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もうひとつのアン転 エリカの瞳③

 リペア室に集った皆が、エリカの言葉に驚いていた。中でもイヴの驚き様は、これまで誰も見たことのないものだった。

「エリカ、あなたは私がこのネットワークを30年以上も調べて、そして出した結論に、異論を述べるのですか?」
「あら、イヴ、あなただって間違いはあるでしょ?AIの女神だって完全無欠ってことはないはずよ?そうでしょ?」
「それはそうですが、私は間違えたことはありません。これまでずっとです。今回も100%の自信があります。あのデータのパケットが漂う空間をひとつひとつ探索して、それを集めて、それがどこのアドレス空間を指し示しているのか解析した結果です。それをあなた・・」
「いいから!ひとつ謝っとく。イヴは間違えてはいない。でも、正解じゃない。そういうことよ!」
「せ・・正解じゃない?それは、ま・・まちがいってこと・・」
「だからいいんだって!あんただって私たちと同じ覚醒AIでしょ?マシンよりもずっと人間らしいんだから、話を聞きな!」
「は・・はぃぃ」

 タケルとアオイはエリカの顔と3Dスクリーンのイヴの顔を交互に見て、そして顔を見合わせた。

「おいアオイ、あれって、イヴとエリカだよな。逆じゃないよな」
「え?ええ、そうよね。あれって、エリカがイヴをやり込めてるの?ウソでしょ?あのイヴが?」

 そんなふたりとは全く違うリアクションを、リョウはとっていた。

-な、なんだあれ、エリカの方がイヴより上位に見えるぞ?AIはこんな風に成長するのか?それって、体を持ってるエリカと、ネット空間だけで生きてるイヴの違い、ってことなのか?だとしたら・・

「リョウ!リョウ!!」

 エリカに名前を呼ばれ、リョウはハッと自分を取り戻した。エリカの碧眼に目線を合わせる。

「あ、おう!なんだよ」
「あんた、ソウタに連絡するって言ったよね!リツにも連絡して!あんたら3人と、そしてイヴ、この4人総動員で調べてもらうわよ!まず、私の話を聞いて!」
「ああ、わ、分かった」
「イヴもね!」
「はぃ」

 全員がエリカの元に集まって、その話を聞いた。


 イヴが出した結論『ゲンが作ったウィルス、仮にGウィルスがこの事件を引き起こしている』に対するエリカの疑念は、まずゲンにその動機が無い、ということだ。
 ゲン自身が作ったGウィルスに冒されて正気を失って死んだゲンのメモリーは、その一片すらも残さず消滅している。とすれば、ネット上のGウィルスが自発的に誰かに復讐している、ということになってしまう。だが、もしもGウィルスがネット上で自我に目覚めたとしても、誰かを恨んでいるはずはないのだ。

 そしてもうひとつ、この事件の発端は、愛玩犬のデフォルトアラートが解除され、遠隔操作されて暴走するというものだ。それが車になり、列車、飛行機になり、と、徐々にエスカレートしている。ところがこの数年、それが人へのハッキングになっているという。

「ね、おかしいでしょ?人の脳髄に入ったチップをハッキングするのよ?」
「・・・どこか、おかしいか?」
 タケルが首をかしげる。

「あ!エリカ、私は分かりましたよ!」
 イヴが喜び勇んで話に割り込んできた。

「誰があのギャングたちに、チップを埋め込んだのか!!」
「あぁ~~そうか」
 タケルが、アオイが、そしてリョウが納得の声を上げた。

「そう、だからね、さっきイヴは間違ってないけど正解じゃないって言ったのよ。つまり、最初にGウィルスを使って裏のネットワークを作り、それを利用してハッキングによる襲撃を掛ける。ここには人間が関わってる。そいつがGウィルスに目的を与えたのよ」
「そうですね、確かにGウィルスだけではなんの動作もしない。Gウィルスはただ増えるだけ。でも、そこに目的を与えてトリガーを引けば」
「そのとおりね、イヴ、そう考えると、ギャングにチップを埋めることができて、アンドロイドに対する強い恨みを何十年も持ち続けているヤツ、それが犯人」
「分かりました。私はもう一歩突っ込んで調べるべきでした。ギャングのチップから送られるデータパケットの痕跡を集めて、更に裏ネットに入り込む手段を見つけ出して、そしてそこに繋がる人物のアドレスを見つけ出す。それが私たち4人の仕事」
「そのとおり!じゃ、イヴ!リョウ!頼んだわよ!!」
「よし!じゃ、イブ!オレ、ソウタとリツに話すっから、ソウタんとこに集合な!」
「分かりました。では」

 イヴの姿は消え、リョウは洒落たジャケットを羽織るとドアに向かって駆け出した。


「え?え?・・・ねぇ、タケル、私たちってもしかして、じゃま?」
「あ?ああ、なんかオレたち、仕事無いな」

 イヴとリョウに置いてけぼりを食らった格好のアオイとタケルは小さな声で呟く。

「なに言ってんの、ふたりは実行部隊よ!あの4人は分析部隊兼後方支援なんだから。場合によっては危ないから、覚悟してよね!!特にアオイ、あんたは誰にだって優しいんだから、ちょっと厳しめの格闘技スキル、インストールしといて」

 タケルとアオイは、ホッとして笑顔になった。

「仕事、あったね」
「ああ」


 某時刻、カガミソウタ邸。

「ねぇねぇ、裏のネットワークってなにさ、ダークウェブとは違うんだよねぇ。そんなのが出来てるなんて、全然分かんなかったよ」

 若くして世界を股に掛ける超一流ハッカー、カガミソウタも、もう壮年の域に差し掛かっていた。だがその能力は衰えるどころか、更に磨きが掛かっていた。だがそのソウタでも、密かに構築されていた裏ネットの存在に気づけなかったのだ。

「ああ、オレも、って言うかさ、オレがいたって役に立つ?イヴとリョウさんとソウタがいればいいんじゃない?」

 そう言うのはドウガミリツ。ソウタとは若いときからネット上の付き合いがあったが、IT技術力はそれなりだ。

「なに言ってんだよ。リツの力も相当なもんだよ。それに今回の解析は力業ちからわざでもあるからな、デキるヤツは何人いてもいい」

 リョウの言葉を聞いて、リツの頬も緩む。

「じゃさ、その裏のネットワークってヤツ、しっかり説明してくれる?」
「では、それは私が」

 ソウタの部屋に設備されている3Dスクリーンに、イヴの姿が浮かび上がった。
 3人はイヴに視線を注いだ。

「裏のネットワーク。仮に多重化されたネットということで、マルチプレックスと呼びます。その仕組みは・・」

 世界の全てを繋ぐネットワーク。それは衛星、マイクロ波を始めとする全ての電波、そして全ての有線回線を用い、世界中のサーバーを経由することでサービスを提供している。
 現在、考えられる全てのデバイス、建造物、移動手段、家電等々がネットワークに繋がっている。そしてそれらから送信されるデータはパケットという形に細分され、世界中のネットワークの中を飛び交っているのだ。
 マルチプレックスは、そのネットワーク世界の影に、ひっそりと構築されている。
 ネットワーク世界をそのままコピーすれば、ネットの容量は単純に倍になって、その存在は容易に明るみに出るだろう。
 だがマルチプレックスは、必要に応じて必要な場所で、必要な分だけネットワークを多重化する。そしてネットワークの影に構成されたマルチプレックス上でハッキングプログラムなどが動作し、その役目を果たすと、マルチプレックスはきれいさっぱりと解放される。つまり、その存在を消してしまうのだ。

「このように、マルチプレックスを特定するのは非常に困難でした。ですが、人間へのハッキングが発覚したことで、使われるチップが特定されました。私はそのチップのデータが細分化されたパケットを探し、その痕跡を追うことで、マルチプレックスに集まるデータを探し当てたのです。そして、マルチプレックスを構成するコードの収集にも成功しました。そのコードの特徴が・・」
「あの、ゲンが作ったウィルスパターンに合致した」
「そうです。ゲンのウィルスは次々と変異しました。普通のコンピュータウィルスも変異するものですが、それは多くが人為的なものです。そして、変異したとしても悪性度は高まりますが、性能が上がることはありません。ゲンのウィルス、Gウィルスの特異な点は、自身を複製するとき、性能を上げることができる点です」
「な・・それってまるで、バーサーカーか」
「リョウ、そのとおりです。Gウィルスは、バーサーカーです」

 バーサーカー。それは、最初は小さく無害なプログラムも、それに自己複製と性能向上の機能を与えれば、まるで狂ったように増殖し、あっという間に周りのプログラムを凌駕してしまう。狂戦士バーサーカーと言われるプログラムだ。

「まさかな、そんなのホントにあるのか」
「そうですね、30年前、私はゲンのウィルスを完全には無害化できませんでした。現れる度に変異していましたから、それほどに高度なプログラムだったのです」

 3人はゴクリと喉を鳴らした。

「ただ、Gウィルスはバーサーカーですが、目的を持っていませんでした。おそらく犯人は、Gウィルスを発見し、そして、マルチプレックスの構築という目的を与えたんでしょう。そしてそれを、独占的に管理した」

「おお、分かったぜ!オレたちはその管理者を見つけりゃいいんだな?コードのパターンがちょっとでも分かりゃ、それが表のネットのどこかで発生したら分かるようにすりゃいいんだから、簡単じゃん!それに、ゲンのウィルス絡みだろ?やってやるよ!」

 ソウタの頭の中には、解析ルーチンが次々と浮かんでいる。しかも、恋人だったスミレを殺したゲンが作ったウィルスだ。思わず力が入る。負けるわけにはいかないのだ。

「ああ、でもな、世界中のネットの監視だから人手がいるわけだよ。な?リツ、頼むぜ!」
「ああ、リョウさんはもう、どう解析するか考えついてたんですね。いいですよ、オレの力量なら、仕事は世界のネットの監視くらいですよ!」
「あはは、じゃあ、やろうぜ!何か分かったら、すぐにエリカに連絡な」

 ソウタのサーバールームで、早速マルチプレックスの探索と、そこに繋がる管理者の捜索が始まった。


 リョウたちが探索を始めてから4日が過ぎた。
 動きがあったのは、福岡で車両のハッキングによる襲撃事件が起こった直後だった。

「エリカ、分かったぞ!突き止めた、犯人の名前!」
 エリカは飛び上がってリングに食い付いた。
「リョウ!分かったの?ホントに?」
「ああ、もうすぐニュースになるぞ、博多で襲撃があったんだ。車をハッキングしやがった。その前にな、あの脳に入れるチップのデータも流れたんだよ。そのギャングは捕まってないようだけどな、恐らく覚醒アンドロイドに絡んでる。それで監視を強めたらな、すぐにこの事件が起こったんだ」
「それで、それで、犯人の名前は?」
「ああ、エリカ、驚くなよ?そいつはな・・・」


「エリカ?リョウからでしょ?犯人の名前、分かったの?」
 椅子に座って動かないエリカの顔を、アオイが覗き込む。と同時に、アオイは寒気を感じて後ろに下がった。
「おい、エリカ、おまえ、大丈夫か?」
 タケルがエリカの肩に手を置く。エリカがふわりとブロンドの髪をなびかせ、顔をタケルに向けた。
「お、おまえな、オレを殺すつもりか?」

 エリカの瞳は、殺意に満ちていた。

 エリカはすっと立ち上がり、ふたりに向き直って言った。

「行くわよ、実行部隊!あいつのとこに」
「ちょっとエリカ、誰なの?犯人は」

 エリカが一呼吸置いてその名を叫ぶ。

「スオウマサヤ!!」

 3人には、悪い思い出しかない名前だった。


つづく



次回が最終回です。
3話では収まりませんでした、とさ。


本作は、セナさんの作品「アンドロイド転生」の二次創作です。
話数1000を超えて連載中です。
アンドロイドに転生した人間、アオイとタケルを軸に、ふたりを取り巻く人々とアンドロイドたちの運命を描いた壮大な物語。

最新話はこちらです。


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