分かりやすく言ってもらった」
「クロスライト様、では、私たちはどうすればよろしいのでしょうか?」
「裁きが必要なのです。そのような行いを行った者は、必ず厳罰を受けなければならないのです」
「でも、もし私なら、私を殺した相手にそんな罰を与えられるか、自信がありません」
 さくらのそんな心配に、来斗が応える。
「それをさくらさんが行う必要はありません。僕の言葉を理解した人たちが、さくらさんの代わりに裁きを与えてくれるでしょう。そして裁きが下ったら、許しましょう」

 来斗はひと言ひと言の間を更に取り、言葉の力を強めた。

「今すべきことは、この巨大な死のループの切断です」
「与えましょう!裁きを!!」
「この死のループの根源たる者たちに!」
「この惨状を招いた、独裁者たちに!!」
「さぁ、もうすぐまた、核ミサイルが飛んできます」
「この言葉を聞いた人たち、あえて核の炎をその身に受けてください。あえてその衝撃に身を晒してください」
「そしてすぐに!目を覚ますんです!」

 その言葉を聞いていたかのように、リビングにある全てのスマホがけたたましく鳴り出した。
 Jアラートだった。

「来ました。皆さん、世界はまた終わります。次の最初の日、この時間にまた、お会いしましょう」
「僕の名前は、クロスライト」

 しほりの指がキーボードを舞う。彼女が最後に打ち込んだ文字。
 “My name is Light of Cross”
 “十字の光”という意味を持つ名前。後にそれは、更に重要な意味を持つことになる。

 2度目の破滅は、1度目より早く訪れ、そして徹底的だった。
 最初からR帝国が撃った。同時にC亜国、北K国も撃った。迎撃のしようがない。
 実はR帝国より早く、アメリカ始め西側諸国が核ミサイルを発射していた。先制攻撃だった。特にツァーリボンバを首都に落とされたアメリカは、攻撃を躊躇しなかった。

 2度目の世界核大戦。
 それは4回目の5月28日に起こり、そして終わった。

 その日は地球人類、2度目の最後の日となった。


つづく


予告
 二度目の核戦争による人類の破滅。その巨大な死のループを、来斗は止めるべく世界にメッセージを送る。
 それは、来斗のメッセージを受け取り、行動できる特定の者たちへのメッセージだった。そしてそのメッセージを最初に世界に届けたのは、小鉢たちではなかった。
 三日間の繰り返しの中、出来ることを模索し、実行する黒主家の家族、そしてクロスライトを掲げ、支援することで世界へのメッセンジャーとなる小鉢らテレビニッポンクルー。
 果たして誰が、Light of Crossのメッセージを受け取るのか? 


おことわり
 本作はSF小説「三日間の箱庭」の連載版です。
 本編は完結していますから、ご興味のある方は以下のリンクからどうぞ。
 字数約14万字、単行本1冊分です。

SF小説 三日間の箱庭

*本作はフィクションです。作中の国、団体、人物など全て実在のものではありません。

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