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【世界の映画祭で10冠!】写真館が地域にできることって?映画「つ。」を佐賀の小さな写真館が作った理由(2023年11月10日公開)


こんにちは。
佐賀の小さな写真館「ハレノヒ」代表の笠原です。
ハレノヒが中心となって全編を佐賀で制作した映画「つ。」の劇場公開が今週11/10といよいよ迫ってきました。
(2023年11月10日〜イオンシネマ佐賀大和にて)
イオンシネマ佐賀大和HP

これまで本当に数多くの人や企業様にご支援ご協力をいただいたことで、この度の公開に至ることができました。まずは心より感謝申し上げます。

この映画は、高校生である主人公が日常のモヤモヤや怒り、挫折を味わいながらも、とある体験を通してその心境が変化していく様子を描いた青春映画です。
映画「つ。」公式ページ

最近この映画制作の存在を知ったいろんな方から
「なんで(写真館が)映画なんて作ったの?」
と聞かれるのですが、
話すとすごく長くなるので「いや~ノリですかね~」なんて答えてたのを、さすがにちゃんとしておこうと思い、このブログでその理由を書きたいと思います。

そのためにはまず、胸の奥にしまっていた夢というか、自分の身の丈に合わない目標の話をさせていただく必要があります。

それは
「まちを元気にする写真館を、世の中に増やしたい」
というものです。

「地方創生」とか「まちづくり」とか、そんな大それたことじゃなくて、
写真屋さんが存在することで、近隣の「まち」がなんか元気になってる。
そんな幅のあるイメージです。

なぜそんなことを考えてきたかというと、
自分が「カメラマン」であると同時に「写真館の運営者」でもあるからだと思います。

個人としてのカメラマンと、お店としての写真館。
利用してくださるお客様へのサービスは仮に同じであっても、
(地域)社会の中において、その両者の存在価値には若干異なる部分があるのではと私は考えました。

考えるきっかけはやはり写真館を開業することになったこと。

いざお店を持って「まちの写真屋さん」になるなんてことになったので、
「現代における写真館ってどんな存在なのだろう?」
という疑問が頭に浮かんできたのです。


カメラマンや写真館の存在は、もはや当たり前ではない

自分が大学を卒業し(名目上)プロのカメラマンになったのは23年前の2000年、当時はまだフィルムカメラ全盛の時代です。
必要な写真がちゃんとフィルムに写っている(露光されている)かどうかがわからない当時のカメラの世界では、技術者としてのプロカメラマンの役割は明確で、写真館はそのカメラマンの技術を駆使し、お客様に「写真撮影を提供するお店」として機能していました。

そこからたった数年でデジタルカメラが普及し、今や人口の大部分がいつも手元にあるスマホに搭載された高画質のカメラで、毎日にように何かを撮影をしているのはご存知の通りです。
そんな中、自分には次のような問いが生まれました。
「誰でも写真が綺麗に撮れる時代に、カメラマンはお客様に何ができるのだろう」
「誰でも写真が綺麗に撮れる時代に、写真館は社会に何ができるのだろう」

カメラマンは撮影するお客様に、写真館は(来店するお客様だけでなく)地域社会に、それぞれが接する対象への役割を再定義する必要があるのではないか?

テクノロジーの進歩に伴い、撮影技術が以前ほど求められなくなった今、上記のようにカメラマンや写真館にはその存在意義を示す必要があるのではないかと考えました。

その人や家族自体の価値

誰でも写真が綺麗に撮れる時代の、カメラマンである自分の存在意義。
綺麗に、可愛く、美しく、時にはデザイン的に撮影できること。
それはフィルム時代からも求められてきたことで、表面上のビジュアルを作るスキルを持っていることは、今後もカメラマンとして活動していく上ではただの条件であり、付加価値としては少し物足りない気がします。

そんな中で私(たち)がお客様に提供している付加価値の一つが、撮影の体験そのものです。
ここを掘り下げすぎるとテーマである映画制作の目的から外れて、別のブログが書けてしまうので今回は割愛しますが、
その価値提供の中心にある考え方が
「全ての人(家族)とそのストーリーには価値がある」という視点です。

私は、お客様がわざわざハレノヒのカメラマンに撮影を依頼する意味を、その視点を中心に試行錯誤しながら設計し、時にはビジュアル作りよりも優先し提供しています。

まちとそこに住むひとの価値を発信する

一方この時代における写真館の役割ってなんだろう?
パーパス経営なんて言葉が巷で聞こえる前から、まちの写真館の存在意義について考えてきました。

その問いに対する私の答えの一つが、
「まちを発信し、地域の賑わいに貢献する写真館」
です。
1号店であるハレノヒ柳町フォトスタジオがオープンしたのは2015年。
そのリノベーション工事が行われる前、2013年に行われた入居者を選別するためのプレゼンテーションでは、「この柳町を背景に写真館に来てくれる人々を撮影し、その発信も合わせてこのまちを盛り上げていきます」という話をしました。
その提案も含め評価をしていただき、佐賀市の取り組みの一環である旧久富家住宅にスタジオを構えさせていただくことになったのです。

そんな「まちを元気にする写真館」をコンセプト、つまりは社会的存在意義にして始まったハレノヒは、その他の様々な活動を行なってきました。

「まちは家族でできている」
をキャッチコピーに、温かくもユーモラスな家族の肖像から、自分も家族を作りたいと思ってもらえるきっかけになればと企画した「家族の写真展」(2016年、2018年、2022年に開催)や、
editors SAGAというweb媒体と自社のブログで、佐賀に住む家族のストーリーを写真と文章で発信をする活動など。(最近はずっとできていませんが……)


「小さな写真館にできること。で世の中を幸せにする」
この当社の理念にのっとり、ただ今ある記念撮影需要に対しサービスを提供するだけでなく、もっと能動的に社会と関わろうと活動をしてきました。


「SA GA LAND」の制作と伊野瀬監督との出会い

このようにスタートは佐賀の柳町という限定された地域の発信から始まったハレノヒの活動ですが、あるとき自治体PR動画の話を聞きます。
「佐賀市がPR動画の制作をするらしいから、そのコンペに参加しない?」

当時自社で映像制作も始めていたため、声をかけていただいたのですが、結局コンペには参加しませんでした。
その代わりに閃いたのが
「自前でPR動画を作って、勝手に佐賀を応援しちゃおう!」

そんな流れで2017年に制作したのが、佐賀県非公式PR動画「SA GA LAND」です。【「SA GA LAND」のYoutubeはこちら


「SA GA LAND」は大ヒット映画「LA LA LAND」のオープニングシーンをオマージュした「長回し」という手法を使った映像作品で、佐賀の大学生や高校生、その他多くの人に協力をして頂き完成したのですが、この作品を手掛けたのが今回の映画「つ。」の監督でもある伊野瀬優氏です。
彼は当社スタッフの友人で、母方の祖母が武雄に今も住んでいることもあり、この動画制作のオファーを快く引き受けてくれました。

この「SA GA LAND」の制作は大成功。
関わった全員に素晴らしい体験と、「地方でも創作活動はできる」という確信を抱かせてくれました。
「今度は佐賀で映画を作りたいね」
そんな話をしていたのもこのタイミングです。

コロナ

2019年の初頭だったと思います。伊野瀬監督と再会した際に、
「そろそろ映画やっちゃおうか?」
みたいな話になりました。

それから彼は脚本をいくつも送ってくれ、水面下では少しずつ佐賀の映画制作企画は進行していった矢先の2020年の春、新型コロナの蔓延によって世の中が完全にストップしてしまいます。

話はそれますが、ここでその頃の話を少しだけさせてください。
緊急事態宣言によってハレノヒも例外なく休業を余儀なくされました。
私はその時の景色が今でも忘れられません。

休業のお知らせを入り口に貼り、辺りを見渡すと、
そこには開業以来、響き渡っていた子供達の笑い声がまるで嘘だったかのように、暗く静まり返るスタジオがありました。
もちろんワイワイと仕事をしていたスタッフ達もいません。

まちからも人の姿が消え、本当にゴーストタウンと化した景色を見て、
「これからどうなるんだろう?」と、とにかく不安でした。

経営者特有なのかもしれませんが、自分の健康のことより売上や支払い、借金など会社運営に関わる不安の方が大きかった記憶があります。

そこから当時のことはあまり覚えていないくらい、とにかく必死に会社や社員を守るためにできることをやらなきゃと、日々仕事に没頭していたと思います。

その後、ちょっとだけ落ち着いた頃、お客様がスタジオにいて笑い声が広がる風景は、涙が出るくらい嬉しかったです。



地方写真館の映画制作チャレンジへ


誰もがそれまでの日常を失い、毎日の生活が普遍なものではないことを知ったコロナですが、まだその状態が続く2021年、とうとう映画の話が前に進みます。
「もうそろそろ自粛自粛でストレスが溜まったこの社会を再起動させていくのは、我々民間の役割だ!」
そんな言い訳めいたことを言いながら、コロナ禍での進行はリスクも高いチャレンジだとわかりながらも、監督との話の中で制作を本格化させることにしました。

その後、一緒に映画を作ってくれる出資者も見つかり製作委員会を結成。
伊野瀬監督の元に集まった協力者や当社のスタッフ達と共に、ロケハンやキャストのオーディション、演技のトレーニング、衣装・小道具の手配や道路の使用許可、撮影ロケ地使用の許可、宿泊や食事の手配などなど、挙げたらキリがないくらいのさまざまな準備を、それぞれの仕事の合間に進め、2022年2月19日にクランクイン、3月2日に無事クランクアップしました。

準備期間を含め大小さまざまなトラブルがありましたが、出演者、スタッフ、学生、その他数えくれないくらいたくさんの方のご協力があって乗り越えることができました。
詳しい制作中の出来事や裏話などは、佐賀映画制作プロジェクト公式ページhttps://sagaeiga.jp/にもリンクを貼ってある各種SNSの中に情報が出てくると思うので、ぜひそちらでも探してみてください。

取り組みの可能性を広げた学生達

このようにハレノヒが映画をつくる当初の目的は「佐賀の魅力発信」です。
映画を通して日本や世界の人が佐賀のことを知り、興味を持ってくれたらまちの写真館として少しでも地域に貢献できるかなと。

しかし、映画制作を進めていく過程で、佐賀の発信以外の価値が生まれていきました。
その一つが、映画のプロ×学生で生まれたクリエイティブ職業体験です。
「SA GA LAND」同様この映画制作でもキャストを含め非常に多くの学生達が関わってくれたのですが、全員が素晴らしい活躍を見せてくれました。
彼らの多くは貴重な学生時代をコロナ禍で過ごしており、もしかすると思い出となるものが少なかったためにこのプロジェクトに興味を持ち、参加してくれた人もいるでしょう。

しかし「つ。」の現場でプロフェッショナルたちから本格的な映画クリエイティブというものに触れ、学び、参加できたことは、彼らの人生にとって大きな財産になったことはもちろん、今後地域社会にとっても大きな意味を持つきっかけになるかもしれません。

なぜかというと日本全体でさえ99.9%以上の人が映画製作に関わることがない中、佐賀にいて映画のように大きな「クリエイティブ活動ができた」という体験は、
「都会しかできない」と思っていたクリエイター志望の学生の県外流出を防いだり、Uターン等で佐賀県に貢献してくれるクリエイターを増やす可能性につながると考えられるからです。
事実、この映画に関わったことで映像や映画業界に入ったり、本格的に芸能の道に進んだ学生たちも存在します。

地方だってできる。ではなく、
地方だからこそできる。に

もう一つの生まれた価値は、地域の人と一緒につくるクリエイティブだったことです。
監督からはよく「(この撮影は)東京では無理」という言葉を「SA GA LAND」制作の時から聞いていました。

撮影ロケ地の提供はもちろん、何か撮影小物を借りたりすることでも佐賀の人々は非常に協力的です。協力者の皆さんの力無くしてこの映画は完成することはなかったでしょう。

もちろん人間関係や監督の魅力もあると思いますが、このような
「佐賀を盛り上げたい。」「地域をもっと良くしたい。」
という思いの元、自らの損得より地域社会を優先できるというそのマインドは、佐賀県の素晴らしい特性なのではないかと思います。

このような事実からもやはり「映画や大きなクリエイティブをつくれる場は都会にしかない」というところから「クリエイティブは地方でもできる」になり、これがやがて「地方だからできるクリエイティブ」に進化していく。
そんな近い未来を「ぜんぶ佐賀」でやり切れたこの映画制作から感じることができました。

佐賀映画「つ。」の評価がすごい

冒頭でも書いたように、いよいよ映画の公開が佐賀県から始まります。
完成から公開までの期間に世界中のさまざまな映画祭に出品させて頂きましたが、その評価はとても高く、私自身もびっくりしています。
最優秀作品賞を受賞したフランスのARFF Paris International Awardsをはじめ、カンヌコンチネンタル映画祭(フランス)での撮影賞、Madrid Film Awards(スペイン)の脚本賞、スペインのMadrid International Independent Film Festivalでは最優秀映画編集賞など、数多くの受賞やノミネートなどを頂き、改めて監督や制作陣の力に頭が下がる思いです。

先日私もネパール国際映画祭に参加させて頂きましたが、上映後現地の方に「今までの映画祭出展作品の中で一番素晴らしい!」という感想や「これは仏教に影響を受けてるの?」などの質問を受けたりして、この映画に対する反響を直接感じられたことはとても嬉しかった体験です。

今もなお現役大学生や製作委員会のメンバーが、この映画を広く届けるための活動をしてくれていますが、11月の公開後に映画を見てくださった方は、ぜひ感想も聞かせていただけると嬉しいです。
(2023年10月現在の受賞等の情報は最後にまとめておくので、興味のある方は見てください)


地域と共に歩む。関わる。これからの写真館

コロナで傷つき変化した社会。それでも私たちは、この映画の主人公「祐樹」のように前に進むことでしょう。

望まなくても起こる「何か」
行動したから起こる「何か」

私は望まない「何か」に飲み込まれないように、後者の「何か」に希望を持ちながら行動を選択してきました。それがどんな結果を生むのかはわからないまま、ただただ闇雲に。

なぜ写真館が地域を発信するのか?関わるのか?
それは単純に私たちは地域と共に歩んでいる「まちのお店」だからです。
地域に元気がなくなり、人口減少や産業の衰退が進めば、私たち写真館も成り立ちません。

まちのお店が、そのまちの価値につながる行動をすることで、何かが生まれる。
私は動いたからこそ起こるその「何か」が、よりたくさんの「笑顔」だったらいいなと夢みています。
それこそが、これからの写真館の社会的存在意義ではないかと。

そして、いろんな人やお店が、佐賀の写真屋でもできるんだったら
「自分でもきっと何かできる!」
と思って一歩踏み出してもらえたら、そりゃもう最高です。



佐賀映画「つ。」映画祭アワード情報

・ネパール国際映画祭(ネパール)
長編映画コンペティション部門 正式出品 https://niff.org.np/
・ARFF Paris International Awards(フランス)
長編映画部門 正式出品 https://aroundfilms.com/
・Madrid Film Awards(スペイン) 
長編映画部門 正式出品 https://www.madridfilmawards.com/
・Madrid Indie Film Festival (スペイン)
長編映画部門 正式出品 https://www.madriff.org/
・ORION IFF International Film Festival(オーストラリア/ドイツ)
長編映画部門 ファイナリスト https://www.orioniff.com/
・Vienna International Film Competition(オーストリア)
ベストインディペンデント映画受賞 
・Sevilla Indie Film Festival (スペイン)
助演女優賞、アクション映画賞 受賞 https://www.madriff.org/seviff/
・ニース国際映画祭(フランス)
映画祭最優秀作品、監督賞(外国語映画部門)、主演男優賞(外国語映画部門):
Banki Yamashita、脚本賞(外国語映画部門)、衣装デザイン賞、国際長編映画賞 いずれもノミネート https:// www.filmfestinternational.com/nice/
・Oz Indie FIlm Festival Australian & International, Independant Films(オーストラリア)
Best Action Film部門 銅賞受賞 http://oziff.com/
・ストックホルムインディペンデント映画祭(スウェーデン)
長編映画 Best Feature Film部門 ノミネート https://www.stockholmfilmfest.net/
・沖縄国際映画祭(日本)
特別上映 https://oimf.jp/movie/
・カンヌコンチネンタル映画祭(フランス)
監督賞 ノミネート
撮影賞 受賞  https://www.thecontinentalfestival.com/winners-2023
・FICIMAD(Madrid International Independent Film Festival) (スペイン)
最優秀映画編集賞 受賞 https://ficimad.com/
・Ivrea Film Screening(イタリア)
作品賞(Best Feature) 受賞 https://ivreafilmscreening.com/awards-2022/
・Los Angeles Independent Film Festival(アメリカ)
Narrative Feature (ファイナリスト)https://www.lafilmfestivals.com/
・ARFF Paris International Awards(フランス)
最優秀作品賞 受賞 https://festregards.com/category/arr-paris-2023/best-feature-film-arff-paris-2023/?amp=1
・ボンダンス国際映画祭(日本) 正式出品 https://www.bondanceiff-j.com/
・トリノ映画祭(イタリア) 正式出品 https://www.torinofilmfest.org/it/
・ライジングサン国際映画祭(日本) 正式出品 https://risingsunfest.com/
・Madrid Film Awards(スペイン) 
脚本賞 受賞 https://www.madridfilmawards.com/winners-2023-24


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笠原徹|地方でクリエイティブな仕事をする|ハレノヒ
株式会社ハレノヒ代表取締役/2015年、築100年の古民家をリノベーションした写真館をオープン。地方写真館の再定義を行うことによって人とまちが豊かになる仕組みをつくろうとしています。その他セミナー講師や各種メディアにも出ています。