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“オワコン”化した「流行語大賞」

 年末年始がくるたびに思うのは、かつてフジテレビでOAしていた「新春かくし芸大会」の没落だ。Wikiによれば1980年OAの視聴率は48.6%というお化け番組だったが、2010年を最後に終了している。テレビのバラエティをほとんど見ない私なので、その頃もまったく視聴していなかったし、いまになってみると「何故みんなあんなに夢中で見ていたんだろう」と思う。

 巨人を中心にしたプロ野球中継もそうだ。私が入社した昭和の末期頃は巨人戦だけが連日地上波で中継されて、軒並み20%を超えていたもの。いまや日本シリーズでもこの半分ほどにしかならないのではないか(世帯視聴率)。

 テレビ一辺倒だった“お茶の間の娯楽”が多様化したこともあるが、やはりどんな人気コンテンツにも自ずから“寿命”というものがあり、オワコン化することは避けられないのだ。

 さて、ことしの流行語大賞に「ふてほど」が選出された。もちろんクドカンが書いたTBSのドラマからきているものだが、正直なところ「えっ?確かに話題のドラマではあったけど、大賞がそれかい!?」と思った人が多かったのではないか。ことしについては、「アサイーボウル」が候補になったことに「どうして数年前の流行が入ったのか」と疑問視する声もあり、いろいろズレてきているとの指摘が多い。
 
 そもそも「流行語大賞」とは、「ああ、そんなのが流行った年だったねー」と振り返るためのもの。それはその年だけでなく、後年から振り返ってもその機能が求められる。つまり歴史の審判に耐えられるという“価値”を期待するからこそ毎年これだけ注目されるのではないのか。

 過去の大賞を見ても2016年の「神ってる」では、みんなの脳内に???が浮かんだことを思い出す。もちろん数値化できるような“客観基準”があるようなものではない。それだけに「関係者が授賞式に来られるモノしばりなのではないか」という疑惑も消えないのだ。

 いまは「年末の風物詩」として各メディアが話題にしているが、こんなに納得感が得られない状況が続くようでは数年後には見向きもされなくなる「オワコン化」しているのではないか。ま、それでもちっとも構わないのだけれど。
(24/12/5)

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