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比べることから自由になる

今回は、比べることから自由になり、ちょっと肩の力を抜けたらいいな、ということを書いていこうと思います。

人は誰でも、他の人と比べて自分が優れてないのではないかと感じることがあると思います。
でも、そんなときは違った視点を持てないものか、と少し立ち止まってみるのもいいかもしれません。
世の中には、いろいろな考え方があります。
たとえば、そもそも「誰かよりも優れている」ということに、それほどこだわらなくてもいいのではないかと考えることもできます。

世の中はさまざまなものが関係し合いながら成り立っています。
安心と不安、幸福と不幸、器用と不器用、敏感と鈍感。
どちらか一方だけでは成立しないものばかりです。
そして、この関係性の中には、どちらが良い悪いという優劣はありません。ただ、それぞれが異なる役割を持ちながら共存しているだけです。

人も同じように、それぞれに異なる特性や個性を持っていることが分かります。
得意なこともあれば苦手なこともあるのは、ある意味当たり前のこと。
そして、その両方があるからこそ「自分らしさ」が形作られているのかもしれません。
たとえば、料理が得意だけど片付けはちょっと苦手な人がいるとします。
その人が「片付けが苦手だから自分には価値がない」と考えてしまったら、得意な料理を通して誰かを喜ばせることも難しくなるかもしれません。
でも、片付けが得意な人と一緒に協力し合えば、その人の料理の才能はもっと発揮される可能性が見えてきます。


また、誰かと比べて自分を測るという考え方についても、少し柔らかく捉えてみると楽になるような気がします。
「他よりも優れている自分でありたい」と思うのは自然なことかもしれませんが、もしそこに疲れを感じているなら、その考えから少し離れてみるのもいいかもしれません。
たとえば、クラスで一番足が速い子も、地区大会に出ればさらに速い人がいるかもしれません。
さらに、大きな大会ではもっと速い人に出会うでしょう。
このように、他者と比べることで得られる「一番」という基準は、状況によって簡単に変わるものです。

それに、「唯一無二でありたい」と思うことも、少しだけ肩の力を抜いて捉えてみてもいいのかもしれません。
他の誰とも違う存在であろうとするのは素敵なことですが、それを追い求めるあまり、自分にプレッシャーを与え過ぎてしまうこともあります。
実際、自分だけの特別な価値を探すというような行為も、他者の存在があってはじめて成り立つものだと考えられます。
「他の誰とも違う」と感じるためには、やはり「他の誰か」が必要となってきます。

もし少しでも、自分のことを「全体の中の一部」として捉えてみると、心が少し軽くならないでしょうか?
たとえば、オーケストラの中では、バイオリンやフルート、打楽器など、異なる役割を持つ楽器が集まって一つの美しい音楽を作り上げています。
それぞれが違う役割を果たしているからこそ成り立つ調和があります。
人も個々のそれぞれの違いが、全体を支えているのかもしれません。

何かを頑張るとき、「これは本当に自分がやりたいと思っていることかな」と、そっと自分に問いかけてみるのもいいかもしれません。
そして、もしその答えがすぐに出なくても、焦らずに「今はちょっと疲れているんだな」と気づくだけで十分だと思います。
その気づきを繰り返しているうちに、少しずつ自然と自分にとって心地よい選択が見えてくることもあります。

どんな自分であっても、その存在そのものが大切だと思えるような、そんな優しい視点を自分自身に持てたらいいな。
どんな考え方が自分に合うかは人それぞれですが、こんなふうに思ってみるのも一つかなと思い書いてみました。


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