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綿谷真歩
2018年4月8日 17:13
彼女は足にだけマニキュアを塗る。理由を問えば、自分はぶきっちょうだからと、彼女は自分の左手を指差して笑った。ぶきっちょう。不器用。不器用。左手よりは器用な、しかしそれでもぶきっちょうである彼女の右手が塗った足のマニキュアが、影の中に赤く浮かんでいた。『ハナノカゲ』 春が青いなんてのは、大人の嘘だ。少年は心の中で呟いて、少し前を歩く少女の後ろ姿を見やった。その背で茶の髪が光に照らされ、半ば金
2018年4月8日 16:47
あなたは輝く瞳で、未だ風を追っている。それなのにおれは、風の匂いも分からない。分からない大人になってしまったよ。海鳴りの音、泳ぐ魚、それも聴こえない、その色も見えない大人になってしまった。あなたが船上で手を振る。おれの手が届かない処で。届かない処で。『モスキート』 おまえは知らないだろう、おれはおまえを愛しているのだ。おまえのためなら毒も呷ろう。悪魔に魂を叩き売っても構わない。おまえがおれ