三日間の箱庭(30)クラムシェル(最終話)
前話までのあらすじ
4日目への可能性を説き、それからの生き方をクラムに託すクロスライト。ここまで世界で戦争をなくし、悲しむ人々、子供たちを救ってきたクラムこそ、これから新たな未来を生きる人類の希望、という内容だった。
だが、そのメッセージの途中でライトの考えを見誤った鈴木教授の口から、クラムシェルの存在が明らかにされ、4日目への実験における最重要人物、浜比嘉星雲の襲撃が予告される。
日本警察がそれを、黙って見ているはずはなかった。
■クラムシェル(3)
5月29日未明、東京都某所会議室。
コツッコツッと二人分の足音がして、ドアが開いた。
「あ、本間課長、こんな時間においでいただいて、ありがとうございます。さ、どうぞお席へ」
警視庁公安部の遠山部長が席を立って迎えた。会議室には遠山の他、すでに数名が席に着いている。
本間正臣は警察庁キャリア、公には情報整理課という冴えない部署の課長だが、内実は国際テロリストの情報収集と分析を専門とする特殊チームのトップだ。
「いや遠山部長、大丈夫ですよ。この3日間が始まって以来、我々警察は暇になりましたからね、こんな風に呼び出されるのも久しぶりです。あ、いや、5月27日にも呼び出されてたな、なぁ?」
「はい課長、5月27日にも呼び出されていました。日付的には一昨日ですけど、もうずいぶん前に思えますね」
本間と一緒に部屋に入った相沢が応えた。相沢は本間の部下だ。
「ところで遠山部長、今日はあの件ですね?」
本間の口調が変わる。遠山の顔が引き締まる。
「ええ、昨日のBSCなる科学者集団の会見で4日目の可能性が示された件、更にそのメンバーである浜比嘉教授に対するクラムシェルなる集団からの襲撃予告の件です。では、時系列にまとめてありますので、ご覧ください。では君、頼む」
会議室の大型モニターに映像が映し出される。
「本間課長もご存じのとおり、BSCは5サイクル前、つまり約2週間前に政府に対してその研究成果を開示し、日本とアメリカ、EUが共同で運用している超高エネルギーハドロン粒子加速器の使用を申請してきました。この加速器の存在は現在も伏せられている機密度高、極秘の案件です」
「あぁ、それは存じています。すでに官邸筋からブリーフィングを受けていますので」
「はい、課長がご存じなのはもちろん承知しておりますが、この案件にBSCのメンバーの浜比嘉教授が携わっていたことは?」
本間は思わず身を乗り出した。
「あの男が?」
「ええ、浜比嘉教授はBSCに参加して重要な役割を担う一方、この現象が始まる前は極秘の国際プロジェクトであるこの加速器の設計、運用に携わっていました。それと、同じくBSCの竹山、藤間両教授も政府の要請を受けてこのプロジェクトに携わっています。それだけBSCのメンバーが優秀だということでしょう」
「うむ、なるほど繋がりましたよ。昨日の会見、浜比嘉教授はパラメータを装置にとか口走って止められていました。それですね?」
遠山は部下にスライドを進めさせた。そこには世界中から集められた百数十名の科学者や技術者、そして日本人数名、外国人数名の写真、経歴が次々に表示されている。遠山が話を続ける。
「ええ、このプロジェクトにはコンピュータや電気、電子など多分野にわたる多くの科学者や技術者が参加しています。そして日本の理論物理学者でこのプロジェクトに招聘されているのはBSCの3名のみです。他はアメリカ、EUのやはり理論物理学の権威数名が参加しているわけですが、昨年、すでに加速器自体は完成し、試験運用を重ねている段階でした。そこに・・」
「この3日間の繰り返し、ですか」
「そうです。そして4日目に進む実験のためこの装置を使う。その最重要人物が」
「浜比嘉青雲」
「その通りです」
遠山の指示でスライドが進む。そこにはBSCから送られたデータ、そしてこの加速器を用いた実験の詳細が記されている。4日目に進むための実験だ。遠山の説明と共に、大まかな技術的解説は警察の技官が担当していたが、技術的知見のある技官をもってすら、その説明は難解だった。
「これは、私にはとても理解できないが、膨大なデータの入力と、パラメータの設定も必要だということか」
「お分かりいただけましたか。超高エネルギーハドロン粒子加速器の運用には非常に高度な操作と共に、膨大なデータとパラメータの設定が必要なようです。とても普通の人間には覚えられない。天才物理学者と言えど、です。ですが普通であればデータもパラメータもコンピュータに記録しておけばいい」
「しかしそれは、出来ない相談ですね」
「ええ、機械的記録は3日間しか維持できない。しかもこの装置は日本にある。そして日本に瞬間記憶の理論物理学者は、浜比嘉教授以外にいません」
「そうか、それでクラムの過激派、クラムシェルは浜比嘉教授を狙うのか。実験を行う上での最重要人物だから」
「そうです。そしてクラムシェルについては、我々警視庁も全容を把握しきれておりません。先のテレビ番組で暴れた鈴木、あれは確かにクラムシェルと言ってもいいのでしょうが、全くの小物です。これが今現在判明しているメンバーですが、はっきり申し上げて、これ以外のメンバーがどこにどれくらい潜伏しているのか、見当が付きません」
遠山はスライドに映る数名の写真を指しながら説明を続ける。
「そこで、本間課長のチームのお力をお借りしたいと」
本間は両手で膝を“パンッ”と叩くと立ち上がった。
「もちろんですとも!それは我々の本業です。相沢君、すぐ全国に指示。各個機動班を組んで出動命令を出すように。あと、沖縄は単独、九州と中国、近畿のチームは混成で、指揮は近畿にまかせる。情報伝達体制は長官をトップに必要に応じて総理官邸まで、いいな」
「はっ!」
「では遠山部長、今日の朝からクラムシェルの情報が入ってきますから、首都警備はよろしくお願いします」
“即断即決か、さすがに速い”
遠山は本間のスピードに舌を巻いていた。しかし東京の警備で遅れを取るわけにはいかない。
「お任せください。いただいた情報は有効に使わせていただきます。それと・・」
「それと?」
「ご存じのとおり東京にはクラムの教祖的存在、黒主来斗がおります。今回の件で、彼が浜比嘉教授襲撃に加担する、あるいは指示を出すようには見えません。もしクラムシェルと敵対するようなら、彼の警護も必要です。しかしながら、やはりクラムのトップは彼なのです。監視対象であることに変わりはありません」
「なるほど」
「そこで彼、黒主来斗と最初から縁があり、彼を最もよく知る刑事ふたりを付けたいと思うのです。安藤刑事、それと武藤刑事です」
それまで発言していなかった2名が立ち上がる。
「安藤です」
「武藤です」
遠山が続ける。
「この2名には、課長のチームから直接情報をいただきたいのです。2名は黒主来斗と一緒に行動しますから、情報を最も役立ててくれるでしょう」
「ほぉ、黒主来斗と行動を共に、おふたりが。ほぉ」
ふたりを見る本間の目が光った。
「承知した。では安藤さん、武藤さん、相沢課長補佐に今回の任務についてのブリーフィングを受けてください。相沢君、後で私も行く。まずアウトラインだ。頼むぞ」
「はっ!ではおふたりとも、私と一緒に来てください」
ふたりが近づくと、相沢は歩きながら小声で告げた。
「課長も来るそうです。きっと特殊任務ですよ?うらやましい」
安藤と武藤は叩き上げの警察官だった。そのふたりが警察中枢の情報に触れ、世界を揺るがす事案に巻き込まれる。
全ては、黒主来斗から始まっていた。
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クラムシェル編、終わり。
予告
ヒムカ、それは世界最高性能の高エネルギーハドロン粒子加速器。
秘密の国際プロジェクトであるヒムカは、三日間のタイムリープを破る切り札だった。
藤間、竹山、浜比嘉の3名は、打ち合わせのため、宮崎での集合を計画する。最重要人物、浜比嘉を警護する警察、そしてそれを追うクラムシェル。
新章、ヒムカ計画の始まり。
起承転結の転は、大詰めを迎える。
おことわり
本作はSF小説「三日間の箱庭」の連載版です。
本編は完結していますから、ご興味のある方は以下のリンクからどうぞ。
字数約14万字、単行本1冊分です。
SF小説 三日間の箱庭
*本作はフィクションです。作中の国、団体、人物など全て実在のものではありません。
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