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父の回顧録

 昭和8年生まれの父はもうすぐ91歳、ありがたいことに何をやるにもまだまだ健在だ。

 iPadを駆使してWebも見ているし、私とメールのやりとりもする。出版社で雑誌や文芸の編集畑だったこともあり青空文庫で旧作を読むことを楽しんでいるし、文章を書くこともまったく苦にならないようす。その父が孫たちに向けて回顧録を書いてくれることになった。

 きっかけは私とのメールのやりとりだった。

 メールのやりとりの中で昭和20年8月の終戦当日のエピソードが出てきたもので、東京が空襲で焼け野原になったために祖母(父の母)が「もうたぶん大空襲はないだろう、もしもあったら今度こそお仕舞い、出征したパパと連絡も取れないし、その時は親子一緒に死のう」と父や伯父(彼女にとっての息子たち)を疎開先から呼び戻したこと、玉音放送を聴きながらみんなで食べた昼メシがとうもろこしと焼き茄子だったこと、など初めて知った家族のようすがなんとも生々しく胸に迫ってきた。「これは当時のことを次の世代にぜひ書き残してもらわなくてはいけない」と気がついてお願いしたのだ。
 
 始めてみると本人もこうしたものを書くことが張り合いになってくれているようで、「孫たちへ」と題してさっそく毎日送ってくれるようになった。
 
 次男は「この『パパ』というのは誰のことなのかな」など、多少の混乱はあるものの、熱心に読んでいる。まあ、無理もない。21世紀冒頭に生まれた彼にとって、会ったこともない明治生まれの曾祖父の80年前の出征などは歴史の彼方のできごとであり、当人が身近な家族だった私や父とのギャップはどうしようもない。
 
 しかし、だからこそ、上の世代がどのような経験をしてきたかは語り継いでおきたいし、先祖の来歴を別角度から照らすことは彼らのこれからの人生の励みや指針にもなると信じたい。
 
 そして、なによりも書いている父とそれを読む私にとっては大切なファミリーヒストリーだ。少しずつでもいい、多少の脈絡の乱れも仕方がない、とにかくじっくり取り組んで書き続けてほしいと思っている。
(24/9/13)

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