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無邪気な親不孝

「ママ、見て見て。ほら、ディディ」
 未央が黒い子猫を抱えて帰ってきた。ディディとはアニメに出てくる猫の名前。未央は何事にもはまりやすい性格でそのアニメは10回以上も観たが、その度に駄々をこねた。
「魔女になりたい」
「空飛ぶホウキがほしい」
「パン屋さんになりたい」
 どれも実現するはずはなく、強いてあげれば主人公の女の子と同じ赤いリボンを付けてあげたぐらいか。ここしばらくはそのアニメから遠ざかっていたがテレビである動物番組を観たときにふともらした。
「やっぱりディディみたいな猫飼いたいな」
 猫ぐらいならいいかと誠司と佐奈子は話していたこともあった。
「どうしたのその猫」
「そこの電信柱の下で拾ったの」
 はしゃぐ未央とは対照的に子猫はまったく元気がない。佐奈子が撫でても反応すらしない。
「ちょっとママに抱かせてくれる」
 未央から子猫を受け取るや否や佐奈子は確信した。うちで飼う以前にこの猫が未央といっしょにいられる時間はそう長くないと。
「この猫ちゃんお医者さんに診てもらおうか」

 子猫が再び未央に抱かれることはなかった。医師の手に渡ったときにはすでに力尽きていた。衰弱が激しく、しばらく何も口にしていないようだった。医師もいろいろと蘇生処置を試みたが子猫が息を吹き返すことはなかった。うつむく未央に佐奈子は掛ける言葉を見つけられずにいた。
「あなたの優しいぬくもりに触れることができて安心して天国に旅立ったと思うな」
 医師が代わってそう諭すと未央の目にはみるみる涙が溜まり出した。

「へえ、そんなことがあったのか」
 晩酌の缶ビールを開けながら誠司は少し驚いていた。
「ほら、あの子、ちょっと前にディディみたいな猫が飼いたいって言ってたでしょ」
「言ってた、言ってた」
「きっと、その声があの猫に届いたのよ」
 飼い主が捨てたのか、野良猫の家族とはぐれたのか。もう一日遅かったら、小さな命は未央の元に辿り着くことなくどこかで冷たい身体になっていただろう。
 運命的な出会いが一瞬にして、永遠の別れに。わが娘の心中を察すると誠司はやりきれなかった。そこへ未央が眠い目をこすりながら起きてきた。誠司は未央を抱き上げ、太ももの上に乗せた。
「ディディが天国に行くお手伝いをしてあげたんだって」
「うん、そうだよ」
「おうちで飼えなくて残念だったね」
「仕方ないよ」
 未央の意地らしくも聞き分けのよさが誠司は気になった。佐奈子も頬杖をついて微妙な笑顔を寄越す。駄々をこねて困らせた頃に比べると少し成長したのだろうか。ただ、淋しさだけはまだ残しているようだった。
「あ~あ、早くディディに会いたいな」
 いくらなんでもそれは早すぎないか。ディディだってまだ天国に着いてないかもしれないだろ。それに何より親より先に行くのは絶対駄目だ。
 誠司は未央が部屋に戻ると物置の古新聞を漁り出した。洗い物をしていた佐奈子がその手を止め背後から覗き込む。
「何探してるの」
「ペットショップのチラシ」

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