twitterにアップした詩たち。2019/12/01~2019/12/31

730

【飛散】

疾風が静かに咲く
街は相変わらず過去の樹海
朝をノックする猫に
わたしは撫でられている
力強く立ち上がる裸体
その陰で柔らかい芽
大きな怒りが和らぎ
もう詩にすることも無い頃
次は何を燃やすか
哀しみは形を変えて
鏡を割りはじめる
欠けてゆく月の
曖昧な肢体
記憶が喪われてゆく
実を落とし種を散らす疾風が
月光に届く

731

書架から拾った川を
星の森に還す
スカートから伸びた脚を
優しくさすっていた放課後
頭の中を
緩やかに順う
無数の数式
どうしてあんなに
雨が怖かったのだろう
校庭に舞う砂と砂塵
ブラスバンドの嗚咽
体育館の舌打ち
上履きが割れて
火の行者が
黒板を消し去る
教師達のせせらぎに
浮かび上がる黄昏
星々の暗礁を流れる川
想い出が書物の中で
あるがまま復誦される

732

【街】

剥がれてゆく
この街から剥がれてゆく
わたしのからだが
遠い太陽
幽かなビル
燃える庭園
眠そうな椅子たち
反射する木陰
食物とそうでないものの行末
隠れている闇
晒されている面影
どのようにして
異形は接着と剥離を繰り返し
そして罪深かったのはどちらか
それだけが知りたい

733

ざんざ、ざ
闇が夢を鳴らす

ざんざっざ
夜が覚めるまで

ざんざ、ざ
血が枕を叩き

ざんざすざ
新星が鼓膜に降る

ざんざんざんざ
ざんざっざ
耳朶には大気と流氷
血管はとっくに白い

遠い記憶が聴こえる

ざん ざ、ざ、
耳が去ってゆくまで
あと、40,000km

734

セシリア
君の墓には幼い喉が眠っているね
何処までも美しく届いた
儚い淡色の喉が

セシリア
物語は流れていった
川岸に佇む花の束ねられたすがた
夜も光らないと言うのに

セシリア
緩やかな咳が季節風に乗った
あの頃の街には
いつも魂が横たわっていた

セシリア
幽かにノックされるドア
揺れる雨戸 軋む階段
倒れる花瓶の中に
隠れていた挨拶

セシリア
泣き続ける人形
俯せの猫
名前の無いベッド
捨てられてゆく家具

セシリア
溶けてしまった四季
燃やさないで
燃やさないでよ 雪を

セシリア
さようならセシリア
またきっと会えるね
嘘と物語と詩と真実の
雨を視るたびに想い出す

735

【夏の死】

夏が
慟哭になってしまった
耳の中に棲む声
孵化する寸前の
たった100回の
虫が甘える
紅葉を尻目に
死んでいった風たち
明日が森に似ている
別離が底を漂うから
夏が
冷たくなってしまった
誰が被疑者か
誰にもわからない
それでも罪だけが
歴史を
游いでゆく

736

金色の雑踏が
街から森へ流れ
季節はどうしても
云うことをきかない
汐の引いてゆくように
言葉があざれてゆくなら
清潔な呪文の月に
虫さえ停まるだろう

何も無い
ここには何も無いのだ
空虚が世界を塗りわけ
ちっぽけな哀しみと
放恣な怒りが
胸の底を浚う夜
何も無さに只
床を撲ろうとして

止めてしまうのだ
その時
金色の雑踏が
森から街へ還る
十月の杜のように
使命が眼差しを擦る
ひとつずつ堰き止められた罪を
贖う振りをして
何も無い場所に
神が流れ込む

737

【音楽】

茶色い波が風の馨りを放ち
誰もが誰かを信じていた
優しさと甘さの間で
戦の疵が隠れる
途は白く、海に続いていた
夜は光が空を横切り
無数の母性が添い寝した
過去形で書かれる祈り
夏の記憶ばかりが幼い
どうして石油の味が
潮に混ざり続けるのだろう
あんなに煌めいているのに
少しずつ街は
西の諸島になる
冥い洞穴は
今もそこにあるだろう
肌の焦げる音がする
哀しみよ笑顔の下で
永遠に睡れ
蝸牛達の港
友との想い出が炎える
さよなら あの頃の神様
また会えるだろうか
歩く樹に追いつくように
たったひとつの音楽が流れる

738

【承認】

古の魂が弦を鳴らしていた
風が吃音を赦していた
海からの光は喪失を名付け
何処よりも強い場所が
行いを濾過した
言葉に託したわかれを
そっと埋葬する掌
失くなってゆく輪郭に
海ばかりが光っていた
母親を呑み込んでいった浪
静かに沈む潮騒
羅列される地球に
血のような承認が潜む

739

炎が言葉を焼き尽くすまで
おれは魔法を口ごもる
いつも幽霊を撫でていた
その細やかな温もりに較べて
雷光はあまりにも燠であった

水が言葉を押し流すまで
おれは魔法を忘れ去る
世界の半分は森
もう半分は祈り
それらを折衷する水脈
土が言葉を埋め果てるまで
おれは魔法を吐き棄てる
予見された古への道程
根が何処までも海を這うだろう
ことほがれる庭もしくは雨

疾風が言葉を薙ぎ払うまで
おれは魔法を泣き濡らす
帆が己に従わない夜
幾億の追憶が礼賛していた
唱和が咽を衝く

発動する呪文
ゆっくりと口がひらく

740

【睡眠】

もなやこれは眠りとは言わない

爽やかな諍い

豊かな子宮

光る眼

電気を消す

揺れる灯台が視える

天井にささる鳴き声

澄んだ河が落ちる

もはやこれは眠りとは言えない

華のかおりが

境界いっぱいに

ひろがる

朝の痣が

ゆっくりと消える

741

哀しみの河が流れる
涙の暗喩ではない
ただ濁流が静かに
取り返しのつかない瀬をゆき
伏せるものたちの代弁を
雫に委せる

哀しみの河が流れ
人間のひとりびとりが
水として誇る
その物語の連鎖の中で
幾度も同じ過ちが
土踏まずを濡らす

哀しみの河が
頬を灼く夏至の記憶になる
すべてを過去にする営みの
どうしようもない言葉
消えない幻と
消えて行く嘘

哀しみの河
その果てしない砂利道
涙腺を疾駆する魚
森林の中心を切り裂いて
産み落とされる夜

哀しみの
さらさらとした
その

742

【焦点】

ものを指す指がある
指されている物体がある
その点状の訣別
静けさの果てに
傾いていく四季
名前の無い涙が
指先から落ちる
次から次へと意味が溢れる
その落下音
その代わりに昇ってゆく

ゆっくりと指が動く
新たな標的が
眼に見えて震えはじめる

743

【仮面】

衰えてしまった微細な筋肉が

法廷で哄笑するだろう

冗句が葬列を指揮し

限界はようやく近付く

懺悔が教区に響き

早くも森が逃げ出す

無数の鳥が

構内に闖入し

無益な椅子を奪っていった

「言葉が強靭でなければならない
音楽よりも、だ」

散文に犯された嘴

不確かな音階の疑獄

収束するこれらの質量

今まで言葉だと思っていたものが

自ら仮面を外す

744

【預言】

心臓を締め付ける猫が
クォーターの子供を拱く
未知のコートを嗅いで
美しい表情を捨てた
白樺の木肌に名前を刻む
街灯から降るポエム
風邪を引いた12月が
くしゃみする頃
一糸纏わぬ預言に
精霊がたかり始める
意味は今 途方に暮れる
美しい未明に
死が待っている

745

【冬の海には】

渇いた窓
海には光が漂着する
悲しい汀には
いくたりかの
子供たちが遊ぶ
初冬の夕暮れ
文法が消滅する
世界に近い場所で
また来る夏が
記憶になってゆく
死の始まりと深海
陽が翳るまで
視えないものたちが
いのちの振りをする

746

【革命】

赤い髪の少女が
夢の中で
世界を革命する
美しい脈拍が
哀しみを貫くとき
彼女は喪いながら
世界を得るだろう

優しい眼の鳥たち
ソプラノの梢
乾いた森のなかに
霧の死がある
少女は毎朝毎夜
喪いながら
友達を得るだろう

霧の向こう
首を振る少女
誰も応えられない
異国がゆっくりと浸透する
世界は喪いながら
詩を得るだろう

世界が彼女を
得るみたいに


747

【水溜まり】

雨が降っているとき
おまえの肩は透けてゆくか
果てしない水際
記憶に落ちていく視界

死(さよなら)は溜まってゆく
掬うことが出来るほどに


748

言葉を落とした時
後から来た者が
それを拾得した
言葉が品(しな)をつくって
呪いを癒すのを視る
おれは嫉妬と羨望を
天空のサコッシュに詰め
新たな言語を捜す
血が流れるような天気の日
寂しさが復讐を図る
柑橘が無数に転がる坂
失くした文節が発音される
異邦人の膚の様に
冬の空に足を掛ける

749

星たちの末路が
まつろわぬ来し方
言葉についての滅びが
夜を截断する
し果てぬ夢の
しみらに導かれる古道
滝へと続く魔の道
詩について想うものが
気付けば冥府について
憧憬している

750

【誰かにさよならする時は】

誰かにさよならする時は
本を一冊あげましょう
心の風がぬくむよな
灯りの果てに立つ本を

誰かに告白する時は
本を一冊読みましょう
燃える言葉の奥にある
切ない光を借りましょう

誰かに忠告する時は
本を一冊買いましょう
自分の意見に酔わないか
鏡になり得る静けさを

誰かに懺悔をする時は
本を一冊借りましょう
またいつの日かの約束を
記念碑のように建てましょう

さよなら さよなら
またいつか
手紙のような一冊と

751

【空間】

星雲に横たわる伝説
哀しみの恒星が
瓦斯を凍らせている
おまえには視えない側に
流れていく闇
隠された法則が
瞼を朱に縁どる
無音がどこまでも鮮やかに
心臓を掴む
不浄の場所で
過去の無い音程が
軌道を破壊する
喪われた星は
もう詠えない
その場所さえ二度と与えられない

752

【顔】

斜陽が眉を濡らして
冬は傾くだろう
かつて風鈴の高音が
耳色に引き伸ばされる
顔へと潜り込んだ綿密なもの
寒さを受け入れるために
敢えて鼻を切る
離反してゆく唇と
額の中を船がゆくような
その相
見上げた落葉に
冷えきった息は
追い越されてゆく時
ようやく視え始める
自らの顔

753

【微笑】

欠陥の在る扉が
だらしなく夜を撫でる
淫らに溢れた月が
遺跡を照らす海
夢を視たことのない酒精が
過去を焚き上げる
亜種を認知しない老人
曲がり角を覚えられない子供
死んでばかりいる男娼
狂犬病の電線
船からこぼれてゆく腕が
塩を道連れにし
交わらない星道を
素早く黄金にする
すべての沃野に振動が価値する
機能する空の皮が
ずるずると剥け
洗われた優性が
口の端を上げる

754

【冬】

空のクオーツに
昏睡が降り積もる
猫が蹲り
産褥を探す
痩せぎすの日没が
薬を飲む時刻を抱き
痛む香りと
片寄る音程に
川は動きを止める
おやすみ 袖のない森
黄色い道程が
見る間に毛並みに埋まる

755

【減衰】

弦が震えるように
泣いていた少女の
羽根を美しいと思う

風が止んだ一瞬
聴いている筈が牽かれている
その声
静脈かと信じるほどの
かすかな

「すべての世界に
ゆらぎは宿っていた」

夜の残滓から
翔び発っていった
ひと羽根の痕跡

そこに棲む音が揺れながらほどけてゆく

揺れながらほどけてゆく

756

【転生】

空を風が逆らい
右側から来る朝に
まっすぐ 切り断つ

ビルたちが絶叫する
酔った少女たちの埋葬
光輝く電線に
鳥たちの夢が垂れる

夜から覚めたとき
科学はじっとりと汗ばむ
右側から燃える橋に
取り残された黙祷

空中の車輪には
一滴の悪意が

757

【表層】

心に降り積もる

白い言葉たち

風を受けてうたった

あの地を忘れない

風が光っていた

川が笑っていた

言葉ではない言葉が

底から見上げた水面のように

沈黙の上を

優しく滑ってゆく

758

【最後のプロレタリア詩へ】

行進!
波動!
絶叫!
分裂!
破戒!
微動だにせぬ瓦解!

破滅である!内包される禍々しい執念を異物が具現する終焉!

体重を言語に殴打するとき、精神の不可侵部を構築する痕跡!

条件の堆積が言語の鬼才を輩出する!

時代が換わることで言葉の諸相が詭弁する!

都市の騒音の形骸!
貧困を打破するほどの欺瞞!

恭次郎に捧ぐ!
時代は変わってしまった!
貴方が思うよりずっと!

亜細亜の巨人は去ろうとし、
あの づきんは燃えた!

断片は家族を描き、都市は高騰を続ける!

寂寞もあれば進捗もある!

視ていてくれ!
視ていてくれ!
詩精たちの永劫を!

759

【昼寝】

伝説の午睡から覚め
水際はどうせいつか
滅びてしまう

街路樹に眠る疵の記憶が
物語を否定する
阿吽が土に埋められ
ことほぎのように眠れば

傾いてゆく声
その枝分かれする盲点
音と音の窪みで
理由を失った時刻が
黄金の夢路を ただ
寡黙に ゆく

760

【譜面】

星を切り抜いた文字を
どこに貼り付けたのか
模倣に換わる素振りで
指は夜を踊る

カタログから溢れ出る
形式に頼る異化と
真っ直ぐに延びる賽子
血が叙述される

胸を叩くように
楽譜に目を凝らす
沈黙が聴こえてこない
そのことが僕を苛む

761

【虚無ではなく】

眼をとじる
感情が溶ける
雨が
過去を伴って 降る
風が隠した言葉を
透明な椅子に視る
どうして
ひとり 朝だけが
自転を受け止めるのか?

碧色の樹々
その果てにある
乾いた世界に
哀しみばかりが
連れ去られてゆく

眼をゆっくりと ひらく
当然のように
そこには 何も 無い

762

暖かいおこないの
色は無い腰
悠久という文字には
精神が眠っている
笑えるほど優しい炎
草原はもう 焼けてしまった
馬に乗った少女の
ぬくむ膝
昔から手を伸ばさない性質
その癖 苦痛には早い
そのような火の中で
西陽だけがイデア
夜の臓器が再び癒される
無人の馬が
震えながら帰ってくる

763

【成長】

夏が烙印を企む

その頃 冬は色を奪う

少女の冷たい痣

それから濡れた踵

地球の逆側で撫でられている髪

そして剃られてゆく風

秋がオペラに綻ぶ

春が優しく減少してゆく

いつの間にか生まれた森に

彼女はひとり 帰ってゆく

764

【雪】

星が迷子になる夜に
子供がひとり生まれます

星が迷子になる夜に
涙が冬を流れます

星が迷子になる夜に
月は隠れて眠ります

星が迷子になる夜に
過去の言葉が眼を覚まし

星が迷子になる夜に
武蔵野の道が震えます

星が迷子になる夜に
少女は少し冷たくなって

星が迷子になる夜に
想い出が売りに出されます

星が迷子になる夜に
犬が季節を咥えます

星が迷子になる夜に
胸が張り裂けそうになり

星が迷子になる夜に
少女も家路を忘れます

星が迷子になる夜に
子供がさよなら 手を振って

星が迷子になる夜に
祈りは雪になるでしょう

765

【デッサン】

蒼から来た踝が
魔法を少し忘れる
泡沫に閉じ込められた対岸が
音を立てて弾ける
天気が移ろってゆくのを
貝たちが見上げる
波がうねるだろう
赤子の表情のように

悠久 漂着物
若い魚たちの交接
熱を保持するデザイン
それから珊瑚

破壊される流れを掬う
鯨たちの美しい乳房

太陽が跳ねる
潜ってゆくイルカが
拍動を探している

766

消されてゆく輪郭
もうすぐ天体がずれ始める
君の右側が美しくひらく
鳥たちの飛形
海に落ちている硝子
今 僕たちの岸辺に
神様はいますか?
暮れてゆく耳
その可愛らしい浮力
懐かしい樹
別れてゆく潮力
波に削られる足許
ぼんやりと滑空する
星が鳴るだろう
恥じらう岩礁に
とじてゆく月蝕

767

【居住区】

遠い街が生まれる
似た顔の宵闇が下りる場所だ
手の届くところに
大理石の乳房があり
個性ばかりが沙汰される
判断に苦しむ局面の
瑕疵ばかりが投函される場所
白日夢と幻覚のちがい
その境界が投獄され
馬が赤い汗を流す

披瀝される高架の
その影になる座標を
静かに掘る老婆
その頭上を昇ってゆく孫たち
母音が永遠に受け継がれる
事故のあった四ツ辻に
陽炎が立つ
虹と共に

車窓に近付く街並
かつて遠かったものも
いずれは液体になる

768

【境界】

絶えてゆく息の
まだ真っ直ぐな色
鳥のように沈む
沈黙の季節
透明な出口が
涼しい森を隠す
視座とその氷雪
寒い夢から覚める
動物たちの足跡
一列
乾いてゆく言葉の陰で
僕は涙を知らない

769

【静謐】

旅人が
美しい言葉に立ち塞がれるとき
冬はひとりでに透明な草原に沈む

先住民が異国の死と向き合うとき
夜はまたしても黒曜石の扉を開く

税関吏が掌から宝石を産むとき
煮詰められ時刻が
ハイドグルーになる

為政者が清んだ水源に浸るとき
異名は速度を増してしまう

楽団が武器を演奏するとき
光の鱗粉は部屋に充満する

罪人が辞書を編纂するとき
眠っていた花壇が絶叫する

詩人が悲しい旅に躓くとき
春は花の形を籍りて呟く

声もださずに

770

【破戒】

水彩の本拠地が
氷の中に閉じ込められ
ひとりの女性が別れる

靴擦れの音が齧っている
光の当たる馨り
遥か彼方に風車を見付ける

もう いいのかもしれない
まだ はやいかもしれない

擦り合わせられた鉄線が
薄いコートを護る
撫でられた人身御供 その気圧

赤い頬に雨滴が掛かる
廻廊が繁茂する歌
三千人の助産婦とヒナゲシ

もう いいかい
まだ だろう

流れてゆく川に
顔をうつす
流れても流れても
そこにある半跏趺坐

破裂する翅

771

さよなら群像
街は誰の鳩尾を蹴り
泥酔者を娶る
歴とした干渉とその代償
唐突なニョッキの味
それからソーダ水
豊沃な孤独に飛空艇がゆく

さよなら群像
蒼く溶ける睡眠薬
創造される選択
洗浄が不可能なら
霊体を漂白する
淋しい森で鏡が割れる

さよなら群像
言葉を重ねる意味と感情の航路
胸が重い伝記を
開こうとして止める
少女が微笑する
猫が牙を剥く

さよなら
さよなら群像
鴉の群れが絶唱を放つ
軋む胃を遺して
しなだれるトラットリアへ
新しい精霊が翔ぶ

772

【写像】

光が横溢する窓辺に
シャッターは静かに割れる
写真に残っている分別と
柔らかい森の兆し
鬱蒼と繁る窓
驚くほどの月光
蓄えられた車窓に
震える鼓膜

ゆっくりと横たわるネガフィルム
まち針の刺さるネオンサイン
音の事は忘れた
後続の隊列が乱れる
一番愛らしい呼吸

つくり笑いとフォトショップの相関
淘汰される誇大

光が横溢する窓辺に
シャッターが静かに割れる
怒りに肖ないように
給仕がゆったりと倒れる

773

【雪原にて】

哀しみの化粧が癖になった雪原
ファルセットの足跡が
美しい血を羽撃たかせる
コートの下の微笑に
氷柱が親しみを伴い
鱗粉を吸うように厳かに
翠の夜が降り積む
光り輝く磔刑を
あなたは信じていますか
寝返りを打つ真理を
抱き止める指の摩擦
吼えたって終わらない
行為が隠されてゆく
その中から春めく匂いがした
気のせいではない、と
狼が睡る頃
誰かに赦されたかった樹木が
降雪に撫でられる
そっと

774

あなたを

過ちに向かわせていないか

光を隠していないか

熱を逃がしていないか

眼をくすませていないか

最初の声を奪ってはいないか

誰からも美しく視えているだろうか

深い場所で泣かせてはいないか

経典を担わせていないか

懺悔に鞭をふるっていないか

そして何らかの罰を

分かち合っていないか

その事が悲しい過失を

肌に刻んでいないか

抱き締めた地質

夜に降る雪

今が枯れてゆく

新しい時は生まれているか


775

石段を掛け上がった
海か夕さりを映した
マチエールが殺した記憶
涙なんて無ければ良かった
空にチェンバロが聴こえる
少女の四角い言葉を
掬い取る風
郵便配達夫が名乗りを上げる
梢が告解する 何度も 何度も
森が足踏みをした
教室の机に
冷たい共感が置かれる
踏み切りが優しかった
波のことを嬰児は何と呼んだか
原因を赦してしまったから
嗚咽に番号が付された
雪の匂いが想い出せない
ドライヤーを撫でるように投錨する
視界が拓けるだろう
松と波
それも蒼い波
去ってゆく静謐
顕れる石英の煉獄
何度も何度も繰り返す煉獄
雪にチェンバロが聴こえる
言葉にした途端に瓦解するもの
震えるレゾナンス
裸体で立つ草原は
どうしても良い馨りがする
ねえ、
どうしてそんなに
杳かに睡っているの
言葉の光に凭れ掛かって
ここではないどこかで
秘密の微笑を漏らして
冬にチェンバロが聴こえる

ほら、朝が来たよ

776

雪よ
喜びのトルソを
切り分ける手触りに
真白い名前を与えよ
猫の様に膨らんだ空に
反射する乾き
家から灌がれる影
留まる事を知らない韻律が
虚空を訪なう時
密やかな祝祭が
弓なりに言葉を飾る
雪よ
消えてゆくリズムよ
それは誰に肖ていても
喜びを夜に隠せ
いつか溶けてゆく者に
春を報せよ

777

星が祝われる
美しい贈り物に
世界は綻ぶ
絡まって離れない糸の
その緖に
光はゆっくりと
打開を差し伸べる
言葉に出来ない次元を
包装にかえて
真実でも良いから
出来るだけ暖かい風の化石を
暗喩の粒子
その遥けき肉体
夜が叫んでいる
その時
幼子が歌い始める

778

言葉に潜ってゆく
深奥には
現実より清浄な
魚が游いでいる

ものには
その芯を流れる川が
揺らいでいて
資格あるものを
冷たく あらしめる
(覚醒とたなびく来歴)

知覚される場所
その岩影に
宿っているものを
悴む指で掬う

けっして火傷させないように

779

猫を見詰めるとき
猫の向こうには
暗渠が視えるだろう
安らかな闇
その多彩な匂いが

街を見詰めるとき
街の向こうには
別れが視えるだろう
邂逅の結露する
赤い歩道の果てに

霧を見詰めるとき
霧の向こうには
父母が視えるだろう
かつて与えられた
嘘、そして遣る瀬ない成長

体を見詰めるとき
体の向こうには
言葉が視えるだろう
無意識を構築する言語の
残酷な流体が

死を見詰めるとき
死の向こうには
優しさが視えるだろう
奥行きとは過去
暖かく生きるとき
悪は必ず睡る

780

【重力】

いつか気付くだろうか
当たり前でさえない言葉の
その暖かな重み

いつか気付くだろうか
誰かに甘えていることの
柔らかい風

いつか気付くだろうか
必要だと思ったものが
本当は詭弁だったと

いつか気付くだろうか
優しい諦めの底に
積み重ねた うつろ

いつか気付くだろうか
失ってからでは遅すぎると
失った者達から
知り得ると

いつか
いつか気付くだろうか
大気圧のような重み
それこそが
言葉を安らかに睡らせることを

781

【ソファ】

季節が言葉を操る
その美しい着席
いや 言葉が季節を操る
地殻に染み入る水銀のように
ひりひりと歩く旅人を
鹵獲した「時間」
その羽根を噛む顎
それは裾野にある
雲が恐ろしく流れてゆく影
何かが始まらないのだろう
そしてそのまま
朽ち果ててゆくのだろう

雨が降り始めたことに
漸く気付く
寒気には凭れない
雲が太陽を遮ったとき
誰にも発音できない子音が
盲人の背後に立つ

782

海の果てには
ハミングバードが眠っていて
火曜日の精霊を
無邪気に毟っている

月光に2,000日浸した
カモミールの鳴き声
それとも悲鳴
それらをうつくしく詰めて
伝説は始まっているのた

連続する羽音が
その座を諦める
新しい物語は透明
スコールのなか
炎のように馨りを放つ

783

寝過ごした森に
夢が花を供える
こうばこした猫が
廃屋を名付けるとき
美しい星に棲むものは
一斉に立ち上がる
湖をふたつに割る
乾いた音
それから焼べられる砂
呂律の廻らない樹の
冬がとうめいになる

784

【天体】

酒に飲まれていると
一疋の駱駝が
歌いかけてきた
「かつえている星に水を与えてはならない」
七色のものが付着してしまうから
原因から流れる海
その飼い主
黎明にはシーフードが刺さり
家族たちは街を暮れさせる
止むを得ない
駱駝に乗って
天体に沈む
水の代わりに
美しいワインならどうか
理由など無いのだ
黒い給仕が
水差しを傾ける

785

【国境】

異国の友人が
暗闇の中を歩いてくる
(足元の蒼い冬)
言葉が花弁に彷徨う
鳴き声が止む
(神秘が疼いてゆく)
ねえ、だって
煉獄のカトーは(肩に乗る)
空を視ていた(星の軋轢)
何にも咲いていない
花壇で
水平線も地平線も
ホライゾンになる
美しい別離
太陽が西へと昇る日もある
国境が割れて
為政者が隙間に墜ちる

786

静謐
殖えてゆく幻
収められるべき音域
古代からの少女の躍り
憑依されるものの
恍惚の仮死
渇きに腕を伸ばす沈黙
髪を撫でる四季
美しいものを
どのように母国語と交接する
「化石化してゆく文法」
粉々になる石灰
消却される寂寥
沈黙がリズムを持つ
その時演奏家たちの楽譜が
風にとばされる すべて
【詠唱】

787

【歩行】

ヴィニシウスの置いた自由を
反芻した雨の日
窓を叩く言葉が
意味に唇をあてるその時
重い頭を抱いて
地下を歩いてゆく
新しい感覚に干渉する
猫たちが舌を開くように
綺麗な紫の吹雪
キリストから流れる血
それは耽溺である
好奇心に殺される液体
波動が伐採され
男と呼ばれる存在が滅びる
あらゆるボサノヴァが
楕円から発生する
少女が黄金になるだろう
誰にも視られていない部屋で

788

驚異的な日に
柔らかい夕餉が
しなやかに昇ってゆく
凍る比喩が
目録の代わりを務め
水に飛び込むものを
じんわりと揺らす
人は皆、崖から下を覗くべきだ
そして宝珠を鳴らして
冬の鳥たちのように睡る
円形に近しい世界
誰かが嗚咽する間に
言葉は発症する
誰かが嗤っている間に
虹が手折られてゆく。

789

【掌】

ゆっくりと流れてゆく冬を
掌で受けとめる
影が静かに延びて
いくつかの言葉を話す
ありとあらゆるものが
音程を失い
その事に安心する
さよなら
美しいものたち
それから
美しかったものたち
揺れる季節の繭
伸びる透明なゆび
掌いっぱいに溜まったものに
頬をあてる悦び
が、ゆっくりとあざれてゆく
二度と無い洞窟が
静寂を黄金にする
疾風に栓をされた萌芽
その生き急ぐ繁茂
名前の無いものたちが
陽だまりを踏む
眼がかわく
瞼から詩が一粒だけ落ちる

#詩

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