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ショート 見つけた
にゃあーん
僕は大きな声で鳴いてみた。
でも僕の目の前のドアは、開かない。
このドアの向こうには、きっとお父ちゃんがいるはずなんだけど、全然出てこない。
前はここで待っていれば、ジャージャーガタガタ音がして、シャカシャカ布が擦れる音がして、あーぁあ!とか、んー!とか声がして、お父ちゃんが出てくる。
そして、抱っこしてくれるんだ。
「クルー、待ってたのか? いい子だね」って。
せっかく着替えたいい香りのシャツに、僕の黒い毛がいっぱい付くけど、そんなの全然構わないんだ。
お母ちゃんは怒るけどね。
でもあの日から、お父ちゃんは出てこない。いったい何をしてるんだろ?
あの日、このドアの向こうで、いつもはしない音がした。
がたがたーん!って、で、ぐぁー、とか、ぐぐぐー、とか声がした。
僕はびっくりして、にゃあーーんにゃあーーんにゃあーーんって鳴いた。
目いっぱい背伸びして、ドアをガリガリガリガリ引っ掻いた。
とうちゃんとうちゃんとうちゃん!
爪が取れるくらい引っ掻いた。
喉が痛いくらい鳴いた。
そしたらお母ちゃんが走ってきて、僕を抱えて別の部屋に連れて行って、お姉ちゃんがドアをドンドン叩いて、それから、それから。
お父ちゃんは出てこなくなったんだ。
だから僕は、毎晩毎晩お父ちゃんが出てくるのを待ってるんだ。
みんなが寝てしまってから、ずっと。このドアの前で。
ある晩、僕はドアの向こうにいるお父ちゃんを呼んでみた。
にゃあーん、にゃあーん
そしたらね、「クルー」って声が聞こえたんだよ。
お父ちゃんの声! 廊下の方から!
でもね、その声の方には、誰もいなかったんだ。
おかしいな? 僕は首をかしげた。
そうか、やっぱりこのドアの向こうなんだ!
僕は目いっぱい背伸びして、ドアを引っ掻いた。
カリカリカリカリ、ガリガリガリガリ、ガリガリガリガリ!
一生懸命鳴いた。
にゃあーおにゃあーおにゃあーおにゃあーお
そしたらね、何かがふわっと、僕を包んだんだ。
とてもうれしい感じ。
とても懐かしい感じ。
でもそれっきり。
お父ちゃんはやっぱり出てこなかった。
・
・
あれから何回、僕はこのドアの前に座っただろう。
どんなに鳴いても、お父ちゃんは出てこない。
でもね、きっといるんだよ? だって、いつも小さな声が聞こえるし、ふわっと幸せな気分になるんだもの。
探さなきゃ、お父ちゃんを探さなきゃ。
毎日、毎日。
・
・
あれからどれくらい待ったろう。
いつの間にか僕の足は弱くなって、ソファーに乗ることもできなくなった。
なんだか息もしにくくなったし、ご飯も食べられなくなっちゃって。
それで、お母ちゃんとお姉ちゃんは、いつも僕のそばにいるようになったんだ。
お父ちゃんを探さなきゃって、お母ちゃんに言うんだけど、「駄目だよクルー、ここで寝ておきなさい」って、優しく撫でてくれるんだ。
そんなとき、僕は幸せだなって思うんだよね。
その日もね、ご飯は食べてないけどお腹はすいてないし、お母ちゃんとお姉ちゃんがいっぱい撫でてくれるし、とっても眠くなって、もう寝よって思ったんだ。
とっても幸せだなって、思いながら。
お父ちゃんに会いたいなって、思いながら。
目を閉じた。
・
・
あれ? 今夜は少し違う。
体が軽いよ?
お母ちゃんとお姉ちゃんは泣いてるみたいだけど、大丈夫! 僕は元気になったんだ!
僕は足取り軽く、あのドアの前に座って、にゃーーんって、いつもより大きな声で鳴いた。
そしたらね、廊下の方に誰か見えたんだ。
「お父ちゃん!」
やっと見つけた! 僕はもっと大きな声で鳴いたよ。
「にゃーーん!」
僕はお父ちゃんに甘えたくてしょうがないんだ。
「クルー、お前、ずいぶんと年寄りになっちゃって」
お父ちゃんが言うから、僕はお父ちゃんに向かって走り出した。
「クルー」
僕はお父ちゃんに抱きしめられて、にゃんって鳴いた。
僕は嬉しくて嬉しくてしょうがないのに、なぜだろう、お父ちゃんは泣いている。
そうだ、僕には行くところがあるんだ。
そうだ、お父ちゃんと一緒に行こう。
僕はお父ちゃんの腕から飛び降りた。
「クルー、どこにいく?」
僕は振り返って鳴いた。
「にゃおーん」
お父ちゃん、こっちだよ。
お父ちゃんは僕の方に歩いてきた。
もう大丈夫。お父ちゃんと一緒に行ける。
僕はもう一度、お父ちゃんに抱っこしてもらった。
お父ちゃんは僕を両腕に抱いて歩く。
暗いはずの廊下は、光に溢れていた。
光は様々な色で瞬いて、僕とお父ちゃんを包む。
お父ちゃんはもう泣いてない。穏やかな顔で、眩い光を浴びている。
いつの間にか僕とお父ちゃんは、虹色の橋を渡っていた。
お父ちゃんは優しい顔をしているなぁ。
だから好きなんだ。
「にゃーん」 ”いつも一緒だね”
そう鳴いた。
「そうだね」
お父ちゃんは笑った。
僕は幸せだ。