三日間の箱庭(28)クラムシェル(1)
前話までのあらすじ
藤間綾子の新理論から三日間のタイムリープの謎を解き明かし、そこから抜ける方法をも確立したBSC。
その会見は、世界を揺るがした。
そして、タイムリープを破る実験において、最重要人物とされたのが、沖縄科学技術大学の浜比嘉星雲教授だった。
新章、クラムシェル編、開始。
■クラムシェル(1)
5月28日、午後6時半、黒主家。
「ら、ライト様見ましたか!?さっきのBSCって連中の記者会見!!」
黒主家のリビングに小鉢が駆け込んできた。
「小鉢さん、もちろんです。テレビもネットもあの会見を流してました。今も内容を切り取った動画が拡散されてますからね」
来斗は慌てた様子の小鉢を落ち着かせるように、微笑みながら応えた。
「どうなんですかね、あの内容、BSCって科学者の集会?何言ってるのか全く理解できませんでしたけど。今日の朝もライト様が世界に向けてお話されたばっかりなのに4日目があるなんて、本当なんですかね。もし4日目があるなんてことになったら、ライト様の教えが正面から否定されちまう」
小鉢の言うとおりだった。来斗はこれまで一貫して3日間を幸せに生きることを説いてきた。4日目はない、諦めるのだと。しかし4日目があるとなれば、人はまた未来を夢見るだろう。他人よりも幸せな未来、自分だけは豊かな未来。貨幣は価値を取り戻し、また人は金のために生きるようになる。世界のどこかで子供が泣こうと、誰かが死のうと無関係。きっとそうなる。
「小鉢さん、今日これから放送、できますか?」
「お!やりますかライト様!もちろんですよ!!じゃ、森田ちゃんにも連絡しますから、準備が出来たらすぐに!じゃあ局まで行きましょう!」
小鉢は待機しているスタッフに声を掛け、車を用意させながらスマホを耳に当てている。
-小鉢さんは森田さんを呼んでいるんだな。
-母さんが慌てて準備してるな。付いてくるつもりだな。
-父さんは、腕組みして何か考えているようだ。
-ADさんが走ってくる。もう車が用意できたのか。
-僕の周りの大人たちが僕を中心に動く、そんな光景が当たり前になってしまった。
-でも、これが大事なわけじゃない。
テレビ局に着くまでの間、世界のクラムがどう動くのか、来斗はそればかりを考えていた。
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5月28日、午後7時59分。
テレビニッポンのスタジオにはMCの森田正和の姿があった。森田は一貫して来斗の番組のMCを担当し、世界で高い評価を得ている。
番組開始まで1分を切るところで、スタジオに小鉢の声が響く。
「森田ちゃん!いつものように頼むよ!さくらちゃん、あと20秒、しほりちゃん翻訳いいね!科学者のみなさ~ん、カメラ見てくださいね~、じゃ!今日も行こうか!」
小鉢のカウントダウン。
5から後はディレクターが指を折る。3本、2本、1本。
「きんきゅーとくばんっ!!4日目はあるのかー!!」
この日の番組はいつもと違い、タレントの他に3名の科学者がコメンテーターとして呼ばれていた。BSCの会見で明かされた繰り返す3日間の原因、そして示された4日目への可能性を検証するためだ。しかしその顔ぶれはもちろん会見のメンバーではなく、BSCにも参加していなかった。いわゆるタレント科学者もいる。
森田のMCで、科学者たちの議論が白熱していた。
「え~鈴木教授、ではこの宇宙がワームホールに呑まれるなんてことは考えられない、と?」
「えぇえぇ、もちろんですよ!ワームホールが時間軸上の2点に繋がれば理論上タイムトラベルは可能、しかしそれには莫大なエネルギーが必要なんです、宇宙全体をすりつぶしても足りない、しかも宇宙全体がタイムトラベル?はっ!馬鹿げてる、不可能不可能!!」
顔を真っ赤にして怒鳴る鈴木教授だが、それに御手洗教授が噛みついた。テレビの科学番組でお馴染みのタレント学者だ。
「では鈴木さんは、この現象がどのような理論で起こっているのか、どうお考えですか?」
「なに?君は失礼だな。人に聞く前に自分の考えはどうなんだ?」
「いや、私もあなたも、あのBSCっていうコミュニティのことは知っていたじゃないですか。でも参加はしていない。というか私たちのレベルでは参加させてもらえないんですよ。あの人たちが、世界のあのレベルの人たちが言うことなら、私は正しいのではないかと思ってますよ?」
「な、なにを言ってるんだ?では君は自分では何も考えずにあの連中の言うことを丸呑みするつもりか?恥を知りなさい!」
「いや私だって科学者の端くれです。あの会見の内容を聞いて納得できるところがあった、ということですよ。これまで私だっていろいろと考えました。しかし、お恥ずかしい話、仮説すら思いつかなかった。だから聞いてるんです。鈴木教授のお考えは?」
「君はとことん失礼な男だな!あんな馬鹿げた理論、私は認めない!」
-ははぁ、こりゃ鈴木さんはだめだ、な~んも出てこねぇ、こっから先は御手洗さんでいくか。それと・・
森田は声が大きいだけの鈴木に見切りを付けた。
「いやいやいや、これは白熱ですねぇ、では御手洗教授はやはり、この宇宙がその、ワームホールに呑まれる説に賛成!ってことですね?では下井教授はいかがです?」
森田はここまで黙って話を聞いているだけの下井に話を振った。今日集めた3名の中では最も優秀だそうだ。
「えぇ、私は御手洗さんと同じ考えです。地球時間で約3日間、全宇宙でなにも起こらないという状況からのエネルギー飽和は全く考えつきませんでしたよ。ただ、超巨大エネルギー現象としてホワイトホールの発生はどうかな?と思っていましたから、なにも考えていなかったわけではないですけどね」
下井は意味ありげに横の鈴木を見る。鈴木は唇を噛み締めて俯くだけだ。
御手洗が続く。
「なるほど!それBSCの理論にも応用できますね!ホワイトホールが出来ていればエネルギーがどこからかこの宇宙に流入する、そして飽和する!」
「ええ、そうかもしれません。でもエネルギー飽和っていうアイディア自体、僕にはなかったなぁ。それにBSCの理論ではホワイトホールも発生していないのが前提ですからね」
御手洗と下井の見解は一致していた。
-なるほど、こりゃ御手洗さんと下井さんだな。
森田の腹は決まった。
「ではでは!次に4日目への可能性はいかがですか?人類がなんらかのエネルギー現象をっていう話でしたが、御手洗さん」
「う~ん、これは難しいですね。人類が作れるエネルギー現象っていうと、高エネルギー加速器を使ってなにかする、っていうことですか」
「なにを言ってるんだ、また馬鹿げた事を!陽子だの電子だのをぶつけるだけの装置で何ができる!4日目なんてないんだよ!!」
いきなり割り込んだ鈴木教授を無視して、森田が話を進める。
「ほう、高エネルギーなんとか?それは今日の会見では出ませんでしたねぇ、下井さんいかがですか?」
下井は御手洗の発言にうなずきながら森田を見る。
「うん、これも御手洗教授のおっしゃるとおりかもしれません。あの会見で藤間教授が“太平洋にコップ1杯の真水”って例を挙げていましたね。全くそのとおりで、太平洋にコップ1杯の真水を入れて、太平洋全体をよくかき混ぜてコップ1杯の海水を汲むと、そのコップの中には先に入れた真水の分子が必ず入るんですよ、必ずです」
さも当然の事と言いたげな下井に対して、森田はまだよく分かっていない表情だ。
「つまり?どういうことでしょ?」
御手洗が話を繋いだ。
「つまり、人類が起こすとても小さなエネルギー現象も、一滴の水の波紋として全宇宙に広がる。それが3日間のループを抜ける決め手になるのか分かりませんが、その影響が皆無であるはずはない、ということです」
下井が更に繋ぐ。
「そのとおりです。そもそも約3日間、全宇宙で巨大なエネルギー現象が起こらないこともゼロに限りなく近い確率です。そこにブレーン宇宙の衝突というのは更に低確率でしょう。どちらもトンネル効果なくしてあり得ない現象です。つまり、そんな低確率の現象なら、ごくわずかな、それこそゼロに近いエネルギーの揺らぎでも、現象の発生を防げる可能性が出てきます。そしてその確率は、おそらく前のふたつが起こる確率よりはるかに高い」
-4日目に行く可能性は、高い?
森田は目を見開いた。
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つづく
予告
4日目の可能性を特集する小鉢の緊急特番。そこで4日目への可能性に言及する科学者たち。
しかしそこで、鈴木教授が異を唱える。
登場するクロスライト。その言葉は、世界中の人々と、自信を崇拝するクラムに対するものだった。
またも鈴木が吠える。
クラムシェルを名乗る鈴木は世界のクラムシェルに、何をしろと言うのか?そしてクロスライトは、クラムシェルに何を求めるのか?
おことわり
本作はSF小説「三日間の箱庭」の連載版です。
本編は完結していますから、ご興味のある方は以下のリンクからどうぞ。
字数約14万字、単行本1冊分です。
SF小説 三日間の箱庭
*本作はフィクションです。作中の国、団体、人物など全て実在のものではありません。