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ノンブレス 02

 白昼に月、あなたはまた、あの白い光に焦がれているのだろうか。おれは月に焦がれない。誰が焦がれてやるものか。月よ、と思う。月よ、おまえがここまで落ちてこい。おまえのその、青い白を砕かせろ。あの人の目まで届かぬよう。——『狼』


 夜闇を切り裂く、一筋の光よ。飛行機の背びれよ、翔ける白鳥の羽よ。それは今、おまえの瞳の膜をも真直ぐに切り裂いた。ぽたり、落ちる涙の雫に映るのは、空向かう者の銀翼の心か、落ち往く子らの魂か。今宵は流星群。その涙の膜を切り裂くのは、さて、どの星か。——『閃』


 ばからしい。そう吐き捨てて片足に力を込める。「あなたなんかを好きになる理由はないわ」。目の前に紫電が弾けるようだった。「理由がなくてもね、君、おれが好きだろう」。ばからしい、ばからしい。この色は酒のせいだ。どうにも苦い、この酒のせいだ。——『朱』


 夕焼けを滲ませる天気雨の粒が、赤に、橙に染まっている。あの人が透明な傘を差し、水たまりを飛び越えた。その傘も、髪も瞳も日暮れの色に照らさせている。「じゃあ、また明日、会えたらね」。あの人が去っていく先の夕陽を見つめた。あの人は、夕立に似ている。——『俄』


 蜜を垂らしたような月と、冷たい空気、隣には闇に溶けそうな輪郭。今、此処にはそれしかない。ぬるい温度でおまえが笑う声がする。そんな風に笑うから、わたしは月を見上げるのだ。おまえが其処にいることが、わたしを月に焦がれさせる。吹く風の温度はもう、分からない。——『夜』


 おまえを愛せたらよかった。昏くなっていく世界の内側で、流れ出る血の色を感じながら、今更にもそう思った。意固地な心をほどいて、おまえを愛せたらよかったのだ。ああ、今、おまえが笑っていればいい。そうすれば世界は少し、おれにやさしくなる。雨など降るな。雨など。——『罪』


 やさしい斜陽が、ちいさな川を照らしている。その透明な水は淡い桃に染まったかと思えば、時折、底の白い石をちかりと輝かせて美しい乳色にも色を変えた。此処におまえがいたら、と思う。その透き通る素足を、この川に浸してほしい、と。ああ、此処は春のにおいがする。——『憬』


 心臓が燃えるのを感じて、わたしは俯いた。それと同時に、おまえの眼差しが空の星を捉えたことが分かる。隣にいてくれなどと、わたしは言わない。なのに、何故、おまえは此処にいるのだろう。どうにも息苦しい。おまえのせいだ。わたしが離せない、おまえの。——『手』


 今、おまえの中に流れるものが、もしも哀しい歌ならば、おれはおまえのその手を取って、そのすべてを歌ってやる。それがおまえの歌なのならば、つめたく哀しい歌だとしても、おれにはそのすべてが愛おしい。歌おう、その歌を。高らかに、この歌を。——『風』


 透明な翼を背に、君は往く。その髪を揺らす風が永遠に優しいよう、私は願う。その頬を照らす光が決して翳らぬよう、私は願う。君の面影を想いながら、私も往く。この背に翼はない。君が翔る空を見上げて、私は走ろう。君を照らす光の影になろうとも、この道を。——『翼』


 みぞれの音が屋根を叩く。あなたは未だ、来ない誰を待っているのだろう。おれはこの、ぬるい部屋から動けずに、ただ、あなたの指先が震えぬようにと想うばかりだ。どれほど待てど現れぬ、その誰かをも呪えない、救いようのないあなたのために。——『犬』


 ああ、何故分からないのだろう。わたしが知りたいのは、その花の香りのやさしさでもなく、あの陽のあたたかさでもない。あなたはわたしを映さないその煌めく瞳で、わたしの横を通り抜ける風を見ている。ああ、わたしが知りたいのは、あなたのつめたい心、それだけだというのに。——『求』


『愛しいおまえに呪いを』
フロム・ツイッター 20160120~0130

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