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「良い研究実績がある」ことを示そう [Imbackプロジェクトその4]

前記事の各項目それぞれについて、これから取り上げていきますが、ここで示す対処法は、基本的に、どうにかして手札を揃えるための方法です。すでに強い札を持っている項目は、あまり考えなくて良いと思います。そしてこの記事では、「良い研究実績がある」ことを、どうにか示す方法について説明していきます。

この一年で学術論文のある方は、素晴らしい。次の項目へ行きましょう。なお、申請書の記述にあたっても、その論文を中心に組み立てると良いです。そうではない(大多数の)方々は、この項目が何を求めているのかを基に、何とか手札を作っていきましょう。

研究実績で評価者は何をみようとしているのか

研究実績ですが、これまでの研究の質がこれからの研究の質を担保するものではないという点で、これだけで申請の可否を判断することはまずありません。また、これを単純に評価に用いれば、キャリアが短い研究者に不利に働き、斬新なアイデアが採択されにくくなる可能性もあります。そのため、若手向きプログラムや、萌芽期の研究資金制度[1]などの公募要領では、研究実績をそれ程重視しないと書かれているかもしれません。

しかし、これを鵜呑みにしてもいけません。研究資金は何かしらの成果を期待して出すものであり、学術研究の外部資金の公募であれば、その評価者は「申請書の研究内容を実際に行えるのか」、「結果を論文として発表できるのか」といった疑念を必ずといって良いほど持ちます。これに対し、これまでにもしっかりとした研究アウトプットがあることは、評価者の疑念を否定する何よりの根拠であり、強い説得力を持ちます。そのアウトプットが、専門用語で書かれ、厳しいレビュープロセスを経て公開され、基本的には誰でも参照できるもの、つまり査読付きの学術論文(分野により国際学会の予稿論文、特許、専門書を含む)であれば、すでにその分野で高い評価を受けていることになり、評価者も(中身を細かく検討しなくても)良い研究実績と認めることができます[2][3]。

研究実績を良くみせるには - まず埋める

研究実績リストの作り方ですが、少々古くても、分野が異なっても、学術論文を発表していれば、それを全て列挙してください。論文リストが記入スペースから溢れるようになって初めて「本研究に関係ある論文のみ載せる事」といった表記を気にすれば良いのです。あなたの研究論文が、あなたの研究申請に関係ないことなど、ありえないのですから[4]。また前段のように、研究の遂行能力を示す意味でも、主著者や責任著者である論文はそれと一目でわかるようにすることも重要です。そして論文で埋まらなければ、日本語総説、学会発表の要旨、一般書でも、ともかく埋めます。多くの教員の方は、学生の学会発表まで含めれば、まず埋まると思います。なお、査読付きの学術論文とその他の研究アウトプットは、リストを分けた方が、評価者が読み取りやすくなります。

研究実績を良くみせるには - こまめなアウトプット

さて、これで最低限の手札ができた訳ですが、特に科研費では、弱点にならないレベルまで持っていきたいものです[5]。この項目を充実させるには、やはり時間がかかります。以下、主に次年度以降に向けた方法を説明していきます。

特に研究実績がこれまでほとんどない方や、申請する分野で発表していない方は、学会発表でも、ちょっとした小文でも良いので、できる限り形にしておくことをお勧めします。なお、これはもちろん、研究アイデアの核を表に出すという話ではありません。申請内容に関連した事前調査や、予備検討でも、発表できるものはあると思いますし、あるいは学会発表に向けて作業するのも最初の一歩としては良いと思います[6]。学会発表をしておけば、何かしらの形になりますし、そこでもらうコメントを申請に活かすこともできます。特にこれまでの専門と異なった分野での科研費申請を考えている場合は、申請を考えている分野での学会発表を通じて、その分野の研究者を共同研究者として誘う話もできるかもしれません[7]。さらにはその分野の評価者に、申請者とその研究内容を関連付けた「ちょっとしたひっかかり」を記憶の片隅に持ってもらえる、といったこともありますので、積極的に学会発表を検討してください。

研究実績を良くみせるには - 共同研究にする

上段でも少し出ましたが、共同研究・申請にして、研究分担者に研究実績のある方を加えることも、研究実績を自然と増やすことができる一つの手です。特に、不採択が続いている場合や、新たな分野への応募を考えている場合は、その分野で実績のある方を研究分担者を加えることは、とても有効な手段となります。同じ大学の同僚、古くからの知り合いであれば、今年の申請にも間に合うかもしれません。是非検討してみてください。

また、研究実績の話から少し外れますが、科研費において申請を考えている分野の研究者を研究分担者として加えることは、研究実績のことだけでなく、その分野における研究の文脈を外さないためにも重要です。その分野の研究の文脈を踏まえなければ、ピアレビューを行う科研費では中々良い評価を得られません[8]。「エフォートや他の事業の都合で研究分担者は無理だけど、研究協力者なら」と言われた場合も、是非研究協力者になることをお願いしてください。そして(研究実績欄に加筆できなくとも)、研究体制あたりに研究協力者を明示し、実際に申請書を一度見てもらうことができれば、申請書が飛躍的に良くなります。

研究費申請において幾つも落とし穴がありますが、その中でも最も注意しなければならないものの一つは、「その研究アイデアはすでに試され、そして上手くいかなかった」と評価者が感じることです。その試された研究アイデアは、論文にはまずなっておらず、その分野で長年研究している方でないと、失敗の中身を中々見聞きできないものです。そして、あなたの研究アイデアが過去に失敗した研究アイデアと概略やキーワードで似ていれば、その分野に詳しい評価者はまず「同じように失敗するのではないか」と懸念を抱くでしょう。これに対し、失敗した例を知らなければ、計画のどこが異なるのかを強調して書くことはできません。その分野の長年の研究者から協力を得ることで、この落とし穴を避けることができるようになります。また上手く書くことができれば、その過去の失敗例を比較対象として、あなたの研究アイデアの新規性・実現可能性をアピールすることもできるでしょう。


[1] なお、科研費の挑戦的研究(萌芽)がどこまで萌芽期の研究を拾えているのかについては、その評価システムから私は疑問をもっています。一般的に、尖った内容の申請書は少しでも異なる分野の専門家には理解されにくいと考えられ、より幅広い分野の多人数の専門家で評価を行う程、不利になります。つまり現状の評価システムでは、異なる分野の方にとっても理解しやすい様な、結果がほぼ出ていて具体的な形になっている研究、そして幅広い分野にまたがる研究の方が、より良く評価されている可能性があります。最も、萌芽期の研究や挑戦的(ハイリスク)研究は、申請段階では特に評価が難しく、どうやって選び出すのが良いか世界中で検討が続いています。

[2] 評価上の追認となります。それは、連鎖的に厄介事になることもありますが(研究不正を雪だるま式に大きくしてしまうなど)、基本的には評価者の負担・評価コストを大幅に減らすため、評価側からすれば肯定的なものです。

[3] その論文誌のIF(インパクトファクター)を付ける人もいます。IFは論文誌全体について被引用数を元にした指標であり、個別の論文の価値を示すものではない、という意味では不要なことが多いです。ただ、その雑誌名に馴染みのない評価者には、その雑誌の重要性が一目でわかるので、あまり否定もできません。科研費でいえば、ピアレビューが基本ですので、その雑誌に馴染みのある人が評価者である可能性が高く、普通は不要だと思います。一方で、自身の申請する分野を変えた時や、評価者が幅広い分野に渡る場合などは、その論文の価値を直感的に伝えることには役立つかもしれません。

[4] 少し拡大解釈していますが、個人の経験に基づかない、新たな個人レベルの研究(アイデア)など、まずありえないと思います。また評価者にとって、申請者が論文発表をしっかりとできる根拠を示されていることの方が、少々の分野の違いや申請内容との関連の薄さよりも、評価にあたって重視すると推測しています。

[5] 科研費は、そもそもリウォード(既に発表された研究を高く評価する・その研究に報いる)をベースにしていた制度と言われており、その名残は多くあります※。つまり、研究計画の実現性・学術的重要性などのほかに、研究業績自体を重視してきた過去があり、一部の評価者のイメージにも、それは残っているのではないかと推測します。
※飯田益雄「科研費ヒストリー」科学新聞社2007、p71参照(同書は科研費制度全般について様々な知見を与えてくれますが、ここではそれほど適切な引用ではありません。ただ、今はご年配となられた研究者の方々から「NATURE, SCIENCEに掲載された年は白紙でも通る」といった話は個人的に良く耳にしましたし、その方々の話はこの本の内容とも整合性がとれており、実体としてリウォードベースだった時期が過去にあったと考えています。)

[6] 時に見落としがちですが、自身が学会等で発表した内容や文章から、イントロや論理構成、図表などを申請書に適宜利用しても、まず問題はおこりません。もちろん、他者のものはアウトですし、自己剽窃も倫理的に難しい部分もあります。そのため、特に論文などで発表していれば、それを積極的に引用していきましょう。査読付き論文の引用であれば、その内容を他の研究者も認めたものであることを、評価者に対して簡潔に示すことができますし、また研究実績を印象付けることもできます。なお、サラミ出版が問題視されることもありますが、我々は気にしなくて大丈夫です。まず外部資金を得て、その結果を論文として公表して、その次の外部資金申請や論文発表の際に検討しても十分間に合います。

[7] ただ、いきなり共同研究として申請するのは、中々ハードルが高いのも確かです。今年の申請についてであれば、元から知り合いであることがとても重要です。事前に共同研究に向けた意思をメールなどで伝えておいて、学会発表を聞いてもらう、というのも一つの手です。一から知り合いになった相手とは、来年以降と考えた方が良いでしょう。付け加えれば、この2年の間、学会で直接会うことができず、この手段はとても使いにくくなっていました。しかし、対面ベースに戻す学会も今後増えてくると個人的には期待しています。逆に、学会を運営する方々は、オンラインの方がやりやすい、と思われているかもしれませんが。

[8] 科研費で行われている評価はピアレビューですが、そのピアレビューの評価基準は、「専門学術誌でつながる研究者共同体(ジャーナル共同体)において形成され、研究者共同体内で共有され」ます。そしてその分野に新規に参入しようとする者は、「その分野における研究の捉え方や歴史的経緯に由来する」評価基準を「ふまえた知識生産が可能になることを目指すこと」になります※。
※標葉隆馬「責任ある科学技術ガバナンス概論」ナカニシヤ出版 2020年、p70参照

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