僕の好きな詩について 第二十七回 鮎川信夫
僕の好きな詩についてお話しするnote、第二十七回は鮎川信夫氏です。
田村隆一氏らとともに戦後の重要な同人雑誌「荒地」の創刊メンバーで現代詩の巨人の一人ですね。
では早速今回の詩を。
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「死んだ男」鮎川信夫
たとえば霧や
あらゆる階段の跫音のなかから、
遺言執行人が、ぼんやりと姿を現す。
──これがすべての始まりである。
遠い昨日……
ぼくらは暗い酒場の椅子のうえで、
ゆがんだ顔をもてあましたり
手紙の封筒を裏返すようなことがあった。
「実際は、影も、形もない?」
──死にそこなってみれば、たしかにそのとおりであった
Mよ、昨日のひややかな青空が
剃刀の刃にいつまでも残っているね。
だがぼくは、何時何処で
きみを見失ったのか忘れてしまったよ。
短かかった黄金時代──
活字の置き換えや神様ごっこ──
「それが、ぼくたちの古い処方箋だった」と呟いて……
いつも季節は秋だった、昨日も今日も、
「淋しさの中に落葉がふる」
その声は人影へ、そして街へ、
黒い鉛の道を歩みつづけてきたのだった。
埋葬の日は、言葉もなく
立会う者もなかった、
憤激も、悲哀も、不平の柔弱な椅子もなかった。
空にむかって眼をあげ
きみはただ重たい靴のなかに足をつっこんで静かに横わったのだ。
「さよなら。太陽も海も信ずるに足りない」
Mよ、地下に眠るMよ、
きみの胸の傷口は今でもまだ痛むか。
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戦死した友人へのうたで、胸に迫る言葉の連なりで、甘いところがまったくない、戦士の文章です。
その友人とは一緒に第一次「荒地」を創刊した森川義信という詩人でした。
下記の詩は鮎川氏自身が出兵する前に遺書として残した詩です。(生き延びてます)
こちらも凄いです。氏が23歳の頃の作品です。
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「橋上の人」
橋上の人よ、
美の終りには、
方位はなかった、
花火も夢もなかった、
「時」も「追憶」もなかった、
泉もなければ、流れゆく雲もなかった、
悲惨もなければ、光栄もなかった。
橋上の人よ、
あなたの内にも、
あなたの外にも夜がきた。
生と死の影が重なり、
生ける死者たちが空中を歩きまわる夜がきた。
あなたの内にも、
あなたの外にも灯がともる。
生と死の予感におののく魂のように、
そのひとつひとつが瞬いて、
死者の侵入を防ぐのだ。
橋上の人よ、
彼方の岸に灯がついた、
幻の都会に灯がついた、
運河の上にも灯がついた、
おびただしい灯の窓が、高架線の上を走ってゆく。
おびただしい灯の窓が、高くよぞらをのぼってゆく。
そのひとつひとつが瞬いて、
あなたの内にも、あなたの外にも灯がともり、
死と生の予感におののく魂のように、
そのひとつひとつが瞬いて、
そのひとつひとつが消えかかる、
橋上の人よ。
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