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法務の人間中心設計 -リーガルデザインという概念-
契約書が大嫌いだ。
複雑な内容を、難解な言葉を多用して、A4ぎっしりの小さな文字で伝えてくる契約書が大嫌いだ。
どの条項が重要なのか。
罠や抜け道はないか。
契約書の勘所を理解すれば、もっと上手に事業を推進できるかもしれない。
しかし、どうも彼らと正面から向き合うことができない。
きっと私だけじゃないだろう。
専門性の罠
そんな私たちのために、弁護士や法務という仕事が存在する。
彼らに頼めば、たいていの契約書問題は難なく片が付く。
さすがプロフェッショナルである。
しかし、しかしだ。
小さな会社に法務部など存在しない。
お金のないベンチャー企業や中小企業にとって、高額な弁護士費用は大きな負担である。
そもそも、なぜ契約書や法務文書は、悪意を感じさせるほど分かりづらく書かれているのだろうか。
法律に詳しい人だけが読める書式になっているのではないか。
受け手がどう捉えるか、考えていないんじゃないか。
士業という産業を支えるために、仕組まれているのではないか。
「契約書は難解」という当たり前を疑い始めると、疑念はもう止まらない。
何もこれはビジネスマンだけの問題じゃない。
サービスのユーザーだって、利用規約という難解な契約書と日頃対峙している。
いや、もはや対峙するのを諦めて、「同意」ボタンに如何に早くスクロール出来るかしか頭にない。
一般的な企業はそれを理解した上で難解な契約書をユーザーに提示し、企業にとって都合のいい内容に「合意」を得ている。
やれユーザー至上主義だ、お客様は神様だ、人間中心設計だと謳う企業が、である。
リーガルデザインという概念と意義
(Image credit: Legal Design and Innovation)
こんな不条理な当たり前に疑問を呈する概念が、リーガルデザインだ。
今世界では、リーガルデザインを一つの体系的な学問にしようとする動きが活発化している。
リーガルデザインは、サービスデザインの応用である。
法律との関わり方を人間中心設計に変えることで、パートナーや顧客とより良い関係を築いて行くことを目的としている。
法務書類や法務サービスのの受け手がそれらをどう捉えるかを第一に考えて、設計しようという考えである。
現在の法務は、人間中心設計とかけ離れたところにある。
例えば利用規約の場合、受け手に本気で読ませる気などないことは明瞭だ。
例えば企業同士が提携関係を結ぶ際に、先方から雛形として送られてくるのは、「法律の専門家に確認を取ること」を前提とした書類である。
各条項に今までの提携議論がどう反映されているか、Win-winな関係を築くために本当に必要な条項なのか、コンテキストを知るすべはない。
そこにはただ淡々と条件だけが記されている。
なぜこんなことが起きるだろうか。
複雑な問題であり、答えは一つではないが、例えば弁護士は、事が起きた後にアドホックで起用されるのが一般的である。
最初から提携関係やサービス開発の中心にはいることは、滅多にない。
そこには、高額なアワーレート、コミュニケーション能力よりも知識量を重視する弁護士資格、などの背景が見え隠れする。
ご覧の通り問題は極めて根深いが、だからと言って企業や個人が全くアクションを取れないということはない。
世の中には、すでにリーガルデザインを通じて顧客やパートナーとの関係を強固にした事例がたくさんある。
最も馴染みがある例は、Virgin Airlineの機内安全アナウンスビデオではないだろうか。
飛行機が墜落することはないと誰も真面目に聞くことがなかった退屈な説明を、エンターテイメントに変えることで、ルールとユーザーの間に存在する壁を取り除くことに成功した。
シンプルにすること、ビジュアルでわかりやすくするだけが脳じゃない。
例えばソーシャルゲーム大手のZyngaは、利用規約やプライバシーポリシーに関する理解を促すことを目的にしたゲーミフィケーションを導入した。
慣れ親しんだゲームのユーザーインターフェイスやクイズを通じて、ユーザーの理解を深めることに成功した。
他にも、弁護士ドットコムは、リーガルコミュニケーションに革新をもたらした。
法務に特化したQ&Aフォーラムは、弁護士の利益を守りながら、弁護士と一般人の壁を取り除いたのだ。
リーガルデザインの未来
弁護士は、今後一部の業務をAIに取って代わられると言われている。
しかし、人間と人間を繋ぐ法務サービスがAIに完全に取って代わることはあり得ないだろう。
特に、人と人とのコミュニケーションを法務の観点からデザインする仕事は、人間にしかできないのではないか。
法律家の仕事は、近い将来コミュニケーションをデザインすることに変わっているかもしれない。
リーガルデザインの発展が待ち遠しい。