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もうひとつのアン転 エリカの瞳 最終話

 東の空が白み始め、夜明けが近いことを告げている。
 東京都心へ続くハイウェイを、3台のバイクが疾走していた。先頭を走るのは、大型バイクに似合わない小柄な女性、エリカだ。
 3人はそれぞれが近距離用コミュニケーターを起動し、クローズドのリンクを繋いでいる。

「みんな、スオウトシキがマサヤを勘当したのは覚えてる?」
「ああ、青海埠頭だな。まったくバカな息子を持つと父親は苦労する。それは大昔もそうだった」
「もちろん私も覚えてるわ。それで?」
「イヴの情報だと、それでもトシキは息子を捨てきれず、刑務所から出てきたマサヤにクラブ夢幻を与えた。そして健康を害したトシキに代わって、今、スオウ組の実質トップはマサヤ。あいつ、どっちにいると思う?あの家?それとも、クラブ夢幻?」
「そうね、あいつなら、クラブ夢幻じゃない?」
「そうか?あの乱闘で人間が80人以上も死んだところだぞ?あのバカがそんなとこにいるか?」
「ん~、バカだから、クラブ夢幻じゃない?」
「アオイ、正解です」

 突然、クローズドのリンクにイヴが割り込んできた。

「マサヤの現在地は、クラブ夢幻。スオウ組はトシキに仕えてきた忠実な部下たち、そして優秀な覚醒アンドロイドが守っているようです。マサヤはトップと言っても名ばかり。あの頃と変わっていませんね」
「ほぉ~ら、タケル、私の勝ちね」
「オレはアオイと勝負などしていない」

 ヘルメットの下で、アオイの頬が緩んでいる。だが、すぐに気を引き締めた。
 クラブ夢幻の闘いは壮絶だった。ファイトクラブのファイター型アンドロイドを相手に、ルーク、ミオ、エリカ、そしてホームのファイター型アンドロイドたちが闘った。そのとき、ミオはGウィルスを仕込まれ、ファイター型アンドロイドで生き残ったのは、エイトだけだ。

 アオイとタケルはクラブ夢幻の闘いに参加していない。これから向かうクラブ夢幻での闘いでは、エリカのデータをもらっておく必要があるだろう。

「ね、エリカ、あなたのデータの中で、クラブ夢幻に関するもの、全部ちょうだい。ファイター型の強さとか、武器とかも」
「いいわよ、タケルにも、後でケーブル繋ぎましょ」

 エリカがそう言ったときだった。
「エリカ!ちょっと止まれ!!」
 自動着信にしたリングから声が上がる。リョウだ。

「今、ソウタがマルチプレックスを検出した!襲撃だ!でもこれまでと違う、イヴがデータを解析中だ」

 3台は急ブレーキを掛け、路面にタイヤの跡を付けながら止まった。ゴムが焼ける匂いがする。

「リョウ、これまでと違うって、どういう・・」
 イヴがまた3人のリンクに割り込む。
「襲撃ポイントが判明しました!HEIKE-Storeです!急行してください!!」
 3人は思わず目を見合わせると、アクセルを全開にした。


 同時刻、ソウタのサーバールーム。
「リツ!キヨシさんとマユミさんに連絡しろ!まだ寝てるだろ。危険だって!」
「はい!リョウさん」

 リツは、この犯人がアンドロイド寄りの人間を襲っていることを知っている。だから両親には車に乗らないよう注意しておいた。リョウがリツをここに呼んだのも、いち早く襲撃を察知するためだったのだ。
 だが、HEIKE-Store自体が襲われるなど想定外だった。

「ソウタ!マルチプレックスはどうなってる?普通の襲撃なら数秒くらいだろ?まだ消えてないのか?」
「まだ消えてない。それどころか、これって、まさかだろ!」
「なんだ、そのまさかって」
「リョウさん、マルチプレックスが、100・・150・・200近く発生してます!」
「なんだ、なんだそれ、何が起こってる」
「リョウ、この犯人の、真の目的が判明しました」
「イヴ!なんだって?真の目的って、今度はなんだよ!」
「はい、この犯人、スオウマサヤの真の目的、それは、アオイです」
「アオイ、だって?」

 イヴのデータ解析の結果、HEIKE-Storeを襲った4人組のパケットの多くが、アオイのヴィジュアルデータで占められていた。そして今、マルチプレックスから送信されているデータも、アオイのデータがほとんどを占めている。これはつまり、今回の襲撃目標が、キヨシとマユミではなく、アオイであることを示している。

「だけどイヴ、アオイがそこにいないのは、マサヤだって分かってるんじゃ」
「そうですね、HEIKE-Store自体をハッキングすれば、それは容易です。それでも、これだけのマルチプレックスを発生させたということは、この襲撃の狙いは・・」
「そうか、人質、か。アオイを呼び出すための」

 そのとき、HEIKE-Storeの周囲では、不気味な影が蠢いていた。その数、200体。


 エリカたちのバイクは、新宿のHEIKE-Storeまで、あと数分というところまで来ていた。
 マサヤの目的がアオイであること、そしてHEIKE-Storeの周囲に200体の何かがいることを、イヴから教えられた。
 表のネットから遮断され、マルチプレックスから遠隔操作されているのが何なのか、イヴでも分からないのだ。しかも、HEIKE-Store周囲の監視カメラにも、その影は映っていない。

 3人は、HEIKE-Storeの少し手前でバイクを止め、周囲をうかがった。

「何かいるか?」
 タケルがぼそりと呟くように聞いた。
「ううん、いない、なにも」
 エリカが受ける。
「いえ、見えないけど、音がする。カリカリカリカリって、何かを引っ掻くような。ふたりとも、聴覚感度を上げて」
 アオイの言葉に、タケルとエリカが頷く。
「ああ、これは、まずい」
 タケルがその正体に気がついた瞬間、HEIKE-Storeで悲鳴が上がった。
「タケル、アオイ!いくよ!!」
 3人はアクセルに力を込めた。バイクはHEIKE-Storeに突っ込んでいく。

 HEIKE-Storeは、昔ながらのコンビニを模した店舗と居住スペースで構成されている。その店舗で、アオイの留守を預かっていたアンドロイドが倒れていた。その周りを、ものすごいスピードで駆け回るものがいる。

「ああ、やっぱりこいつは、猫だ」

 店舗の商品棚、レジ、バックヤード、全てのスペースで猫が暴れ回っていた。それは、愛玩用猫型アンドロイドだった。3人に気づいたアンドロイド猫は、群れをなして襲いかかってくる。

「イヴ!リョウ!オレの視覚と繋いでるな!猫型アンドロイドだ!対応は可能だが、数が多すぎる!アオイとエリカは居住スペースに向かった。イヴの見立て通りなら大丈夫だろうが、こいつらの制御!なんとかしてくれ!」

 タケルは猫の爪に皮膚を裂かれながらも、掴まえた猫型アンドロイドを握りつぶした。しかし猫のスピードは速く、タケルの手をすり抜け、爪と牙で攻撃を仕掛けてくる。

「分かった!まかせろ、こっちでなんとかする!ソウタ、イヴ、オレたちは猫をやるぞ!リツは急いでHEIKE-Storeのセキュリティをハックし返せ!」

-急いでくれよ、リョウ、みんな。この猫ども、この数は、やばいぞ。

 タケルはそう思いながら、居住スペースを見上げた。

 居住スペースのリビングに、キヨシとマユミは追い詰められていた。テーブルや椅子を盾にして、猫の攻撃を凌いではいたが、木材はおろか、金属製のテーブルもボロボロに裂かれている。
 愛玩用猫型アンドロイドの爪や牙は、危険が無いよう丸められているが、それでもアンドロイドの力を振るえば、それらも凶器となり得た。
 猫型アンドロイドの1匹が、キヨシとマユミの前に進み出た。ゴロゴロと喉を鳴らしながら、口を大きく開く。そしてそこから発せられたのは、人語だった。

「あなたたちの店に、この女が、いますね。今、どこにいますか」

 猫の目が光り、そこからホログラムが立ちのぼる。そこに映ったのは、アオイの姿だった。

「この女、アンドロイド、ここに呼んでください。すぐにです。でなければ、まずそこの、女の人の、喉を食い破って・・」

 猫は脅しの言葉を最後まで言うことが出来なかった。首をねじ切られたからだ。

「誰のどこを食い破る、ですって?それに、私はここよ?」
 猫の首を掴んで仁王立ちするのは、アオイだった。

「ヒュ~、アオイってそんなキャラだった?まるで転生した極悪女王ね」
 そんなアオイをエリカが冷やかすが、その余裕はすぐに消える。
「くる!」
 キヨシとマユミを守って盾になるふたりに、猫たちが襲いかかった。


 同時刻、ソウタのサーバールーム。
「リョウさん!HEIKE-Storeのセキュリティ、取り戻しました!すぐに警察や警備会社が来ます!」
「おう!リツ、よくやった!3人の視覚に繋いでるから、キヨシさんもマユミさんも無事なのは分かってる、あとは、あの猫どもの制御だ。ソウタ!どうだ?」
「マルチプレックスの生成時間が長いから、ネットのセキュリティが動き始めたよ!これを利用しようと思う!マルチプレックスのコードを垂れ流せば、セキュリティシステムが異物としてブロックするはず!」
「あら、ソウタ、まだやってなかったの?私はもうやってるわよ?だからセキュリティが動き始めたの。それと、3人がかなりの猫を倒したでしょ?猫にリンクしたマルチプレックスが強制的に消滅するとき、独特なコードが残るわ。これってバグね。恐らく、原初のGウィルスコードの改変版、これもブロックに使えるし、マサヤがどうやってこれを作ったか、手掛かりになるわ」
「さっすがイヴちゃん!でもイヴちゃん、なんかキャラ変わってない?前はもっとクールだったけど、でもそんなイヴちゃんもいいね!結婚する?」
「あら、ソウタ、本気にするわよ」
「ふたりとも、なにチャラけたこと言ってるんだ?イヴ!それで、ブロックまでの時間は?」
「あと1分!」
「よし!エリカ、アオイ、タケル!あと1分、あと1分頑張ってくれ!」


「エリカ、あと1分だって」
「うん、まぁイケるかな、でもアオイ、やるわねぇ、私はクンフーをインストールしたけど、あんたのそれ、なに?」
「私のは、カラテよ」
「へぇ、つよいね!」
「ほぉ、アオイが強いって?オレにも見せてくれよ」
 店舗で闘っていたタケルがリビングに上がってきた。

「タケル!下の猫たち、全部やっちゃったの?さっすが!・・・・あれ?」
「いや、その、アオイ、助けてくれ」
 タケルの背中に、十数匹の猫がぶら下がっていた。

 エリカ、アオイ、タケルの3人は、リビングの壁を背中にしたキヨシとマユミを守って猫たちと闘っている。
 圧倒的に俊敏な猫型アンドロイドは3人を翻弄していたが、その時はすぐに訪れた。

 まだ百体以上残っていた猫型アンドロイドは、突然動きを止め、バタバタと音を立てて床に落ちた。その間数秒、すると、本来のネットワーク接続が回復したのか、全ての猫たちが普通の猫のようになってしまった。愛玩用のアンドロイド猫に戻ったのだ。

「ふぅ、終わったな。アオイ、助けてくれたな。ひとつ借りが出来た」
「ふふ、猫をたくさんぶら下げてるタケル、面白かったわ。だからいいわよ、借りなんて」
「あんたたち、ちっとも終わってなんかないわよ?それにアオイ、マサヤのご執心はあんただって言うんだから、私はあんただって利用しちゃうかもよ?」
「うん、あいつの目的が私なんて、どうしてかしら。それに、だったらどうして、この30年、覚醒アンドロイドに味方する人間を襲ったの?今回なら、キヨシさんとマユミさんが標的、でしょ?」
「あっ!!」
 アオイの言葉を聞いて、エリカが大きな声を上げた。

「違うっ!わたし、間違えたっ!!」
「え?エリカ、違うって、何を間違えたの?」
「ううん、今はまだ分からない。でも間違えてるのよ!」

 エリカは傷だらけの体をものともしない勢いでHEIKE-Storeの出口に向かう。

「ふたりとも、グズグズしないで!今度こそ行くわよ!」
 エリカはバイクに跨がると言い放った。

「クラブ夢幻へ!スオウマサヤの所へ!」


 クラブ夢幻。
 30年以上前の2118年。このクラブで、アンドロイド同士の乱闘が起こった。
 当時、ここではファイトクラブが開催されており、その観客80数名が乱闘に巻き込まれ、犠牲になった。
 その乱闘の原因を作ったのが、スオウ組組長、スオウトシキの息子、スオウマサヤだ。マサヤはその罪を負い、刑務所で服役後、スオウ組に復帰した。それが、5年前のこと。
 そして今、マサヤは当時さながらに復元されたファイトクラブのVIPルームで、ふんぞり返っている。
 マサヤの年齢はすでに70近い、出所当時は痩せていたが、今は太鼓腹を抱えるオヤジそのものだ。だが、マサヤの周りには5名もの女性が一緒にいた。全員がアンドロイドだ。

「ふん!またこんなものを作ってる。悪趣味もここに極まれり、コイツ、学習ってものを知らないのね」

 マサヤを罵る声の主は、エリカだった。
 クラブ夢幻に着いた3人は、特に抵抗されることもなく、このファイトクラブまで通されたのだ。

「おまえら、どうやってここまで来た!ここまで何体もファイターを配置していたはずだ!全部倒したなんて言わせないぞ!どれも選りすぐりの最新型だからな!」
「ああ、確かにいた。あれは強いな。もと美容師のオレにはとても敵わん」
「ホント、私はもとパートナーだから、かわいさに免じて許してくれたのかしら?」
「そ、そんなバカなことがあるか!それにお前!今朝はお前を始末するためにオペレーションを組んだんだぞ!なんでお前が生きてる!」
 マサヤはアオイを指差して喚き散らす。
「あら、あなたが私のことをそんなに想っていたなんて、心外だわ」
 アオイは精一杯、侮蔑の視線をマサヤに送った。

「それにね、スオウ組には、紳士がいるのよ?」
「紳士だと?ヤクザにそんなもんが、いるもんか!」
「いるわよ?ほら」

 アオイが指差す先に立つ人物に、マサヤは愕然とした。

「あ、ああ、ソラ・・さん」
 それは、スオウマサヤの異母兄弟、ソラだった。
「ああ、マサヤ兄さん、ソラさんなんて呼ばなくっていいですよ。僕は弟なんだから、ソラって、呼び捨てで構いません」

 長身に聡明な眼差し、朝からオーダーメイドのスーツを着こなす様は、自堕落な兄とは対照的だ。

「でも今日はね、僕のブレインたちから、僕の初恋の人が危ないって情報をもらったんで、ちょっと手を出させてもらいました」

 ソラは、すっとアオイに向き直り、頭を下げた。

「兄がとんでもないことを、申し訳ありませんでした。このことは父にもしっかり伝えますから、さすがに兄も反省するでしょう。なにしろ、今回は警察が絡まないんですから」

 そう言うと、ソラはマサヤを一瞥する。マサヤは立ち上がって逃げようとするが、その手足を、周りの女性アンドロイドたちが掴まえた。

「なにをするお前たち!お前たちの主人は、オレだぞ!!」
「いいえ、彼女たちは僕の配下です。それにね、彼女たちは優秀な覚醒アンドロイドなんですよ?僕のブレインでもあるんです」
「な・・な・・・・じゃ、今回の情報も・・・」

 もうマサヤの発する言葉は、何もなかった。
 ソラがもう一度アオイに向き直る。

「アオイさん、もう大丈夫です。あなたを狙うヤツはもういません。あ、今後も生きてはいると思いますがね。今しばらくここに置いときますから、存分に吐かせてやってくださいな」

 ソラは踵を返すと、ファイトクラブの出口に向かって歩き出した。そして、振り返らずに言った。

「平家カフェのケーキ、美味しかったな。またご一緒したいです」


「ふぅ、なにあれ、あんときの子供?アオイが誘拐した?カッコよ!!」
「ああ、カッコいいな。どうすればあんな風に育つんだ?」

 エリカとタケルはもうソラにぞっこんだ。

「しかし彼がいてくれて助かった。ここでの戦闘は覚悟していたが、やられる可能性もあったからな」
「うん、入り口でソラ君が待ってたときは誰か分からなくってビックリしたけど、ホントに良かった」

 アオイはほんのりと頬を染めている。まさか自分がソラの初恋だったとは、晴天の霹靂とはこのことだ。

「アオイ!なにボ~っとしてるのさ、あんたも危なかったんだから、始めるよ」
「え?なにを?」
「ソラ君も言ってたでしょ?こいつに吐かせるの!ごうもん、じゃなかった、尋問よ!」


「しかし意外だったな、エリカはてっきり、マサヤの顔を見た瞬間、首を捻り切るかと思ったが」
「失礼ね、捻り切らないわよ、この体、8歳型なんだから。それに言ったでしょ?私は間違えたって。もうあのとき分かってたのよね、マサヤは真犯人じゃないって」
「それが、あいつへの尋問でハッキリした、っていうことね?」
「そう、ハッキリした。こっから先は、少し準備が必要ね」

 マサヤはこれまでの襲撃事件は自分の犯行ではないと、激しく否定した。
 この襲撃事件は30年にも及んでいる。そしてその発端は、愛玩用犬型アンドロイドの暴走。その頃、マサヤはすでに留置され、裁判を待つ身だった。確かにマサヤがそのようなことするのは無理だろう。

「だからさ、留置されてるオレに、接触してくるヤツがいたんだよ。そいつはゲンのことをしつこく聞いてきて、金くれるなら教えるって言ってさ、かなりの金額をせしめてやった。でも、ゲンのことも教えてやったぜ?製造ラボとか、クラブ夢幻でのこととか」

 マサヤの話は真実味があった。留置されていてもある程度、外部との接触は許されていたから、このようなことも可能なのだろう。ただし、接触の内容は全て記録されるはずだったが。

「そいつさ、男か女かも分からないアバター使ってきたんだけど、警察もさ、なんにも言わないんだよ。結構、カネのこととかゲンのこととか喋ったから、なんか言うと思うんだけどな」

 尋問をモニターしているイヴが、3人にメッセージを送ってきた。

「おそらくそのアバターの人物は、マサヤへの接触と同時にログやデータを消しているんでしょう。かなりの使い手です」

 3人は顔を見合わせ、アバターの人物が真犯人だと確信した。

「それでそいつ、オレが服役してる間も結構接触してきてさ、色んな事を教えてやったよ。アンドロイドの中に、自我に覚醒する気味の悪いやつらがいるってな。お前らみたいな・・いてっ!!」

 エリカがマサヤの頬をはたいた。

「そ、それで、オレが出所してすぐだよ。オレ宛てにチップが送られてきたんだ。それもたっくさんな!そしてまたあいつが接触してきて、このチップをチンピラの脳みそに埋め込むと、オレの言うままに動いてくれるぞって、それでアオイを探しなよって・・」

 エリカがマサヤの話を遮った。

「お前、なんでそんなにアオイにご執心なわけ?あんとき、ここで闘ったのって、私じゃん!なんで私にご執心じゃなくって、アオイなわけさ?」

 エリカは不服そうにマサヤを問い詰めた。

「だってよ、あんとき青海埠頭でよ、こいつ、オヤジを説き伏せたじゃん。あれでオレ、オヤジに見捨てられたんだぞ?ぜんぶ、ぜんぶコイツのせいじゃないか。コイツのせいでオレは・・・」

「え~?私だってあんとき、お前のオヤジに土下座しろって言ったのに~、なんで私じゃないのさ~」
「いや、そんなこと言われても・・いってぇーーっ!!」

 エリカがまた、マサヤの頬を思い切りはたいた。

 そのとき、再びイヴからのメッセージが入る。緊急だった。

「皆さん、さっきの猫との闘いで、かなりの情報を得ることが出来ました。すぐに来てください。ソウタのサーバールームに」

 3人は顔を見合わせて頷くと、すぐに出口に向かった。

 残ったのは、見目麗しい女性たちに手足を拘束された、マサヤだけだった。


 同日、某時刻。ソウタのサーバールーム。

 3Dスクリーンに浮かび上がるイヴが話し始めた。

「皆さん、犯人はマサヤではありませんでしたね。エリカは気がついていたようですが、そこから先に進むには、手がありませんでした。でも、あの猫型アンドロイドとの闘いで、真犯人に繋がることができました・・」

 サーバールームに集まった全員が固唾を呑んでいる。

 イブの説明では、猫型アンドロイドを破壊した際、その猫に繋がるマルチプレックスが消滅する。そのとき、特定のコードが残されているというものだった。これは戦闘のときにも聞いている。
 そのコードは、開発者が意図しないもの、つまりはバグで、Gウィルスに初めて加えられた人為的コードだった。そしてそれは、表のネットワークにいつまでも漂い、それが開発者のアドレスへのセキュリティホール、”穴”になったのだ。

「そうなのね、そいつがパパとママを殺して、キリをずっと意識不明にした、犯人なのね」
「そうです。そして真犯人は、相当に高いITスキルを持っている人物とも想定できました」
「え?イヴちゃんよりすごいの?それか、オレよりもすごいの?」
「え?ソウタよりすごいって、それはどうかなぁ、私よりすごいって事はないよ?だって私、AIの女神だもん」
「なによイヴ、あんた、ソウタと話すときだけキャラが変わってんだけど」
「え?気のせいだと思います。それで、その穴を使ってアドレスにアクセスしました。そこは、皆さんも知っている場所のアドレスの、一部でした」
「どこなの、そこって」
「はい、TEラボ、アオイのふるさとです。皆さんのボディのふるさとでも、あります。そしてそのアドレスを使う人物の特定も終わっています」
「そっか、じゃあそいつのことを聞いて、準備しなきゃね。あのTEラボだもんね」

 真犯人を追い詰める。その決行は、翌日になった。


 某日、夕方。TEラボ。

 ラボの駐車場を1台の車が走り出す。その車は市街地を抜け、郊外のマンションに止まった。
 車から降りてきたのは、ひと目で30代とおぼしき女性だった。背は高くないが、そのスタイルはシェイプアップされ、服の上からでも常に鍛えているのが分かる。
 そしてその服装は、ブランドを着こなしているようには見えないが、研究者が着る白衣のようなジャケットを羽織り、濃紺のスリムパンツが良く似合っている。その姿は、清楚という言葉が良く似合う。
 だがその車は、ラボの駐車場を出たところからずっと、3台のバイクの追尾を受けていた。タケル、アオイ、そしてエリカだ。

「あれが私のパパとママを殺して、キリを30年も苦しめてる・・・犯人なの?」
 女性を見つめて呟くエリカに、イヴが応えた。
「はい、まず間違いありません。30代に見えますが、年齢はもう80代後半のはずです」
「80歳なの?まぁそうね、平均寿命が150歳なんだもの、まだまだピチピチ?それにしたって、相当すごいエステか、ジムに通ってるのね。それとも両方かしら」
「両方、プラス整形でしょうね。でも、とにかく気を付けて、彼女は、あれを持っているはずです」
「分かったわ、イヴ。じゃあアオイ、タケル、行くわよ」

 ふたりは頷くと、歩き出したエリカに続いた。

 女性はもう、マンションのエントランスに入ろうとしている。
「こんにちは、あんた、ちょっと止まってもらえる?」
 エリカが声を掛けた。こんにちはに続けるにはぞんざいな物言いだが、それが逆に効いたようだ。
「は?なに?その言い方。人にものを頼む言い方じゃないわね」
 女性は振り返って3人を一瞥すると、さげすんだ眼をして言った。
「あら、アンドロイドが家族ごっこ?いいわねぇ~、それに・・3体ともうちの製品かしら。でもどれも古いわぁ~、子供はちょっとだけ新しい?でもパパとママはこれまた、ふっるいわぁ~、もうとっくに死・・」

 女性がその言葉を言い終わらないうちに、エリカは目にも止まらぬ速さで彼女の懐に飛び込み、喉笛を掴んで絞り上げる。

「だまれ、喉を潰すぞ」
 エリカの瞳に、残酷な殺意が宿る。

「待て、エリカ。まだなにも聞いていない。手を離せ」
 タケルの言葉に、エリカはしぶしぶ従った。

「ゲェッホ!ガホッ!ガホゲホッ!」
 喉を潰されかけた女性は、両手で喉を押さえ、激しく咳込んだ。

「ガハっ、はぁ、はぁ、そうか、おまえら、分かるぞ。その態度、物言い、人間を怖れない心、お前ら、覚醒したアンドロイドだな?それなら・・」

 女性は右手をジャケットのポケットに入れ、小さな機械を取り出した。見た目は小型のスタンガンのようだ。女性はそれをエリカに向ける。

「ほら、倒れなよ」
 女性が機械のボタンを押した瞬間、エリカの四肢が硬直し、その場に倒れた。
「やはり持っていたか!エムウェイブ!!だがそれは、ひとりしか止められないだろ!」
 タケルはその機械のことを知っていた。そして地面を蹴ると、女性に突進する。
「バカめ!1台だと思ったか!」
 女性は左のポケットからもう一台の機械を取り出し、タケルの動きを止めた。
「む!う、うごかん、これほどの、ものか」
 タケルは突進する速度のまま地面に突っ込んだ。

「あはははは!これ、すごいでしょ!エムウェイブ!なんで知ってるのか分かんないけど、これは出力自在なの。それに動きを止めるだけじゃない。出力マックスなら、アンドロイドなんて殺せるのよ?これ、私が改良した、私だけのエムウェイブなんだから!」

 女性の指がエムウェイブのダイヤルに掛かる。

「あ・・あ・お・い・・・」
 タケルが声を振り絞った。

「あなた!いい加減にしなさい!!」
 タケルの声に押され、アオイが吠えた。そしてその手には、小さなアンテナが付いた装置が握られている。そしてアオイは、その装置のスイッチを入れた。

 瞬間。

「あ~ぁあ!やばいやばい!ホントに持ってたんだ。昨日のうちにソウタんとこで準備してて、良かったわぁ~」
「ああ、エリカ、ほんとだな。スミレはこんな目に遭ったのか。そして何も出来ずに・・・これは、許せんな」

 先ほどまで地面に転がっていたエリカとタケルが、何事もなかったように立ち上がった。
「え!え?どうして?エムウェイブが、無効化された?」

 アオイが叫ぶ。
「これよ!この装置は、エムウェイブの強電界放射を、全ての周波数で吸収する!エムウェイブ専用のアンテナ装置なのよ!」
「なに?なんなのそれ、誰が、どうやってそんなものを作った?あっ!!」

 女性の脳裏に、ゲンが自分から奪っていった、初代のエムウェイブが浮かんだ。そして、あの夜のことも。

「あーーーっ!あーーーーーーっ!!それは、ゲンが!!」
 女性の顔を見ながら、エリカが勝ち誇る。

「そうだよ。これはあんたがゲンに奪われたエムウェイブを元に作ったんだ。ゲンに殺されたアンドロイドの、恋人がね」

 そしてエリカはひと息おいて、女性の名を告げる。

「分かったかい?シンドウアキコさん」


 シンドウアキコ。
 彼女はTEラボの研究者だ。アオイがこの世界に転生したとき、最初に見た人間、キサラギトモエの同僚だった。

 トモエとアキコは、目的は違えど金を必要としていた。そのために彼女たちは、TEラボで廃棄されるアンドロイドボディを横流ししていたのだ。
 そのボディを使っていたのが、キリたちのホーム。だからホームのアンドロイドはほとんどがTEラボ製だ。

 そして、その犯罪行為はアオイ達TEラボ製のアンドロイドを追っていたスオウマサヤの目に止まり、あっけなく頓挫する。それはつまり、高額の副収入が絶たれることを意味していた。

「それでね、私は自暴自棄になって、どんどん落ちていったわ。せっかく海外で遊んで暮らそうと思ってたのに。そんなとき、私はゲンに出会って、身も心も奪われたのよ」
「そしてあんたはゲンに言われるまま、TEラボからエムウェイブを盗んで、ゲンに渡した」
「そう、でもゲンは翌朝にはいなくなって、そして、そして、あちこちでアンドロイドを殺した。それが報道されて、私にはすぐ分かったわ。エムウェイブを使ったんだって。でもエムウェイブは公開前の試作品だった。だから会社はエムウェイブの開発を止め、計画そのものを隠したのよ・・」

 そのため、エムウェイブが盗まれた事も、社内ではまったく調べられなかった。調査内容が社員に伝わり、それが外部に漏れることを恐れたのだ。
 それをいいことに、アキコはエムウェイブの技術情報を盗み、自分で改良したエムウェイブを作り出していた。

 その後アキコは、ゲンのことを徹底的に調べた。ゲンを忘れられなかったからだ。体をシェイプアップし、整形したのも、すべてはゲンの為だった。

 しかしゲンは見つからず、手掛かりだったゲンの元契約者で、クラブ夢幻の件で囚われたスオウマサヤに接触したのもこの頃だ。

「あいつから得た情報で、私はゲンと同タイプのアンドロイドシステムのパケットをネット上で探したわ。そして見つけたのよ。ゲンが作ったウィルス。それはどこかにダウンロードされるのを待ってたけど、私がそれに機能を与えた。外から見えないところに自分の複製を作って、私に管理させるって機能をね。そして数年して、誰にも知られず外部システムをハックする技術を開発した。楽しかったわぁ~、自分の思うまま、システムが暴走するんだもの」

 そこまで黙って聞いていたエリカの肩が震えだした。

「それが最初はアンドロイド犬で、そして次は車ってわけ?」
「そぉよ~、だって、セキュリティレベルが違うじゃない。アンドロイド犬のセキュリティは簡単。あれが試験段階ね。でも車はちょっと難しかったかしら。列車や船や飛行機は、も~っと難しいんだけど」
「お前はそれを、何に使った?」

 アキコは自分の技術力に酔っていた。おのずと冗舌になる。

「決まってるじゃない!アンドロイドへの復讐!私を弄んだあげく、騙して捨てたゲンのような、自我をもった奴ら!そして、そんなアンドロイドと一緒に生きようとする、大馬鹿者たちの粛清、粛清!!そのためにはマサヤはいい隠れ蓑だった。あいつが若いの使って暴れるから、ぜ~んぶあいつのせいだって、みんな思うでしょ?その影で私は、粛清するのよ!」

「もういいわ!もう十分よ!!ねぇイヴ!もういいよね?こいつ殺して、いいよね?」
 エリカの瞳は涙に濡れていた。溢れる涙を拭こうともせず、アキコの首を今度こそ捻り切ろうと鷲づかむ。

「ダメよ。エリカ。殺しちゃダメ」
 イヴの声が響く。

「どうして!なんで?こんな奴、許せない、私は許さないよーーー!!」
 エリカの叫びにイヴが応えた。

「こんなやつ、殺す価値もない。死ぬよりもっと厳しい罰を与えましょうよ。ね?エリカ」
「え?それって、どんな?」
「うふふ。ちょっとその女、シンドウアキコさん。○○病院に連れて行ってよ。あそこの医療AIは、縁があって私の妹だから、話を付けとくわ」

 一部始終を見とどけたアオイとタケルは、肩をすくめて顔を見合わせる。

「イヴ、怖いな」
「ほんと、怖いわ。わたし、絶対逆らわない」
「ああ、オレもだ」


 エピローグ

 あれから1年が過ぎた。
 覚醒アンドロイドや、その権利を守ろうとする人たちが襲われることは、もうない。

 スオウ組はソラが継ぐことになり、ヤクザとは思えない真っ当な仕事で社会的な信頼を得始めている。それに長男は病気で外に出られないようだ。ソラはそんな長男の面倒も献身的に看ているらしい。風の噂だが。


「アキコ、ちょっと来てくれる?」
「はい、どのようなご用でしょうか」
「今日は鍋にするから、山に行ってキノコを採ってきて欲しいのよ。キノコの種類は分かるわね?毒キノコはダメよ?」
「そんな、めっそうもありません。では、行って参ります」

 シンドウアキコはホームで働いていた。ホームの人々はもちろん、家族の一員であるアンドロイドたちにもかしずいて。

 あの日、イヴに指定された病院で、アキコはチップを埋め込まれている。それは、自我を保ちながら、ホームのメンバーの言うことには絶対的に従わなければならない、というプログラムに縛られるものだった。

「ああ・・死ぬより辛い・・・と思ったけど、なんだろ?この安心感」

 アキコは今日も、ホームの雑務に精を出す。
 いつかエリカに、心からの謝罪ができる日が来ると信じて。


「リョウ!あんたまだ日本にいるつもり?ミアが浮気したらどうするの?」
「なに言ってんだよ、ミアが浮気なんてするわけないだろ!」
「はぁ~ん、わっかんないぞぉ?もう子供らも立派にやってるんだから、旦那がこんなに長くそばにいないなんて、もう独身みたいなもんだろ?」
「なにバカなこと言ってんだよ!キリ!!」
「あはは、冗談さ、信じてるよ、我が息子の嫁をさ」

 あの日、アキコにチップが入ったとき、リョウは思っていた。脳にチップを入れてプログラムを入れられるなら、今のキリにも応用できるのでは?キリの脳の損傷部位を、チップのプログラムが補完できるかも、と。
 それからリョウは研究に没頭した。そしてついに、脳科学と脳外科術とプログラミング技術を融合させたのだ。
 手術はやはり同じ病院で行われた。イヴが医療AIに指示したからだ。そして病院も、世界初の術式としてこれを受け入れた。
 そして手術は成功した。
 リョウは今も、目覚めたキリの第一声を忘れていない。

「あ、リョウ、あんた、いつ結婚するの?もうすぐ35になるんだよ?」

 それを思い出して、リョウは苦笑いしてしまった。
「なに笑ってんの、気持ちわりぃ息子だね!」

 キリは、今日も元気だ。


「リョウ!」
 エリカが声を掛けてきた。
「なんだい、エリカ、ま~たなんかやらかしたか?」
「人の顔を見るなり失礼ね!ちょっとあんたにお願いがあるだけよ!」
「へぇ、オレにお願いなんて珍しいな。なんだい?お願いって」
「あのさ、私のボディなんだけど・・」
「お?でっかくするのか?いいぞ?たしか~25歳型がまだあったような」
「違う!ちっさくするの!」
「へ?ちいさく?それって、5歳型?」
「ううん、ベビー型、東洋人型がいいな。真っ黒でくるんとした髪と、目の色も黒で、睫毛はくるりと上を向いてて」
「なんだって?そんなことしたら、誰かが面倒みなくっちゃなんないぞ?誰がお前の面倒なんか・・いったーーっ!!」

 エリカの回し蹴りがリョウの尻に決まる。

「いるの!いるのよ!」
「はぉ~、はぁ、はぁ、誰だよ、そんな物好き」
「あのね、アオイとタケル」
「はぁ~~~?アオイとタケル?」
「そうよ!私、ベビーになって、もう一度成長するの!でね、アオイとタケルのこと、ママ、パパって呼ぶのよ!」

-ああ、そうか、エリカはもっともっと、スズキさんたちと、パパとママと生きたかったんだ。その夢を、アオイとタケルが叶えてくれる・・・・

「って!アオイとタケルって今、そういう、かんけい~~?」
「え~?知らなかったの?おっくれ~~!」
「なんだと?このバカエリカ!!」

 エリカはコロコロと笑いながら駆けていった。
「じゃ、考えといてね~、リョウちん」

 エリカの瞳は、希望にキラキラと輝いている。

「いいなぁ、エリカ、私もお願いしようかしら。ボディ」
 どこからか、イヴの声が聞こえた。

 ような気がした。



エリカの瞳 了



*おことわり。
3話で終わるはずが4話となり、しかも最終話が短編クラスに長くなってしまいましたことを、深くお詫びいたします。
これはひとえに、エリカとリョウという、飛び跳ねて走り回るキャラのせいであります。
本当は5話とか6話でしたね、これは。

本作は、セナさんの作品「アンドロイド転生」の二次創作です。
本家と全く違う時間軸と世界観で描いた、ファンによる妄想小説となっております。

本家、アンドロイド転生は、話数1000を超えて連載中です。

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