モノクロムな夜
職場の飲み会の帰り道、その違和感は始まった。
店を出た後から不穏な空気が夜風に混ざっている。
酔いのせいではなくはっきりと背中越しに感じた。
まさか、ストーカー?
帰路を離れ、別の道を5分ほど疾走した。
気が付くと商店街にある店の前に戻っていた。
人通りはなく外灯も途切れ途切れにしか点いていない。
恐る恐る後ろを振り返ると影の姿はなかった。
振り切ったのか、諦めたのか。
全身から力が抜け、肩で大きく息をした。
安堵した束の間、黒い影が視界に現れた。
フード付きの黒いコートを身にまとい
手にはあろうことかナイフを持っている。
目出し帽から覗く鋭い視線には悪意が光る。
まるで死神にとりつかれたカラスのようだ。
息を吐きながら中腰の態勢でカラスが
一歩近づいてくると、一歩下がる─。
それを何度か繰り返すうち、
恐怖に耐えきれなくなりついに尻もちをついた。
それでも両手両足を蜘蛛のように動かし必死に後ずさりする。
カラスはさらに距離を狭め、あと1mのところまで迫る。
助けを呼ぼうにも酔いのせいで呂律が回らない。
─何がしたいの、お金? 悪戯? レイプ?
目出し帽の中の血走った目には鮮烈なメッセージが刻まれていた。
「Go heaven」
死ねって?
身勝手な要求に絶命寸前だった生への執着心が逆上した。
冗談じゃない、私が何をしたというの。
まだ25よ、まだやりたいことがいっぱいあるんだから。
なんで見ず知らずのあんたに殺されなきゃいけないわけ。
それにどうせ天国に連れてくなら
手を取ってエスコートするぐらいの優しさがあってもいいんじゃないの。
だが怒りとは裏腹に恐怖へ反撃することは出来ない。
カラスがナイフを大上段に振り上げたその時。
後ずさりしていた手に何かが触れた。
それをしっかりと右手につかみ
お返しのメッセージとばかりに思い切り投げつけた。
Go ahead!
「ググガアアアア─」
カラスの悲鳴が冷たい商店街の闇を引き裂いた。
幼稚園に向かう道の途中、園児が母親に問いかけた。
葬式が執り行なわれた家の玄関先を指差して
不思議そうな顔をしている。
「ねえ、これ、なあに」
「清め塩っていうのよ」
「なんでこんなことするの」
「悪いことが起こらないようにお願いしたり、
悪い人から自分を守ったりするためっていうのかな」
「ふ~ん」