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逢魔の子 鬼の棲む場所

 1月のある日、サークル棟の廊下で慌ただしい足音が聞こえ、琉球弧伝承研究室のドアが開いた。

「漆間さん!今、連絡が入りました、起きました!玉城南小学校です!」

 大マジムン、ミミチリボージが起こす怪現象、ミミチリボージに取り憑かれた子供が暴れ、取り憑かれた子供を女性のマジムンが助ける。
 知念西小学校を中心として螺旋状に移動するその怪現象が、知念にほど近い玉城の小学校で起こったのだ。

「玉城南小か、近いね!百合ちゃん」

 この怪現象は、2ヶ月に一度起こる。そう分析したのは言葉と百合子のふたりだ。そして分析どおり、この1月に怪現象は起こった。そして次は、螺旋の中心である知念西小学校にミミチリボージは来るはずだ。

 知念西小で、この怪現象は一度として起こっていないのだが。

 その予測の元、漆間たちは、知念周辺の小学校で怪現象が起こったら連絡をもらえるよう、各学校に手配していたのだ。
 それは琉大OBの教師たちの協力や、日葵や智たちのような沖縄出身者の伝手を頼っている。

「はい、すごく近いです。あとは3月に知念西小学校に集まる瘴気を監視すれば、ミミチリボージが来たことを正確に把握できます。そこで最後の・・・」
「そうだね、そのときが僕の、最後の闘いだ」

 拳を握りしめる漆間だが、百合子はそう思ってはいなかった。

「漆間さん、もう漆間さんだけの闘いではないですよ。言葉さんも、それに神鈴さん。日葵さんと達也や、2年生のみんなだって一緒に行きたいはずです。あ、それと漆間さんひとりでは身動きも取れませんよね。奥間さんにも行ってもらいましょう!運転手で!!」

 百合子がそう言ったとき、部室の外で数人の足音が聞こえた。

「漆間、起こったんだってな!ほらぐずぐずしないで行くぞ、玉城南小!神鈴も言葉ちゃんも行くってさ!」
「ああ、勇二が車を出すって言うからな、さぁ、行くか」

 勢いよく入ってきたのは、神鈴と奥間、そして言葉だった。

「漆間、ようやくだね。ようやくお母さんを助けられる。もうすぐだね」

 言葉も集まったデータを必死に分析したのだ。少し涙ぐむような言葉を見て、漆間も頷きながら立ち上がった。

「うん、もうすぐだ!じゃあ奥間さん、お願いしていいですか!」
「ああ、いいぞ!勇二の仕事はこれくらいだからな!」
「え?ああ、神鈴さん。はい、ありがとうございます・・え?僕、奥間さんにお願いを・・」
「ん~、まぁいいじゃないか。さあ行くぞ勇二!」
「おう!運転ならまかせろ神鈴!」

 ぴったり息の合った神鈴と奥間を先頭に、漆間たちは玉城南小学校に向かった。


 この景色、知っている。またここに来たのか。
 どんなに遠くに飛んでも、またここに戻ってくる。

 ほら、またこいつの目が覚める。
 こいつが目覚めたら、また子供を襲う。

 ここは子供たちがたくさんいるから。
 こいつが子供たちを襲ったら、私が助けなければ。

 でも、子供を助けるには、力がいる。
 だから私も、子供たちから力をもらう。

 大丈夫、私が助けるから。
 力を、ちょうだいね。

 そしてまた、ここから離れるのよ。

 遠くへ、遠くへ。

 でも、何回ここに来ればいいのか。
 分からない。

 こいつらが必ずここに向かうから。

 必ずここに。

 ここに、なにがあるの?

 ここに、なにがいるの?

 分からない、私には、分からない。

 でも恐ろしい・・・なにか。


 玉城南小学校は沖縄本島南部、東に太平洋、西に東シナ海を望む、“島尻”と呼ばれる地域に位置している。
 ここは海からすぐに100mほどの高台が立ち上がり、急斜面が続く地形だ。つまり海側には平地がほとんど無い。

「えっと、高良広大たからこうだいくん、気分はどうかな?もう大丈夫?話せる?」

 神鈴はミミチリボージに取り憑かれた4年生の男子、高良広大の横に座り、優しく話し掛けている。やはり、かなりの霊気を失っているが、神鈴がそれをゆっくりと補い、青白かった顔はようやく赤みを帯びてきた。

 玉城南小学校の保健室には、広大とその母の雪子、担任の教師、そして神鈴と漆間がいる。言葉たちは車で待つことになった。大人数では子供を刺激するからだ。
 教室や廊下で暴れた広大は、駆け付けた教師の対応が遅れ、10人ほどの子供たちを巻き込んでしまっていた。その後、ぐったりとしゃがみ込んだ広大は保健室に連れて行かれ、母親の雪子がすぐに呼び出されたのだ。

 雪子は呆然とした様子で息子と神鈴のやり取りを見ている。

「広大、どうだ?話せるかって、お姉ちゃんが聞いてるぞ?」
 そういう教師に、広大は黙って頷いた。
「じゃあ広大くん、最初にどんなことがあったのか、お姉ちゃんに教えてくれる?」

 広大は混乱した記憶を辿るように話し始めた。

「うん、僕ね、給食を食べるのが遅くてひとりになっちゃってて、早く遊びたくて、それで食べ終わったら昼休みが短くなって、みんなと遊びたかったから急いで階段を降りて、窓から校庭を見たら、みんな泥警してて、僕もって、あわてて走り出したら、なんかが後ろから、うわぁーって・・」

 その後、広大は階段を駆け上がり、廊下や教室にいた子供たちを引き摺り回したり、叩いたり蹴ったりして暴れた。教師が駆け付けたときには、すでに10名ほどが廊下に倒れたりしゃがみ込んだりしていたそうだ。
 その10名に大きな怪我はなかったが、一様にぐったりした表情で、立ち上がれない子供もいたらしい。

「僕ね、訳が分かんなかったけど、でも自分が何をしているか、ぜんぶ分かってた。自分がみんなに乱暴してるって、ちゃんと分かってた。でもなんかが、なんかが僕の後ろで僕の体を使うんだ。僕はどうしようもなくって、みんな痛がってたのに、どうしても手や足が止まらなくって、ごめんね、ごめんねって思いながら・・・」

 広大は罪の意識か、目に一杯の涙を溜めてそう言った。

「うんうん、辛かったね、怖かったでしょ?それで、先生に止められたの?」
 涙を拭った広大は、神鈴の顔を見上げる。
「ううん、先生には止められたけど、その前にね、おばちゃんが来てね、僕の後ろのなんかを、ぶわぁーって、やっつけた?かなぁ・・」
「うんうん、それで?そのおばちゃんはどこから来て、どこに行ったの?」
「分かんない、急に僕の前に出てきて、僕の顔を撫でて、大丈夫よって言って、後ろに、ぶわあーって、消えちゃった。そしたら僕、力が抜けて、立てなくなって、そこに先生たちが走ってきたの」

 神鈴は教師に顔を向け、そうですか?という仕草を送った。教師は黙って何度も頷いている。

 その様子を見ていた広大の母、雪子が初めて口を開いた。

「あの、真鏡名さんとおっしゃいましたね。広大になにがあったんです?この子は普段すごく優しくて、おとなしくて、人を叩いたりして暴れるなんて、私は今も信じられなくて。広大が言ってた何か、とか、おばちゃんって、いったいなんなんですか?」

 息子が暴れ、余所様の子供に怪我をさせてしまった。その母親としていろいろと心配や納得できないこともあるのだろう。神鈴はできるだけ丁寧に説明しようと決めた。

「お母さん、納得いただけるかは分からないんですが、広大くんのようなことは、これまで何度も起こってるんです。いろいろな小学校で。ただ、これをおおやけにしても、信じない人の方が多いでしょう。ただ、子供がなにかの切っ掛けで暴れたんだろう、そういう性格の子なんだろう、そう思われるかもしれません。でもお母さん、これはマジムンが引き起こした現象なんです・・」

 マジムンと聞いて、雪子も横にいる教師も驚いている。神鈴はこの現象が沖縄中で起こっていて、自分たちは琉大のサークルでそれらを調べていること、そして暴れた子供や巻き込まれた子供たちは例外なくぐったりとした状態になっていて、それは霊気を吸われていることが原因だということを丁寧に説明した。適当に誤魔化そうが、しっかりと説明しようが、どちらにしろ信じてもらえないなら同じだからだ。

「広大くんを見てください。私たちが来るまで、ぐったりとしていました。今は良くなっていますね。それは私が、マジムンに吸われた霊気を補ったからです。それと先生、巻き込まれた子たちも同じようにぐったりとしているはずです。その子たちの所にも私たちが行って、元気にしてあげようと思います。信じていただくことが前提ですが、そのためには先生にも、お母さんにも協力していただきたいんです」

 雪子は左手で広大の手を握りながら、右手で頭を撫でている。

「ほんと、広大の顔色が全然違うし、目に元気がある。いつもの広大ね。真鏡名さんはこの子がマジムンに取り憑かれてあんなことをして、そして霊気を吸われたって。それって、マブイを落としたっていうこと?」
「マブイ落としとよく似ています。でも、吸われたマブイは回復するまで待たないと、すぐには戻りません。それともうひとつ。広大くんの話に出てきた“おばちゃん”ですけど、それもマジムンです。ただ、このマジムンが広大くんを助けてくれました。もしこのマジムンが助けなければ、広大くんはマブイを吸い尽くされて、かなり危なかったかもしれないんです」

 広大の言う“おばちゃん”も霊気を吸ったことに、神鈴は触れなかった。それが漆間の母親であることにも、もちろん触れていない。

 雪子は神鈴の話を真剣に聞いて、口を開いた。

「実は、うちの門中にユタがいるんです。私も子供の頃から視てもらっているから、マブイ落としとか、真鏡名さんの言うことは分かるつもりです。それに、ご迷惑をお掛けした子供さんのお宅に早く行きたいし、それでお伺いしますが、真鏡名さんって、あの、ユタの真鏡名家の方ですか?」
「ご存知でしたか。はい、私は真鏡名のユタでもあります。真鏡名神鈴といいます」

 雪子は真鏡名家のことを知っていた。すぐ神鈴の正面に向き直り、頭を下げる。

「そうですか!じゃあぜひ!この子が巻き込んでしまった子供たちのお宅に、ご一緒いただけませんか!」

 神鈴は少し微笑みながら頷いた。漆間も同様に頷いている。霊気を吸われた子供たちの所へ、ふたりは元よりそのつもりだったからだ。


 奥間の運転する車は、国道331号線を海沿いに走っている。その車中、皆は先ほど経験したことを話していた。

「私、あんな風に子供に霊気を入れてあげるの、初めてです。なんだか子供たちがどんどん元気になるのって、嬉しかった」

 そう話すのは言葉だ。

「ほんとですね、私なんか神社の娘なのに、あんなことがあるなんて知らなかった。霊能者には、人を癒やす力があるんですね」

 百合子も同調する。広大の霊障に巻き込まれた子供たちは10人、その家を回る際、その親たちに説明したり話をする合間、子供たちの霊気を補う必要があった。神鈴はそれを、言葉と百合子に任せた。神鈴は雪子の謝罪や教師の説明を補い、それを助ける役目、そして漆間はその間、残留思念を読んでいたのだ。

「ふふ、百合ちゃん、神社仏閣はその土地自体に神聖な力が宿ってるから、人はそこに行くだけで癒やされることがあるのよ?それにあなたのお父様も、言わないだけで力があるのかもしれないね」

 そんな神鈴の言葉に、奥間も感心したように口を開いた。

「あの、広大くん?それにお母さん、こう言ってしまうとあれだけど、とってもラッキーだったんじゃない?神鈴に漆間、それに言葉ちゃんと百合ちゃん、うちのホンモノはそこいらのホンモノとは違うからねぇ。お金取れば良かった?」
「なに言ってる、勇二、私はそんなことしない」
「あはは、冗談冗談!神鈴はそんなことしないよね」

 それを見て、言葉と百合子が小声でコソコソと。

「ね、百合ちゃん、なんか夏が過ぎてから、ふたりってなんか・・・ねぇ」
「はい、あの与那国から帰って、神鈴さんも奥間さんも、名前呼びになっちゃってて」
「あれかな、そういうことかな、なのかな」
「そういうことって、わぁ、そういうことですか!」
「うるさいぞー、そこのふたり、うるさぁーーい」

 ふたりの小声は、神鈴にはしっかりと聞こえていたようだ。言葉と百合子は思わず首を竦める。

「ところでだ、漆間、広大くんと子供たち、どうだった?」
 全員の残留思念を読んだ漆間は、車中でずっと目を瞑っていた。
「あ、はい、神鈴さん、概ね春香ちゃんのときと同じです。でも、ちょっと気になることがあって、話はもう少し後でいいですか?」
「あ、ああ、今も読んでいたのか。じゃあ後でな」

 漆間は頷くと、再び目を瞑った。


 玉城南小学校の風景、ああ、校庭で友達が遊んでるなぁ。泥警か。面白そうだ。

 広大くんが走り出した。取り憑かれたな。

 ほんの数歩だ。背中が重い、足になにか絡み付いた。ああ、春香ちゃんと一緒だ。毛むくじゃらの腕が広大くんの足を抱いている。

 もう一本の腕が、広大くんの肘を掴んでいる。どう考えても腕の位置関係がおかしい。
 広大くんの意識は、あるな。恐れ、悲しみ、どうしようもならないのか。


 ああ、女の子の髪の毛を掴んで、引き摺って。男の子を引き倒して、殴って、止めようとした子、上級生か、でもあっという間に殴り飛ばして、蹴り飛ばして。


 女の子の思念だ。広大くん、恐ろしい形相だ。でも泣いている。かわいそうに。女の子は叫んでる。いたいいたい。やめてやめて。

 上級生の子だ。こんなやつ、オレが・・そう思ったんだな。でも、広大くんは恐れない。突っ込んでくる広大くんに、体は大きいのに引き倒されて、蹴られて。腕力は強いのに。

 ああ、みんな力が抜けている。霊気を吸われたんだ。

 広大くんに取り憑いた、ミミチリボージに。


 まただ、また母さんが現れた。広大くんの顔を両の手で包んで、大丈夫、助けてあげる、かわいい男の子、母さんはそう言ってる。

 広大くんの霊気が、一気になくなった。


 森が見える、海も見える、眼下に小さな島がある。
 これは、奥武島だ。なぜこれが見える?僕は子供たちの思念を読んでいたのに、これは、この道に残った思念か。

 そうか、広大くんたちを通じて、僕はミミチリボージと、母さんの思念に繋がったのか。

 それは、今日起こったことだから、こんな風に読めるのか。

 ミミチリボージと母さんは、ついさっき、ここを通った。

 これは、母さんが残した思念なんだ。

 この道は海よりかなり高いところを通っている。海岸線がよく見える。少し大きな港が見える。次は、小さな島、カーブが多い。

 見上げると、螺旋状に建設された大きな橋が見える。ニライカナイ橋か。

 今、僕たちも同じ所を走っている。やはりつい先ほど、ミミチリボージと母さんが、ここを通ったんだ。

 ここを通り過ぎるとすぐ、知念西小学校だ。ここにあいつは入る。ミミチリボージの目的地は、ここだ。

 遠くに久高島が見える。それにすぐ先は斎場御嶽セイファーウタキだ。どちらも沖縄の聖地。

 だけど、そんな聖地になぜミミチリボージは行きたいのか、その理由は分からない。

 左手に知念西小学校、今、通り過ぎる。

 あっ!!

 なんで?どうして!!

 目を開けなきゃ!奥間さんに言わなきゃ!

 車を、車を!

「奥間さん!車を止めて!!」
「うぇ!どうした!!」
「きゃっ!!」

 突然車内に響いた漆間の声に、奥間は驚いて急ブレーキを掛ける。車はタイヤを軋ませながら路側帯に止まった。

 突然の停車で言葉たちの悲鳴も響く。

「どうしたの?漆間、今まで目を瞑ってたのに!」
 言葉の問い掛けにも応えず、漆間は叫んだ。
「今、消えたんです。ミミチリボージの気配、いや、母さんの、名城明日葉の残留思念が!!」


 停車した車中で、みな漆間の話を聞いていた。

「つまり、今日怪現象が起きた玉城小からここ、知念西小まで、漆間のお母さんの思念が残っていた、ということだな?そして、ここで消えた」

 神鈴が漆間の話をまとめる。奥間が琉大までの帰路に、かなり遠回りになる海沿いの国道331号線を選んだのは、途中に知念西小があるからだった。
 来る3月、ここでミミチリボージとの決戦を控えているのがその理由だ。
 そして今日、その道をミミチリボージと漆間の母が通ったという。

「そうです。でも、この小学校に入ったとは思えないんです。止まったなら最後の光景は学校の前とか、中でしょ?母さんの思念はここで止まったんじゃなくって、消えたんです。ふわっと浮き上がるような光景が最後に見えた母さんの思念です。」
「ふわっと浮き上がる?ということは、空を飛んだって事か?」

 全員が顔を見合わせた。怪現象の描く螺旋の中心がここだ。だがここ、知念西小学校では怪現象は起こっていない。それが唯一の謎だった。それがもしかしたら、解けるかもしれない。

「じゃあ漆間、この道の下はどうだ?ここはかなり高いだろ?降りてみるか?」
「はい奥間さん、お願いします」

 奥間は車を走らせ、国道の下に降りる道を探した。海からすぐに崖が立ち上がる島尻地区は、国道がかなりの標高を走っている。海岸に出るにはそこから降りる道が必要なのだ。
 そしてそれは、知念西小学校のすぐ先にあった。斎場御嶽の入り口の正面から下に降りる小道だ。

 急な坂道を車は降りていく。僅かな畑も見えるが、ほとんどが手つかずの原野だ。それも狭い。たった数分降りれば、100mほどの小さな砂浜に辿り着く。

 全員が車を降りて、今、降りてきた崖を見上げた。国道はその上だ。

「神鈴さん、感じますか?母の残留思念は国道からふわっと浮き上がったんです。多分、この崖のどこかに散っていると思うんですが」
「う~ん、難しいな。ここには様々な霊気があって、しかも濃い。どれかひとつを感じて読むのは私には無理かもしれない。だが漆間は感じるんだな?」
「はい、ここまで母の思念を感じながら走ったからかもしれません。ただ、その残留思念もどんどん薄くなっています・・・ああ・・・もう感じなくなりました」
「そうか、意識的に思念を閉じたということか。それはミミチリボージがやっているのかもしれない。ことちゃん、タブレットを持ってるだろ?螺旋の中心は知念西小学校だったが、ここはどうだ?」

 言葉は頷いてタブレットを取り出し、保存してあるデータにアクセスした。トントンっとタップ音がして、神鈴の問いに応える。

「はい、神鈴さん、螺旋の中心としてどれくらいの範囲を定めるのか、なんですけど、この崖は国道から始まってますから、知念西小の校門のすぐ目の前になります。つまり、螺旋の中心として全く問題ないと思います」
 言葉の答えに、百合子も続く。
「知念西小学校では、あの現象は一度も起こっていませんでした。それが謎だったんですけど、螺旋の中心がこの海岸なら説明が付きます」

 神鈴は腕組みをして、しきりに考えを巡らせているようだ。そして腕を解き、納得した顔で話し出した。

「そうか。これまでの分析では、これから2ヶ月後に知念西小にミミチリボージが現れる、って思っていたな。だが、もうすでにミミチリボージは中心に到達している。そして、2ヶ月後にはまた周辺の小学校で現象は起こるだろう。ということは・・」

 神鈴はそう言うと、漆間に顔を向けた。

「またミミチリボージが活動を始めるのは、2ヶ月後じゃない。もっと近いはずだ」

 神鈴の言葉は、決戦は3月ではなく、明日起こってもおかしくない、ということを意味していた。
 皆の顔が強ばる。

「漆間、考えようによってはだ、ここさえ監視していれば、ミミチリボージが活動するタイミングを見極めるのは容易いってことだ。それに、お前はお母さんの思念を強く感じ取れるだろ?この場所さえ分かってしまえば、常に監視しておくことは可能じゃないか?」

 神鈴の問い掛けに漆間は頷いた。そしてポケットからシャープペンシルを取り出す。

「ふぅん、そういうことだね」
「え?神鈴、そういうことってどういうこと?」

 意味が分からない奥間が神鈴に声を掛ける。

「ああ、勇二はよく分かると思うんだけどなぁ、だが、分からないなら分からなくていいだろ」
「え?なんでオレ?どういうことさ、なんでオレがよく分かるの?」

 神鈴は、まあいいだろ、という表情で漆間を見た。

「じゃあ漆間、集合の合図はお前に任せる。勇二はそのとき絶対運転できるように、酒はほどほどにしてな」
「あ、お酒かぁ、うん、分かったよ。神鈴の方が心配だけどな」
「私はいいんだよ。勇二が運転なんだから。よし!今日はひとまず、帰るか!」

 神鈴の号令で、皆が車に乗り込んだ。


 奥間の車は知念佐敷の国道331号を北上している。広々とした干拓地を走る道路は真っ直ぐで、椰子の植栽や左手に迫る奇岩も珍しいドライブルートだ。

「オレが車を出すのはもちろんいいんだけどなぁ、漆間とか言葉ちゃんはバイクで動くだろうし、でも神鈴はなぁ、車持ってるくせになぁ、百合子ちゃんとか乗せてくれても、いいんじゃなかろうかぁ~」

 奥間は運転しながら、誰に言うともなく呟いている。だが、その呟きは神鈴にしっかり聞こえていた。

「は?勇二、私は車を持っているが、それがなに?勇二は私を乗せたくないのか?」
「ん~、そうじゃないんだけどなぁ~、たまにはなぁ~、神鈴の車に乗ってやっても、いいのかなぁ~って」

「ねぇ言葉さん、ふたりってやっぱり、あれなんですねぇ」
「そうよねぇ。あれじゃないと、あんなやり取り、しないよねぇ」

 言葉と百合子はそんなふたりを見ながらヒソヒソ話。だがそれも、神鈴にしっかり聞こえている。

「ふ・た・り、う・る・さ・い」
「あ、すいません~~」
「はぁ~い、だまりますぅ~」

 そう言いながらも、言葉と百合子のクスクス笑いは止まらない。

「ごほっ!ところでな、漆間」
 神鈴の声色が変わった。
「さっきあの崖下の砂浜で、いろいろな霊気が集まっていて、しかも濃いって言っただろ?」
「はい、確かに濃かったですね。岩や草木や、自然にある霊気や小さなマジムンの瘴気では説明が付かない濃さでした」
「そうだ。だがな、もしあれが“いろいろな霊気”じゃなかったとしたら、どうだ?」
「それは・・・・でかいマジムンが、あの一帯に散っている・・・・」
「そうだ、でかいのがひとついる・・かもしれない。だとしたら、ミミチリボージなど比べものにならないかも、だぞ?」
「そうですね、そのとおりかもしれません」

 漆間は目を瞑り、マジムンになってしまった母に思いを巡らせた。

-ミミチリボージを封印し続けている母さん。今もあの崖下で、ミミチリボージと共にいる。だけどそれすらも、更に恐ろしい何者かの手の平だったとしたら、僕は勝てるのか?いや、母さんを救うことすらできないのかも。

 漆間は身震いしながら、マジムンとなった母の瘴気を感じようとしていた。
 今、漆間は遠く離れたとしても、あの場所の、母の瘴気を感じることができる。

 この瘴気が高まるとき、そのとき、すべてが決まる。

 漆間は唇を噛み締めて、まっすぐ前を向いた。


逢魔の子 鬼の棲む場所 了

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