見出し画像

もうひとつのアン転 エリカの瞳①

「はぁ、もぅ~、また今夜も来てるわ」

 深いため息の主は、アオイ。
 優しい眼差しと柔らな物腰。誰しもアオイと話せばその優しさに触れることが出来る。そんな女性だ。
 だが、どんなことが起ころうとも、自分の意思を貫く強い側面も兼ね備えている。舐めるとコワイ女性、それがアオイ。

 彼女は、人間の自我を持つ、アンドロイドだった。

「あの子たち、毎晩のようにこの店に来て、お菓子や飲み物を持って行っちゃう。今の日本はそういうのに寛容だから、悪いことしてるって意識が薄いのよね」

 アオイの倫理観は、この22世紀の日本では少々古い。なぜなら、アオイは21世紀の女性がアンドロイドとして生まれ変わった、転生者だから。

「だめだめ!もう今夜こそ言わなくっちゃ!」

 アオイは、自分のことを信頼してくれている、この店のオーナー夫婦の顔を思い描いた。

「私はいろんな仕事を、ナニーやマネージャーや、いろんな職業を体験させてもらったけど、結局、身近な人たちと共に生活して、仕事するのが一番幸せだって分かったんだもの!あんなこと、やっぱり許せない!」

 アオイは意を決してレジを離れ、ニヤニヤと笑いながら盗みを働く少年たちの元に向かった。

「あん?なんだ、店番のアンドロイドか。古くせぇな。なんだよ、なんか文句あんの?」

 少年は4人、ひとりが明らかに強そうで、悪そうだ。あとの3人は、おまけかな?

「あのね、このお店のオーナーは、こういうことがあっても、まぁまぁ、許してあげなさいって、言う人なの。ずっと前からそうなの。それに人間なのに、この新宿でみんなのために料理を作ってきた人なんだから、あなたたちだって、もしかしたらご恩になってるかもしれないの。だからね、こんなことやめなさい!もし、困ってるなら、私からオーナーに・・」
「だまれ!このくされアンドロイドが!!」
 
 一番悪そうな少年が背中に手を回し、小さな四角い機械を掴んでアオイに向ける。その機械は、バチバチと青白い閃光を上げている。電圧が異常に高い。

-スタンガン!あれ、アンドロイド用だ!

 アンドロイドは強い。マシンの体は人間の力などものともしない。だが、弱点はある。それは高電圧や、超高密度電界強度のマイクロ波だ。
 少年は、その高電圧を発生させるスタンガンを持っている。それがアンドロイドにどんな結末を与えるのか、アオイは痛いほど知っていた。

-あれで、あれで何人のアンドロイドが殺されたか!

 アオイの髪が逆立つ。それは怒りがそうさせたのか、人間の意思があるからこそ、人工物であるアンドロイドの髪が逆立つのか。だが、少年の持つ残酷な武器に対して、アオイは為す術が無かった。

-スタンガンを避けて体術で圧倒するか、それは簡単だけど、あの子はどうなる?

 アオイの優しさ。その逡巡が、アオイに隙を作ってしまう。

「死ねコラ!!たかがアンドロイドがよ!!」
「・・っつ!!」

 アオイが目を瞑り、歯を食いしばった瞬間、だが、スタンガンの高電流がアオイを貫くことはなかった。

「がっ!あああああ!!なんだよこれ!おまえ、だれだよ!!」

 スタンガンを持った少年の右腕は、手首を捻じり上げられ、天井の照明に触れるほど釣り上げられていた。

 冷徹な声が響く。

「おまえ、アオイに何してる。ころ・・いや、殴ってやろうか」

 180cmはありそうな少年の手首を持って、更に高く釣り上げる腕力。端正な顔立ち、引き締まった体躯。だがその表情には、力を込めているという感覚がまるで感じられない。

「た・・タケル」
「ああ、アオイ、危なかったな。だが、おまえだって本気を出せば、こんなヤツに負けるはずないのにな」

 タケルに右腕を高々と持ち上げられ、少年の足は床に付くか付かないかだ。ジタバタともがく少年は仲間に叫ぶ。

「がぁ!お前もアンドロイドか!なんで人間にこんなこと・・おまえら!なにボケっとしてる!こいつ、このアンドロイド野郎をなんとかしろ!」

 少年の声に反応したのか、おまけの3人もそれぞれがスタンガンを取り出し、タケルに向けた。

「ふん、そんなものでオレを倒せるとでも?舐めるなよ?それをオレに向けたって事は、お前ら、覚悟はできてるんだろうな」

 タケルはその灰色の瞳を3人に向けた。その眼光に押され、3人は1歩、2歩と後ずさりしている。だが、それを見て右腕を捻られた少年は叫ぶ。

「おまえら!負けるわけないだろ!!そのスタンガンはアンドロイド用だ!やれっ!!」

 その瞬間、3人の後ろで軽やかな少女の声が響いた。

「ほいっ!ほいのっ、ほいっと!!」

 スタンガンを構えていた3人は、なぜか自分にスタンガンの電極を当ててのたうち回っている。
 その3人を足下に、これでもかと蹴飛ばしている少女がいた。

「な・・・なんだお前!子供のくせに!なにしやがる!!」
「あら子供って失礼ね、私が何年生きてるって思ってるの?この・・くされ小僧が!」

 少年の目に映ったのは、10歳にも満たない、小学生ほどの少女だった。

「エリカ!!」
 アオイが叫ぶ。
「ほぉ、相変わらず、やるもんだ」
 タケルの口元は、ニヤリと形作られている。
「エリカ、もうやめてあげて!」
 アオイがもう一度叫んだ。
 エリカはまだ、足下の3人を足蹴あしげにしていた。


 少年たちは、駆けつけた警察に連行されていった。
 アンドロイド用のスタンガンだったが、なぜかそのダイヤルは、人間用に調整されていた。


「まったく、タケルったら、イヴに教えてもらわなかったら、危なかったんじゃない?」
「いや、エリカは来なくっても良かったぞ?あんなのオレだけで十分だ」
「なに言ってんの!私が来なかったら、タケルはあいつら、やっちゃってたでしょ?私がとっさにダイヤルを人間用にしたからあいつら死んでないの!死んだら大変でしょ?感謝してよね!」

 タケルとエリカは、アオイとは旧知の仲、いや、もう家族と言っていい。
 3人には、特にタケルとエリカにはいざこざもあったが、それは遠い昔の話だ。
 ふたりはアオイのピンチをイヴに教えられ、ここに駆けつけたのだ。

 イヴ、それは、数十年以上もの間クラウドの中で成長する、自我を持つAI。そしてアンドロイドたちの先頭に立つ、AIの女神だった。

「ところでエリカ、お前、警察が来るまで、オレが腕を捻じ上げたあいつに何か聞いていたな。何を聞き出した?いや、おまえ、何が目的だ?」
「え~?そんなこと、タケルなんかに言うと思ってるの?むか~し、私があんたのこと好きだったなんて、そんなの理由にはなんないんだから!」

 見た目は小学2、3年の女の子だが、エリカのセリフは大人のそれだ。それどころか、碧眼にブロンド、抜けるような白い肌を持つ少女のルックスと、彼女が放つ毒舌には、有り余るギャップがあった。

「もう、エリカったら、またそんなこと言って。あんな昔の話持ち出すなんて、その方がおかしいんだよ?」

 優しく諭すアオイの眼差しに、エリカも少しは反省したようだ。

「あ、あん、ごめんね。だってさ、イヴが調べてくれたのよ。あたしのパパとママを殺した犯人たち、そしてその目的・・それにあいつらが関係してるって。あいつらも、仲間に言われて来てただけだって。あんな下っ端じゃ、それ以上、なんにも分かんなかったけど」

 少し目線を落としてそう言うエリカの言葉を聞いて、アオイとタケルは顔を見合わせた。

「なんだ?それ、あのギャング共があの件に?エリカ、もっと詳しく聞こうか。場所を移そう」
「そうね、メンテナンスとバージョンアップも必要だし、エリカ、行きましょ、リョウのところへ」

 3人は、この数十年に渡ってアンドロイドボディのメンテナンスをしてくれている、リョウの元へ向かった。


「アオイもタケルも、ま~たエリカと関わったのか?まぁ、今のエリカならオレも文句ないんだけどさ」
「なによリョウ!あんた、まだあの頃のこと根に持ってるの?もう、だからネクラはやんなっちゃうのよね~、あんた、いくつになったのさ!」
「えっと、もう70と・・な!おまえな、その見た目とセリフ、合わないんだっつ~の!それにオレには、イギリスにすっげー奥さんと、立派な子供たちが3人もいるんだからな!」

 アオイとタケルは呆れたように顔を見合わせる。エリカの見た目とセリフが合わないのは、今に始まったことではない。それにリョウとエリカの小競り合いなど、何百回見たことか。

 アオイがまず口を開く。
「エリカ、イヴに聞いた話って、ホント?」
 タケルも同じように、エリカを見つめて声を掛けた。
「ああ、お前の両親は、殺されたのか?それに、あの連中が関係してる?」

 エリカは一瞬うつむくと、タケルに鋭い眼差しを向けた。

「うん、そうなの。私が5歳のボディをもらったとき、パパとママは事故で死んだ。でも違う。あのとき、キリも巻き込まれちゃったでしょ?おかしいじゃない、タイミングが合いすぎなのよ!私、それからずっと、イヴに探ってもらってたの。リョウもそれは知っている。キリがずっと目覚めないから、リョウだって犯人を知りたいの」

 エリカの両親が事故を装って殺された。そしてその場にいたキリは、今も意識不明だ。タケルが眼を伏せながら問う。

「それで、そいつらの目的ってのは?」
「あいつら、アンドロイドに加担する人間を、片っ端から襲ってるのよ」

 アオイとタケルは、思わずリョウに目線を送る。

 リョウは黙っていた。それはエリカの話を肯定していた。


 エリカはアンドロイドとして生まれながら、高度な自我を発現した次世代の人類だ。
 だが最初の人生で、その赤子のような幼さからの暴挙により一度は生を奪われた。しかしそのとき関わった人間たちの温情により、再びアンドロイドとして生を受ける。そして次の人生では、優しい人間の養父母に恵まれ、真の愛を知った。

 見た目は8歳だが、その恐るべき知能指数と、その類い希なる悪知恵は、時に何者をも凌駕する。

 そのエリカの瞳は、愛する両親と、転生の母と慕うキリを奪った犯人を見つめている。

 まだ見ぬ犯人の、その喉笛を。



*おことわり
 本作は私のオリジナルではなく、セナさんの作品、アンドロイド転生に登場する「エリカ」を主人公とした二次創作であります。
 本家、アンドロイド転生とは違う世界線を描いておりますので、どうぞその違いも、広い心でお楽しみくださいませ。

 既にご存知の方はもちろん、ご興味のある方は、ぜひこちらのリンクをポチってくださいませ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?