
『私にふさわしいホテル』 怒りを肯定する
好きな作品だ。
のん(能年玲奈)はやはりここでも表現者、クリエイトする人物を演じていて、それは偶然ではないだろう。なぜそうなのかは本人の活動を知っていれば察せられるし、そうした役を呼び寄せるものを抱えていると言えるのかもしれない。
開始数秒で彼女が現れるので、この主演をどれだけ活かすかを最後までやるのだなと感じ、思わず姿勢を正す。堤幸彦に親しんで来たわけではないが、なんと昨年に2作観ていることになった。『夏目アラタの結婚』と今作で、前者は「顔面歌舞伎」と監督が表したくらいに主演2人をアップで撮りまくっていたし、それは出来に寄与していたと思う。
今作はそこまででもなかったが(比べればわかります)、やはりのんのアップは絵になる。ただし衣装も含めた見せ方にこだわりがあったと思うので、言うなればコスチュームプレイの趣も含まれた。評価されるのは、それら衣装をすっかりモノにして、それぞれで違う人格をみせていたことだ。だから本当の加代子とは、ということになりそうになるが、芯のところはちゃんと示された。
衣装で笑えたのはあの着物。クラブのくだりで「どこかで使われそうだな」とは感じていたけれど、アレを加代子が着て出てきたときは「うわっ笑」ってなった。そしてその「高級な白い着物」で豪華そうな料理が並ぶ食卓を囲むので、交わされる会話と共に「汚れないか」が気になりもするので妙な緊張感があった。そしてあの食卓に違和感のある鍋があり、どんどん煮詰まっていく音が聞こえるともう可笑しくてたまらなかった。ちなみに劇中では500万と言われていた着物だが、実は800万の価値があるという。
この時代設定にしていることには当然意味があるわけで、そこも考えながら観ていたが、センシティブな要素を生々しくさせない配慮なのかと理解している。コメディとしての空気感を保ちつつ、リベンジはリベンジとしてしっかりと。ただし何かが大きく変わったわけでもなく、だから加代子は満たされない。そこが示されるので良いなと思う。ちゃんと笑った後のほろ苦さを受け止めてからのあのラスト。これも良かった。「ああそういうことなのか」となるわけだが、ただし「それ」で終わらせたくない気がしている。
また、滝藤賢一がのんの喉の強さを褒めていたりしたラジオ番組を聴いていたので、なるほど確かにそこを心配する気がわかる演技がいくつもあった。そこまでするのか、というシーンもあり、おそらく現場で求められてこたえた結果なのだと思うが、そこで見える主演のんのポテンシャルはこれまでに見えていなかった類のものだ。
この先には公開を控えている橋本愛が主演の作品に出演しているそうだ。今作は『私をくいとめて』に続く共演で、それを「さすがにこの繰り返しは安易では」と感じるのは仕方ないかもしれない。それでも2人のシーンを見れば、また今までと違う味わいが感じられて、面白くなっているので意味のある配役になったと思う。
「主演がのんでなければ」を考えると「あまり良くならない」と思えるような仕上がりだった。だからと言って「のん仕様」だったわけでもなく、言うなれば「彼女が作品を拡張していた」ことに驚いた。ルックが素晴らしいのは今さらなのだけど、こんな役を演じていても下卑たものにまったく見えないのは何なのだろうなと考えていた。言い方は難しいが、この俳優は実のところ正統派で、かつての“女優”に通じたブレなさがある。なるべく近いところで例えるなら「薬師丸ひろ子」のそれなのでは。だからそういうのん(能年玲奈)があの時代を演じたのは、その点でもなかなかよく出来ているなと思える。良い作品だった。