遅死11.02
天気予報は残酷なまでに正確だった。
一縷の望みに賭けていた自分を恥じ、日比谷駅構内でポンチョを被る。同じく雨具を装備し始める集団も、もしかしてそうなんだろうと勝手に同類意識を持ち、ふと口元が緩む。薄暗くなった道を1人歩き、程よい雨に打たれながら列に並ぶ。気分はさながら修行僧であった。ゆっくりと進むポンチョ集団と共に会場の門を潜る。雨降りしきる中、淡く光るステージ。
薄暗い通路をスマホで照らしながら、長椅子の端っこにちょこんと座る。
後方では今回のチケット争奪戦がいかに過酷だったかを語るファンの声。斜め前のお兄さんは両手を膝に置き、じっとステージを眺めている。開演前SEの曲はなんだろう、雨音と混ざり心地が良いので、自分もお兄さんを見習い雨に耐えながらステージを見つめる。
しばし,幻想的なこの空間を噛み締める。
突然止まるSE
「おー!」と響めく会場。そろそろだ。袖から登場した3人の主役を見るなりばっと立ち上がる我々。息が合いすぎる。
始まりはクロールからだった。
イントロだけで日比谷公園音楽堂はsyrup16gの色に染まる。いや、制圧という言葉が正しいか。既に涙腺が壊れて雨なのか涙なのか分からない。
高まる期待感、これから雨と共に走り抜けるにはもってこいであった。
「動物的本能 君だけに真実を話そう 誰でもできそう」
続けて前頭葉
「あれ?雨が降ったから早めに切り上げるの?」と思うぐらいの全力投球。「前!頭!葉!」でこぶし振り上げると隣の方に飛沫が飛んだ。あの時はごめんなさい。普段のライブと異なる感覚に戸惑う。
「喋るな そこで突っ立ってりゃいい」
Heaven
立て続けに激しめのナンバー。あれだけ冷えてた体はもう熱い。
少しずつ揺れ動き始める会場。「syrup16gのライブは地蔵だ」と揶揄されるが、そこが良いのだ。
「すべてわかっても 無駄だぜ すべて忘れるよ 今だって」
もういいって
続くDeleyedeadゾーン
ヒートアップする会場、そして雨。「もういいって!」それは雨に伝えて欲しい、とかなんとか思ってたなそういえば。
「愛はすばらしいもの もういいって もういいって」
ここで一旦のMC
謝罪する五十嵐。中畑は「よく来てくれたね~」と話す。田舎のおばあちゃんか。でも、この一言で救われた気がしてぐっと胸が熱くなる。
「みなさんは無理しないでね。我々は無理しますが」
いいえ、そんなことないです。明日熱出そうなくらい頑張ります。
翌日
イントロが聞こえた瞬間に歓声する会場。ライブで翌日聴くたびに溜め息漏れる。蒼く照らされたステージは雨に似つかわしくないぐらい、美しくて晴れやかだった。
この時の雨が多分MAX。雨雲、お前もライブ参戦してるんか?
「急いで 人混みに染まって あきらめない方が 奇跡にもっと 近づくように」
生活
そして再びイントロと共に歓声。スタートダッシュし過ぎると感じてしまうくらい全力疾走のセトリ。だから僕たちも雨に負けないよう全力で楽しんだ。
「生活は出来そう それはまだー!」
真空
雨に負けないくらい激しめのリフから始まる真空。最早、雨止むなとさえ思う。青と赤のバックライトが動脈静脈を想起させる。「懸垂!」のシャウト、やっぱりいい。
「先生あなたが言いたいこと 本当は僕解ってたんです 全部!!」
五十嵐、ポンチョ集団の我々を見て一言「野戦病院みたいだね」
この言葉、思い返すと本当にその通りだったと思う
Breezing
この曲好きなんだよな。Deleyedeadの曲が中心だから最近特にヘビロテしてたけど、スルメ曲なんです。
「Breezing, I can go. Breezing, I can go.」
エビセン
美しい色調、ああこんな落ち着いた曲だったんだ。ピンクの毛細血管のような背景。いや、エビセンを表してたのか。ライブ映えって言うのかな、じっくり聞き入ってた。
「セブンスターの横のエビセンはもう タイムマシーンの上でしけちまったぜ」
明日を落としても
そして静かに始まる、明日を落としても。
syrup16gらしい諦念に溢れた歌詞と、でも諦め切れないあの感覚は雨に打たれながらだとより一層味わい深い。多分雨の中だからこそ噛み締めることが出来たのかもしれない。
「そう言って うまくすり抜けて そう言って うまくごまかして」
ひと休憩
五十嵐「つらいことばかりで、ってそっちの方が辛いっすよね」
そんなこと言うな。辛くないわ。タオルでがしがしと顔をふき取る五十嵐は今回もしっかりと確認。改めて見てもハムスターか何かに見える。
赤いカラス
本当に好きな曲。だからこその不意打ちは胸が震えた。
歌詞の一節一節が美しい。スモークと共に赤く照らされる空間。ゆらゆらと揺れるファンたちは各々が各々の味わい方をしている。
「当たり前に月日は流れるだけで その光の無い輝きも いずれ闇に堕ちる」
IHate Music
突然変わる曲調。
このやさぐれながら「I Hate Music !」と叫ぶことこそsyrup16gの真骨頂なんだろうな。頭を揺らしながら「ハピネス ハピネス !」
In My Hurts Again
Les Misé blueからも来るのか…!聞きたかったお煎餅屋さん。
1番この天気、この流れに合う最高のチョイス。パッと空が光ると共に遠くで雷鳴。雨はまだ強く打ち付けるけど、いいよ心に染みるし。
「来世には お煎餅屋になりたくて お砂糖とお醤油が奏でる 至高のマリアージュ」
変拍子
16周年記念ツアー「十六夜」の一曲目。思い出の曲。イントロを聴いた時、またしても緩む涙腺。またライブで聴けるなんて…と震える。
「冷めているのではなくあきらめているのでもない。分かり合えた日々が眩し過ぎて見れないだけ」
ここの歌詞、本当に美しいんだよ。降りしきる雨の中で聞くから余計に。
光なき窓
delaidbackから3曲目。嬉しい悲鳴が漏れる。
ステージが真っ白なライトで照らされる。後光が差す、とはこのことだ。
「そばにいてくれ そばにいてくれ」喉から搾り出す声が胸に刺さり痛い。
遠い希望に手を伸ばすような、ナイフで心の深い処をえぐるような。
「後悔なんてしたくなくて あんまり相手にされなくて 光なき窓」
ここで一旦は終了
でもアンコールの拍手は止むことなく続く。疲れた方も座ってひと休憩出来ているようで良かった。
ステージにまず戻ってきたのはキタダマキ
特徴的なベースソロ、ああ、Sonic Disorderだ。中畑もゆっくりとステージに戻りビートが加わる。会場の中から自然と手拍子が沸く。五十嵐、キタダさんの横をふらふらとすり抜けながらギターを抱え、そして、かき鳴らされるリフ。その瞬間に会場のボルテージは最高潮になった。
「人は一人 逃れようもなく だから先生 クスリをもっとくれよ」
Sonic Disorderと繋がり、熱気冷めやらぬまま神のカルマに突入。あー今日死ぬのかなってその時、本気で思った。雨は落ち着いてきた。この辺りからフードを取ってた。
「神のカルマ 俺が払う必要な無い。全然無い!!!」
そして紅く染まるバックライト、高まるイントロ。中畑めちゃくちゃ力が入ってる。ステージ前方にしゃがみ込む五十嵐。手を前に出しながら「こんな降ってたんだ」って。ええ、そうなんですよ。ハンドマイクに持ち替えてやさぐれたように始まる「落堕」
来るぞ来るぞと構える。「寝不足だって言ってんの!」客席に向けられたハンドマイクに全力で叫んだ。本当にそう。あなたたちのせいでここ最近寝られなかったんです。
coup d'État
この振り絞って出される声が好きなんだ。まだまだ終わってほしくない。歪むギター、期待感が膨らんでいく。
「声が聞こえたら 神の声さ」
空をなくす
もう終盤なのに、雨はまだ続くのに、ポンチョの中も既にぐしゃぐしゃなのに、まだまだずっと飛び跳ねられる。今なら飛べるよ。本気でそう思う。首振り過ぎて痛い。だけど全力。
「この空をーーーーーーーーーなくすまで」
ここのロングトーン、長く永くどこまでも続く気がした。
ひたすら走り切った後、ステージから捌ける3人。多分次が最後のアンコールだろう。必死で手拍子を打ち続ける。
遅死Tに着替えた五十嵐。白のキタダ、中畑もdelayedead Tシャツに着替える。ずっと雨の中全力でパフォーマンスし体力も限界なはずなのに、ファンを楽しませようとする姿、本当に好きだ。
五十嵐「今年初めてのワンマンで、、初めてというか今年これが最後で、そのせいで業が強すぎて皆さんに災害をもたらしてしまって、、」これは神のカルマなので払う必要はないよ、全然。
五十嵐「来年もまたこうしてライブ出来たらいいなって」この言葉が聞けただけでも本当に来て良かった。多幸感に包まれ最後の1曲、Rebornを迎える。
フード外して全てを聞き逃さないよう、雨すらも受け入れた。
「手を取り合って 肌寄せ合って ただなんかいいなあって 空気があって 一度にそんな 幸せなんか 手に入るなんて 思ってない 遠回りしていこう」
終盤になるにつれて終わらないで、と願う自分。最後の「生まれ変わってくのさ」の一節、ああ終わるんだ、と思った時に、悲しいよりも清々しかった。本当にありがとう。
全てが終わり3人が前に出て手を振ってくれた。最高の拍手と歓声で彼らを迎えられたと思う。
ライブが終わり、逃げるように会場から出る。タリーズの軒下でポンチョを脱ぎ、びしょびしょの上着もカバンにしまい、冥途Tシャツを曝け出しながら地下鉄に飛び乗る。誰とも話さずに気付いたらホテルに帰っていた。
降りしきる雨の中、ポンチョを着てsyrup16gの音に聴き入るあの空間の一体感、充実感、本当に濃密な2時間だった。
開演より少し遅れて来られた方に対して、周りのファンの方が席を一緒に探してくれる様子を見て、なんだか心が温かくなった。また、アンコールの合間を短くしたり、「大丈夫?」と合間のMCで聞いたりと節々で3人の優しさが垣間見れた。雨だからこそ、ファンや3人の温かさに触れることが出来た。そういう意味では雨には感謝しないと。
「野戦病院みたい」
本当にそうだ。
僕らは『日常』という戦場の中で傷つき、苦しみ生きて、それでも何とか生き抜いて11月2日にsyrup16gという処方箋を求めやってきた。雨が降ろうが雷が落ちようが、だ。
だけど、あの時、あの場所で、あの瞬間、全てが満たされた気がした。
また苦しい日常に戻るが、多分まだ飛べる。まだやれる。色んなものを貰ったから。
脳に浮かんできた言葉を長々と綴ってきたが、やはり自分には文才がないみたいだ。結局今回のライブを通じての感想は、下の一言に尽きてしまうから。
「syrup16g ありがとう」