三日間の箱庭(10)セカイガオワルヒ(1)
前話までのあらすじ
黒主来斗を最初に殺した同級生の父、武藤雅史と来斗の父、正平は互いの誤解を解いたが、そこに現れたいじめグループ3名、岡島、重田、上村の父親たちが乱入し、来斗の母、聡子を殺害してしまう。武器を持つ3人の大人をカッターナイフ1本で制圧する来斗。そして来斗は彼らを救うことを正平に懇願した。
更に来斗は、取材するマスコミを使って世界に対するメッセージを録画させる。そしてメッセージの最後、覚悟を示すため、来斗はまた、心臓を一突きして自殺した。
そこまで映像に残した来斗の真意。
それは、死のループが断ち切れることを世界に示すためだった。
来斗のメッセージは、世界に届くのか?
新章、セカイガオワルヒの始まり。
■セカイガオワルヒ(1)
3回目の5月28日、来斗は命を賭したパフォーマンスを世界に配信するよう、テレビ取材班に託した。しかしその日、来斗の動画は配信されなかった。
取材班の番組プロデューサーが配信を止めたのだ。
ニュースとは名ばかりの情報バラエティー番組プロデューサーにとって、来斗の演説はこれ以上ないほどのスクープ映像だった。これを小出しにすれば、どの番組でも高視聴率を取れる。それは間違いない。たった3日間でも、局のエースプロデューサーになれる。なにしろライバルプロデューサーみんながあの映像を切れ端でも欲しがるのだから。
それに、次の3日間もあそこに行って、黒主来斗を独占的に取材すれば、もっと、もっと。
そんなちっぽけな野心だった。
プロデューサーの名前は、小鉢拓実といった。
3回目の5月29日、朝、テレビニッポン。
「小鉢さん、この映像、すごいですよ」
来斗のパフォーマンスは、確かに恐ろしい求心力を持っていた。
「昨日の午前中から少しずつ出してるんですけど、視聴者の反応がものすごくて、リアルタイムも動画配信もダントツトップですよ。サイトには“早く全部見せろ”って、DMもすごくて」
「そうだろぉ?世間の皆様はなぁ、この3日間がいつまで繰り返すのかぁ~とかさ、科学者が訳のわかんない理屈をこねるのを必死んなって見てぇ、分かったふりするしかなかったんだけどさぁ、そんなん分かるわけないだろぉ?ホントはさぁ~、皆様こんな映像に飢えてたわけよぉ」
小鉢は得意満面でディレクターの肩を叩いた。
-しかしすげぇネタを掴んだもんだ。あの中学生いじめ殺人、あれに食い付いてホント良かったぜ。俺はこれでトップP!局での立場も安泰安泰っと!!
自然と口元が緩むのを止められなかった。よだれを垂らす勢いだ。
しかし、小鉢のそんな殿様気分も長続きはしなかった。
ドンッ、ドンドンドンッ!!
激しくドアがノックされ、小鉢の応えを待たずに開け放たれた。
「小鉢さん!大変たいへん!!」
「こむちゃん、どしたのそんな慌ててさ」
飛び込んできたのはアシスタントプロデューサーの小室だった。小脇にタブレットを抱えている。
「とにかーく!これ見てください、これこれ!!」
小室は抱えていたタブレットを小鉢の目の前に差し出した。そこには、黒主来斗が映っていた。
「なぁー!なにこれ!!だれ?これ流したの、だれ!?」
黒主来斗の命を使ったパフォーマンス。それが最初から最後まで、カッターナイフを自らの胸に刺し、クロスライトと叫んで崩れ落ちるまで、全てが公開されていた。
「これスマホのヤツですよ。あいつあいつ!ADのしほりちゃん!板野しほり!!」
「はぁ?板野?だってあいつのスマホ、押さえたはずじゃん?」
「いや小鉢さん、そんなん隙をみてSNSに上げちゃうとか、まんまクラウドに上がるようになってたらアウトでしょ!?」
「あそっか!で?板野は?すぐ連れてきて!!こりゃ訴訟もんだよ?」
-やばいやばいやばい!板野しほり!あぁのぉヤぁロぉー、俺の安泰がぁ、俺のエースPがぁ!!
「いや、それが実は、板野は昨日の昼から行方不明っていうか、こんなご時世なんで、会社もぜんぜん把握してなくって」
「なんだよぉ~、そんじゃぁ俺ら、なぁ~んもできないってことかぁ?」
「そうなんですよねぇ、それとこの動画、アップが今日の朝5時なんすよ、今9時でしょ?」
「で?」
「で?って、再生回数やばくないですか?」
小室はそう言うと、動画を一時停止した。
「は?はち、86933回?」
「どこ見てるんすか、8693.3ですよ。8693.3万回!!」
「はっせん、まんかい」
「そうですよ、約8700万回!!たったの4時間で!それにここだけじゃなくって、あっちこっちのSNSで拡散されてますよ。こりゃもう止めるとか止めないとかっていう話じゃないっす」
小鉢は天を仰いだ。
-くっそ~このままじゃ済まさん!い~た~のぉ~、ぶち殺してやる!!
「こむちゃん!ちょっと総務に掛け合って、板野の住所、聞いてきて!!」
「は?なにするつもりですか?」
「自宅に乗り込んでぶちのめしてやる!!いなきゃいないで、部屋ぐちゃぐちゃにしてやる!!どうせ明日が過ぎりゃ元どおり!!」
・
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3回目の5月29日、11時20分。
小室が運転する車の後部座席に小鉢はいた。板野の自宅は東京都郊外、東村山市にあった。埼玉県境にほど近い東村山市は、都心からかなり時間が掛かる。
「あ~忌々しい、再生回数がどんどん伸びてる。世界中で見られてるって事?大体、なんでご丁寧に英語の字幕なんか付いてんの?」
「あぁ、板野ってまだADですけど、かなりデキるヤツみたいですよ?帰国子女で超一流大学卒、きっとあいつが翻訳して編集したんでしょ?優秀ですよねぇ」
「こむちゃ~ん、人ごとみたいに言わないでよぉ」
「いや小鉢さん、英語どころかもう各国語に翻訳されて、吹き替え版までありますよ?」
「ほぉんとだぁ~、ますます忌々しい!!」
「それより小鉢さん、もうすぐ着きますよ」
板野の自宅は、多摩湖のそばにあった。西武園にも近い、かなり大きな一軒家だ。
「こりゃ~実家ってことか、かくれんぼにはもってこいだな」
小鉢は車を降り、玄関のチャイムを鳴らした。きっと板野は家の中でモニターを見ているはずだ。
「いたのさぁ~ん、しほりさんおられませんかぁ?会社の上司なんですけどぉ~」
小鉢にとって、この手の突撃はお手のものだった。若い頃から叩き込まれた取材という名の嫌がらせ。相手がどんな心境だろうと、相手にどう思われようと関係なく、何時間でもチャイムを押し、丁寧な言葉でプレッシャーを掛ける。それこそ相手が怒りにまかせて出てくればしめたものだ。
「しほりさぁ~ん、いるんでしょ~?出てきて説明してくださいよ~、じゃないと、法的に出るとこ出てもいいんですよぉ~?」
嘘だった。この3日間の繰り返しがいつまで続くか分からないが、裁判を起こしても時間が過ぎれば3日前に戻ってしまう。裁判など無駄なのだ。
-出てこい出てこい、ぶちのめしてやるからさぁ~
何十回目のチャイムだろうか、それを押そうとしたとき、反応があった。
「小鉢プロデューサー、板野です」
「おぉ!やっぱりいたねぇ~、板野しほりさん、出てきてもらえるかな~、で、なんであんなことしたのか、説明してくれると嬉しいなぁ」
「出ません。後ろで父が見ています。このまま話をさせてもらいます」
「いやぁ~おとうさんかぁ、一緒に出てきてもらってもいいんですよぉ?」
「小鉢さん、ですか、娘は出て行きません。出来ればお帰りいただきたいのですが、そうもいかないようなので、このままどうぞお話しください」
-ちっ!おとうさまのご登場か。仕方ない。
小鉢はとりあえず話を進めることにした。
「はいはい、分かりま~し~たっ。じゃぁ板野さん、どうしてあんなことをしたんでしょうか?」
「あんなこと、と言いますと?」
板野は逆に質問してきた。ADとはいえ、さすがこんな状況には慣れている。
「いやいや、とぼけても無駄ですよ?あの動画、あなたのスマホのものでしょ?」
「ですから、あの動画とは?」
「またまたぁ、あのとき局のカメラが撮った映像は流出しようがないんだから、あなたがスマホで撮った動画を流出させなきゃ、誰が出すのかなぁ?」
「そんなこと身に覚えがありません。あの動画って言うのも、そもそも私のスマホを奪うように持って行ったのはあなたじゃないですか。しかもロックまで外させて。もしかして、それを利用してあなたが流出させたんじゃないですか?」
小鉢の後ろで小室が笑いを噛み殺していた。
-あの小鉢さんが劣勢!おもろ!!
「いやいやそれはねぇ、そんなことないじゃない。俺があの動画を晒してなんの得があるのぉ?」
「あなたは視聴率のためなら何でもする人だと理解しています。動画が話題になればなるほど視聴率は上がるはず。私のスマホを奪ったのも、あの映像を独占したかっただけでしょ?私は自分のスマホの動画を見てすらいないんだから、これ以上やるとパワハラと脅迫で訴えますよ?出るとこに出れば、あなた、絶対負けますから」
小鉢はこめかみに血管が浮かぶのを感じた。同時に、インターホンのレンズに拳を打ち付けた。
-わぁ、やべぇ、小鉢さん切れちゃった。ピンポン壊れてないかなぁ。
「パワハラだぁ?てめぇ、この小娘!お前がやったに決まってんだろ!!」
相手を煽るはずが自分が煽られた。こんなに腹が立つのか。小鉢は初めて取材相手の気持ちを知った。
「出て来いこのアマ!!じゃなきゃこの扉ぶち破っても・・」
小鉢は言葉を切った。スマホがけたたましく鳴っている。
「はぁ?じぇ、Jアラート」
スマホから音声が流れる。
「ミサイル発射、ミサイル発射、北K国からただいまミサイルが発射されました・・・」
小室のスマホも、当たり前のように無機質な合成音声を流し続けた。
「て、テレビ、板野テレビ点けろ!Jアラートだ!!うちの局映せ、で、状況教えろ!小室!車のテレビ!うちと違うチャンネルにしろ!!」
小鉢は腐ってもテレビマンだった。
「小鉢さん、やばいです!北K国のミサイル、短距離か中距離か、長距離弾道、ICBMか、何も分からないって言ってます!分からないって事は、複数撃ってる可能性!!」
小室は国営放送を見ながら叫んだ。
「うちの局は緊急放送に切り替わってます!複数着弾の可能性!すぐ頑丈な建物に入るように、避難するように、Jアラート対象は北海道、関東、近畿、九州!!ほぼ全国!玄関開けます!すぐ中に入ってください!」
板野の叫び声がインターホンから響く。
小鉢は天を仰いだ。
「いや板野、悪かったな。もういい、もういいんだよ。俺だ、俺があの映像を独り占めしようとしたのが悪かった。あの子供の、いや、黒主来斗の言ったとおりだった」
「迎撃失敗!!一部ミサイルが着弾!!」
小室が叫んでいる。
小鉢は東村山の東方、都心方向に閃光を見た。空には飛行機雲のような軌跡が残っている。そしてむくむくと立ち上がるそれは、キノコ雲。
「小鉢さん、テレビが、電波が落ちました」
小室の声が小さくなる。
「もうテレビは映ってません!小鉢さん!小室さん、早く中に!!」
インターホンから板野の声が響く。いやに遠く感じた。
「本当にもういいんだ、板野、ありがとな。それより地下室かなんかあったら、すぐ入れよ?」
小鉢の目は、もうひとつの閃光を頭上に捉えていた。
・
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つづく
予告
最初の全面核戦争を起こしたのは、3日間の繰り返しで立場を危うくし、ある動画の存在に怯えた”ある国”の独裁者だった。世界は終わりなき核戦争のループに巻き込まれるのか?
最初の核爆発でその命を落とした小鉢プロデューサーは、再びクロスライトの元へ走る。
彼にとって、視聴率のことはもうどうでも良かった。
おことわり
本作はSF小説「三日間の箱庭」の連載版です。
本編は完結していますから、ご興味のある方は以下のリンクからどうぞ。
字数約14万字、単行本1冊分です。
SF小説 三日間の箱庭
*本作はフィクションです。作中の国、団体、人物など全て実在のものではありません。