三日間の箱庭(13)セカイガオワルヒ(4)
前話までのあらすじ
三日間の繰り返しは、世界の人々を死のループに陥れた。そしてそれは、世界各国、国と国の死のループに拡大する。
最初の世界核大戦で滅亡した世界。来斗の予言は的中し、世界はクロスライトという日本の少年に注目する。
死を経験したテレビニッポンプロデューサー、小鉢拓実は、来斗の次の言葉を得るため黒主家に走った。誠心誠意の謝罪をする小鉢を黒主家に招き、プロの手になる動画を再び世界に発信する来斗。
そのメッセージで語られた内容は、核戦争を起こす独裁者に裁きを与えるというものだった。
2度目の世界核大戦は、その直後に起こって、そして終わった。
■セカイガオワルヒ(4)
5回目の5月28日、午前3時20分過ぎ。
「うがっ!!」
小鉢は局の編集室で目覚めた。
ディレクターチェアでふんぞり返っていた小鉢は、衝撃で後ろにひっくり返った。
「あったったー!!」
小鉢はしたたか打った腰をさすりながら起き上がり、すぐにインターホンの受話器を握った。
「おい!集合だ!モーニングブレッド出演者スタッフ、全員集合させろ!すぐ行くぞ!!」
「もう了解ですよ、ここにいる全員が」
受話器から冷静な声が聞こえてきた。板野だった。
「お、おぅ、しほりちゃんじゃない、じゃ、すぐ行くからな!分かってんな!ディー!」
-あ~いったぁ~、なんで俺っていっつもチェアでふんぞり返ってんだ?俺って馬鹿なのか?
小鉢は痛む腰をさすりながらスタッフルームに走った。
「小鉢さん私のこと、Dだって」
受話器を置いたしほりは、横にいたさくらに驚きの目線を向けた。
「へぇ~、腐っても鯛って言うじゃない?小鉢さんだって鯛なのよ、ホントはね」
「まだ腐ってる、かもよ~?」
横から誰かが口を挟んだ。和やかな笑いがスタッフルームを包んだ。
「なにが腐ってるって?」
小鉢が飛び込んできた。
「すぐ行くって言ったろ!もう行くぞ、すぐ行くぞ、ライト様のところに!!」
スタッフルームに緊張が走った。
「今度はもっと早く、世界が終わる!!」
・
・
5回目の5月28日、午前5時、黒主家。
私と来斗は、テーブルに着いて朝食を待っていた。
「さ、朝ご飯食べて、準備しましょ!」
聡子は張り切ってベーコンエッグを並べている。不思議なものだが、こう何度もベーコンエッグが続くと飽きてくる。確か、朝食にベーコンエッグは久しぶりだったはずなんだが。
「あのさ、聡子、そろそろ最初の朝ご飯、別のものにしないか?」
「あっ!そうね!じゃ今からでも別のにする?あの人たちの朝ご飯も作ってるから、それをあなたと来斗に」
「あ、うん、いや、次からでいいからさ」
「そう?あの人たちもお腹すかせてくるだろうから、すぐに食べさせてあげないとね!じゃ、ベーコンエッグ、今朝はこれで我慢してね」
-まさかなぁ、聡子がマスコミの連中の朝飯を準備するなんて。
私は苦笑いしながら思った。
聡子のテンションは高い。3時20分過ぎに目覚めてすぐ、聡子が私に言った言葉が”来斗を起こしてすぐに配信しましょ!私のSNSに!”だった。
聡子が言うには、最初の核攻撃、次の核攻撃、どんどん早くなっていくと。
それはそうだ。西側諸国、そしてそれに対抗する諸国、どちらも先制攻撃を狙うんだから、回を重ねるごとに早くなるのは当たり前のことだ。結局、ミサイル発射の準備がどれだけ早いかに掛かってくる。
だから、来斗がネットに登場する時間は早いほどいい。来斗もそれに同意した。そしてつい先ほど、来斗の最新動画が世界に配信されたところだ。
普通の主婦が世界を動かすインフルエンサーになる。それは普通の人誰しもが夢見るものだろう。聡子にはそれができた。テンションが高いのも許してやらなければ。
「でも、さっきの来斗くんの話、すごかったわぁ、私、初めてみんなと一緒に死んだから、全部知ってて目覚めたのは初めてだもんね!もう、感動しちゃったわぁ」
息子を失って、半狂乱でヤクザみたいな男に立ち向かい、次は息子をみずからの命を捨てて守った女が、今はこれほどに浮かれている。
「女って、分からん」
私のつぶやきは、幸い聡子に聞こえてはいなかった。
タブレットの中、聡子のSNSで来斗は、これからすべきことを堂々と世界に訴えている。
「皆さん、また少し早くお会いすることになりました。クロスライトです。今回、こんなに早くお話しするのは、きっと今、世界各国で先制核攻撃の準備が進んでいるだろうから、です。今、時間が戻ってから20分ほどしか経っていません。早ければあと数時間でまた世界は滅亡します。準備は無駄です。逃げても無駄です。皆さんに出来ることはありません。ですが、ある人たちには出来ることがあります。何も出来ない世界中の人たちに代わって、核ミサイルを撃つ者たちに、裁きを与えることが出来る人。分かりますか?」
来斗は一呼吸置いた。
「あなたです!」
「あなたにお願いしているんです!!」
来斗は聡子が掲げるスマホのレンズを指差した。
「もうすぐテレビ局の人たちが来るでしょう。そのときまだ、ミサイルが飛んできていなければお話ししましょう」
「僕の名前は、クロスライト」
わずかな時間の動画だが、その再生回数はみるみる伸びている。それに、あっという間に各国語に翻訳、編集されて拡散されている。
聡子は自分の朝食に手も付けず、ご満悦でタブレットに見入っている。
その時、玄関のチャイムが押され、インターホンに小鉢が映った。
「は~い!」
聡子は嬉しそうに玄関に走った。いちばん最初の3日間、あんなに苦しめられた相手なのに。まったく、女って分からない。
「奥さぁ~ん、このライト様の動画、奥さんがアップしたんですかぁ?」
小鉢がシャケおにぎりを頬張りながら聡子に問い掛ける。
「そうなんです、できるだけ早い方がいいかなって」
「ですよねぇ、ライト様のお言葉ですからねぇ、しかしお上手ですなぁ」
「ほほほ、そうかしら?」
「それにま~たこのシャケおにぎりが、美味いこと!!」
「おほほ!そうかしら?もうひとついかが?」
二人のやりとりはまるで古くからの友人のように親しげだ。来斗のメッセージを切っ掛けにしてこんなことになるとは。
だが小鉢の言うとおり、この動画はよく出来ていた。世界中で見られている。その証拠に、聡子のSNSは各国語のメッセージで溢れている。中にはアンチ的なメッセージもあるが、そのユーザーはあっという間に攻撃され、埋没してしまう。
一方、この動画に共感したユーザーたちは口々に来斗を礼賛し、一種のコミュニティを形成し始めていた。そこでの来斗は、すでに教祖的な扱いだ。
「じゃ、もう準備は済んでますから、ライト様、もう一度よろしいですか?」
「はい、お願いします」
小鉢らはさすがにプロだった。ライティング、多数のメディアへの同時配信機材、そして進行、同時翻訳、メンバーは前回と同じ。だからこそ準備はあっという間に終わる。
「では、どうぞ!!」
まず、さくらが来斗の降臨を告げる。
「世界の皆様、クロスライト様です」
来斗は一礼して話を始める。
「皆さん、今日は2度目のご挨拶です。先ほどの話、もう皆さんに届いているようで僕も嬉しい気持ちです。では、続きをお話ししましょう」
しほりの指がキーボードの上を舞い、同時翻訳をこなす。技術スタッフはそのテキストを的確に動画に載せていく。前回よりも、より完璧な仕事ぶりだった。
「ライト様、先ほどの動画では誰かにメッセージを送っておられました。いったい誰に送られたのですか?」
台本は一切ないが、さくらの質問は的確だった。
「はい、先ほどお願いした人たち、それは、各国首脳側近の皆さんです」
「側近、と言いますと?」
「例えば、日本のような民主国家でしたら政権与党内の実力者になります。首相にもの申せる人、ですね」
「アメリカなどもそうでしょうか」
「大統領が絶対的権力を持っているアメリカなら、やはり副大統領や与党の実力者、軍を統括している人がいいでしょう。しかし問題は」
「問題は、なんでしょうか?」
「独裁国家です。独裁者が支配している国。そういう国では、独裁者は我が身の保身のためなら国民の犠牲もいとわない。だからこその独裁者なんです」
「そういう国では独裁者を止める人がいない、ということでしょうか」
「いえ、そういうことではありません。私が先ほどお願いした人たちというのは、その独裁国家の人たちなんです」
「民主国家は大丈夫、と?」
「はい、民主国家の場合、すでにこの状況が無意味なものだと気づいているはずです。しかし独裁者は自分のことしか考えませんから、止められない。結果、その相手をするために民主国家もミサイルを撃たざるを得ない。まさに、死のループです」
「なるほど」
「しかし、それは断ち切ることができると、申し上げました。その証拠もお見せしましたね」
「そして今、それができるのは、独裁者の側にいる、あなたです!!」
来斗は語気を強め、レンズの向こうにいる誰かを指さした。
「あなたの力が必要なんです!」
「今回は無理かもしれません。しかし次の3日間、時間が戻った瞬間にあなたが動けば、このループは止まる!」
「止めましょう、僕と一緒に!独裁者に裁きを!そして許しを、クロスライトと共に!!」
来斗がそう言った瞬間、Jアラートがけたたましく鳴りだした。
5回目の5月28日、朝6時半。
世界の終わり、3度目の始まりだった。
・
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つづく
予告
世界は三度の核戦争による人類の破滅を経験した。
そしてまた5月28日がやってくる。6度目のその日、目覚めた独裁者に側近のひとりがあることを告げる。
驚愕する独裁者。
これまでの来斗のメッセージは、世界に届いているのか?
そして来斗は、新しい5月28日の朝、来斗は核ミサイルが発射される前に、新たなメッセージを届けられるのか?
来斗のメッセージは、地獄の核戦争というループを止めるのか?
おことわり
本作はSF小説「三日間の箱庭」の連載版です。
本編は完結していますから、ご興味のある方は以下のリンクからどうぞ。
字数約14万字、単行本1冊分です。
SF小説 三日間の箱庭
*本作はフィクションです。作中の国、団体、人物など全て実在のものではありません。
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