Sci-Fiプロトタイピング「Report on New Kyoto 2030」
Photo Credit: 制作:丸岡和世(amana digital imaging)/写真:GYRO PHOTOGRAPHY(amanaimages)
10年前と比較して、これほど街の景観が変わった観光都市は珍しい。長きに わたり世界に誇る日本の観光要所として君臨してきた京都の風景は、この10
年で激変した。「ダイナミックストリート」を始めとする先端テクノロジー を駆使するだけでなく、地域文化に根差した都市計画の功績は、世界から大 きな注目を集め、今日も訪日外国人観光客訪問先の上位に名を連ねている。 しかし、これらの変化はいくつかの問題にも影を落とし、自治体や地域住民 の悩みの種になろうとしている。
観光立国の闇
2019年、国を挙げての観光政策が奏功し、京都への訪日外国人宿泊客数は、 450万人を超えた。日本古来の文化を体現した街並みは、世界の人々を魅了 し、特に紅葉や桜が色づく季節には、街も同調するように華やぎを見せた。
しかし、当の京都市民達の声は、必ずしも前向きなものとは限らなかった。
悩みの種の一つは、観光客の流入に伴う交通課題である。住民からは、公共 交通機関の混雑及び渋滞の蔓延に対する苦情と悲鳴が絶えなかった。市は、 バス主要路線の増強や、「前乗り後ろ乗り可能車」の導入を含む対策を図る が、目に見えた効果は発揮されずにいた。ある住民は「人身売買に連れて行 かれるよう」だと嘆く。京都の醍醐味である閑静な情緒を味わう機会は、観 光客が増すごとに失われ、歩道に至っても、道いっぱいに広がって歩く外国 人観光客の存在を疎う声が止まないのであった。
訪日外国人観光客のマナー問題は、交通分野に止まらない。公共の場での飲 食や喫煙、それに伴うポイ捨てなど、訪日外国人観光客の増加は、街の景観 にも影響を及ぼしていた。舞妓を生業とする女性は、写真目当ての観光客に 付きまとわれるにとどまらず、着物を破られるなどの被害が後を絶たないと 嘆く。飲食店では、列への割り込みがきっかけでいさかいが起こるなど、穏 やかな街にそぐわないひやりとする場面も頻発していた。2030年現在の京都からは想像も出来ない情景が、そこには広がっていたのだった。
積極的民間技術活用政策による「京都復興」
これらの問題に頭を抱えた地元自治体が目をつけたのは、Googleを要する Alphabet傘下企業「Sidewalk Lab」による取り組みであった。2019年、カナ ダ・トロント市は、先端テクノロジーを駆使した次世代の都市計画を推進す るSidewalk Labと提携を結び、交通渋滞や都市課題が顕著に現れる一部の道 路を半民営化する計画に乗り出した。この計画の核を成したのが、「ダイナ ミックストリート」と呼ばれる次世代道路技術である。時間別の交通量や利 用用途に関するビッグデータ解析結果に合わせて道路を動的かつ物理的に変 化させるダイナミックストリートは、今でこそ多くの大都市で導入が進むも のの、当時はまだ実験的アプローチとしてコンセプト実証段階にあった。移 動課題を解決する技術として注目を集めていたものの、巨額の投資や不確実 性の高さ、公共資産の民営化の是非を巡って、多くの自治体は二の足を踏む に止まっていたのだ。京都も決して例外ではなかったが、東京五輪閉幕やVR の台頭などを背景に、観光収入の行方が必ずしも明るくなかった日本政府 は、古き良き京都を取り戻しながら、新たな価値を提案することをミッショ ンに掲げ、観光技術特区として財政支援を表明するに至ったのだ。住民の理 解を得るのには時間を要したが、観光の負の影響に対する「被害者意識」 が、この計画の推進に一役買ったことは言うまでもない。こうして京都は、 次世代モビリティインフラ構想を掲げるX Mobilityを筆頭とする企業連合と手 を組み、計画の実行に着手した。
人々が交わる通り
X Mobilityが推進した交通政策は、人々が通りすがる道から、文字どおり交わ る通りへの変革だ。また、従来の強制的にマナーを正す政策から、インセン ティブを与えることで融和を誘導する施策の数々が特徴的であった。
この変革の原動力となるのが、I2Vないし、V2Iと呼ばれる、街中にセンサー を埋め込み、乗り物との通信を可能にすることで、移動流量のリアルタイム 計測と調整を行う技術である。これにより、道の混雑状況の把握にとどまらず、道を走る自動車の速度の最適化や複数道路への分散誘導が可能になり、 渋滞解消に貢献する。混雑が予想される時間帯には、一部の道路の自動車に よる通行が有料化ないし遮断され、歩行者、マイクロモビリティ、カープー ル車両、バスが優先的に通行出来るように調整が行われる。また、他者を優 先して遠回りを選択する通行車両には、将来の有料道路利用などに使うこと が出来るポイントが付与される。
ダイナミックストリートは、自動車の迂回を誘導するにとどまらない。路面 に設置されたディスプレイが全体の移動需要に応じて動的に変化すること で、歩道やマイクロモビリティ専用レーンが出現し、街並みや風を優雅に五 感で感じやすくする新たな価値を観光客に提供することにも成功している。 以前より京都を定期的に訪れる観光客からは、「昔よりも京都をゆったりと 散策出来るようになった」と好評だ。
I2Vにより、観光の主要移動手段であ るバスも静的から動的に変化した。個人が所有するデバイスの利用履歴や移 動方向から人々の移動需要を予測し、動的に時刻、料金、バス停の位置を変 化させることで、公共交通機関の利便性と快適性も格段に向上したのだ。
そして、利便性を超えて地域住民及び訪日外国人観光客から好評を得たの が、「ポップアップショップ」の登場だ。住民による一般利用が少なく、観 光客が増える一部時間帯に合わせて、主要道路における自動車の利用を制限 し、時間単位で蚤の市を誰もが気軽に開催できる仕組みである。主要観光地 での出店には、多大な初期費用や運営費用がかかることが一般的であった が、この仕組みを通じて、まだ無名のアーティストや職人、料理人が、観光 客と触れ合いながら、京都の文化を取り入れた作品を気軽に提供出来るよう になった。ポップアップショップを皮切りに事業をスモールスタートした職 人たちが人気を集め、それを目当てに歩行やマイクロモビリティを用いて観 光する観光客が増えるなど、新たな経済圏が生まれている。また、コスプレ イヤーによる舞妓の撮影会や、和楽器の演奏会なども同様の仕組みの中で行 われ、観光客にゆとりを持って文化体験を楽しんでもらえるようになったと 言う。
一部のポップアップショップや店舗のみが人気を集め、道が妨げられること がないように、ここでもI2V技術が活用されている。混雑が予想される区域に ジオマーカーを設置することで、デバイスやマイクロモビリティに空いてい る店舗のクーポンが配布され、移動需要の分散を図っているのだ。クーポンに従って移動したユーザーに対しては、別の時間帯や他の人気店を優先的に 利用できる権利を付与するファストパス制も採用されている。また、ユー ザーがクーポンの利用を決めた段階で店舗側に通知が届くことから、店舗運 営の効率化と待ち時間の減少にも繋がっている。
長年の課題だったゴミのポイ捨てについても、前述のバスと同様のアルゴリ ズムで稼働するスマートゴミ箱が、ゴミの出る時間と場所を事前に予測し、 観光客の近くまで移動することで大きな改善を見せている。センサーが危険 物を察知することで、テロ対策も万全である。
これだけ大規模な投資が実現した背景にあるのは、政府の財政出動だけに頼 らない、市場メカニズムの導入だ。ポップアップショップやファストパスを 利用する店舗は、売上の一部を手数料として道路を運営する民間会社に支払 うことを義務付けられており、有料道路利用料と合わせて民間企業の重要な 収益源となっている。街の繁栄が道路管理企業の収益に直結することから、 街の清掃やテロ対策など、公共投資分野にも民間からの積極的な投資が可能 になるのだ。
行き過ぎた民営化
しかし、近年になって、民営化による弊害も有識者から指摘の声が上がって いる。その最たる例が、ジェントリフィケーション(都市再編に基づく地価上 昇)である。過去にも増して京都及びその周辺地域の観光熱が高まったこと で、低所得地域にもその影響が及び、退出を余儀無くされるケースが徐々に 起き始めていると言う。前述の通り、民間企業には地域を経済的に活発化さ せるインセンティブは働いているが、地域格差を抑制する動機は存在しない のだ。
また、民間企業が道路の利活用のルールを牛耳ることで、彼らの方針に合致 しない個人や団体が排除される可能性を危惧する声も上がっている。自由で あったインターネットが、スマートフォンの普及に応じてOSとアプリマー ケットを牛耳る運営企業のルールに従わざるを得なくなり、創造の自由を少 なからず失った教訓を忘れてはならない。加えて、民間企業による所有権は 売買を通じた移行が可能であるが、収益性に陰りが見えたからといって所有 権やルールが変わるようでは、公共交通の要件である安定性に支障をきたす。
事故や事件への対策を奨励するインセンティブについても、不況時にコ ストカットの対象となりやすい領域であることから、過信は禁物であり、絶 えずモニタリングが必要だ。
このように、京都の街はこの10年で大きく姿を変え、その多くは前向きな変 化を地域にもたらした。しかし、交通インフラ運営は息の長い事業であり、 まだ顕著に表れていない問題が今後火種となり市民の生活を脅かす可能性に ついて、十分に注意しなければいけない。
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