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自治体のインセンティブ設計を見直そう

デジタル行財政改革会議の、課題発掘対話(第6回)の内容について、の補足記事です。自治体のインセンティブについて検討します。過去記事へのリンクは以下。

第1回:デジタル行財政改革 課題発掘対話(第6回)に参加してきました
第2回:自治体の人材育成とシビックテックの関係
第3回:自治体毎にシステムを作るのは限界

課題発掘対話の模様と各構成員の発表資料は、デジタル行財政改革会議のHPで公開されています。

前回の記事では、自治体毎にシステムをつくるだけではなく、①国が作る、②国が仕様書を作りベンダーが作る、③自治体が独自で作る という3つのパターンに分け、国がグランドデザインを示しながらも、自治体と国が対等になりオープンなシステムを作っていくことについて構想しました。今回が、シリーズ最後の記事となります。


スライドのスクリーンショット。自治体のインセンティブ設計を見直す必要。デジタルでは現場は楽にならないという不都合な真実。1.デジタル化は仕事が増える。2.広域で協力しあうインセンティブがない。などと書いてある。
発表資料より抜粋。自治体のインセンティブ設計を見直す必要

デジタルでは現場は楽にならないという不都合な事実

自治体の中でデジタル化が進まない理由には、これまで見てきたような人材不足や、全体最適化が図られにくい構造などがあるわけですが、実はそれだけではありません。他にも、そもそもの制度が複雑すぎることや、縦割り構造なども影響しています。
本記事では、「デジタル化を進めるインセンティブが生まれにくい」という点について考えていきます。

デジタル化は仕事が増える

多くの自治体はすでに仕事がパンパンにあり、デジタル化をするための余剰人材がいるわけではないのです。また、デジタルの導入段階では、仕事が楽になるどころか業務量が増えていくのも良くあることです。慣れたやり方から脱却するための習熟コストもかかりますし、紙とデジタルの二重業務も発生しがちだからです。

標準化についても悲鳴が上がっている中、スマートシティなど「新しく課題を見つけて、解決する」みたいな創造性の高いことも求められており、それこそ「一人情シス」状態の担当は大変です。

新しいことをやるための余剰を生み出すには、共同化や省力化、簡素化等、「やめる」こととセットで考えないといけません。そこで発生するのが、「人による、個別最適された高いサービスレベルを落とすことができない」という難しさです。
海外で暮らしたことがある方はわかると思いますが、日本の自治体の「人間的な」サービスレベルは海外に比べ高いと感じます。窓口に来た人には丁寧に対応しますし、複雑な手続きに対しても様式の工夫などを行い、できるだけ混乱が発生しないよう努力します。

デジタルによる効率化というのは、ユーザー側にデータ入力コストを負担してもらうような側面があります。スマートフォンなどから直接、フォームやワークフローに沿ってユーザーが必要な情報を入れてくれるため、データの加工を職員がやらなくて済むようになるし、自動化もできるのです。デジタルに慣れていない方には、それはかなり大きな負担になってしまいます。

わざわざ役所にいかなくても手続きができるなど、デジタルに慣れている人にとってはサービスレベルが上がるのですが、デジタルに慣れていない人にとっては逆に下がってしまいます。が、デジタルサービスを使うようになった人達は窓口に来ないので、窓口担当にはそのフィードバックは伝わりにくいのです。施策の効果も数字で把握しないといけません。
UXの向上やデジタルへの習熟度向上によって、将来的には全体でもデジタル化の恩恵が上回ると思いますが、過渡期の現場は大変です。
窓口DX SaaS が急速に普及しているのは、窓口に来る人達の負担を軽減し、バックエンド側のBPRを合わせて実施することで、職員の負担も軽減できるからだと思います。デジタル完結まで行ければ理想的なDXではあるのですが、バックエンドが最適化されていれば、デジタル完結への移行に当たっても無駄にはなりません。

私が「ツール導入の前にBPRが必要」と口うるさく言うのもこれが理由です。複雑な制度を簡素化したり、ユーザー目線で導線を変更したり、過剰なサービスを思い切って止めたりなどの業務フロー改善をしないままツールだけ入れたところで仕事が増えるだけで、現場の信頼は得られません。

スライドのキャプチャ。Ron't run Roomba in a messy room. というタイトルと、散らかった部屋においてあるルンバの写真があり、横に以下のように書いてある。DXとはデジタル「だけ」の話ではない。勘違いするとこういうことに。
ルンバを使う前に部屋を片付けろ by 石塚清香. photo created by 古川泰人

このような事を理解してもらい、「なんとかする」ためにはいろんな方向からの知恵が必要です。少し論理が飛躍するように感じるかもしれませんが、自治体の人材育成とシビックテックの関係 で述べたような、主体的な市民の存在は、改革を後押しする機運に繋がります。市の政策に理解を示し、解決策を皆で考えたりすることができるからです。

頑張って効率化したのに、人が減らされる

最近、よく自治体の幹部にお話させていただくことなのですが、職員がデジタルによる業務改革に本気になりにくい理由の一つがこの問題です。
職員から実際に何度か聞いていることなのですが、デジタルツールを導入して業務効率化を行った翌年に、その課の定員や予算が減らされてしまうことがあります。これは、本当にモチベーションが下がります。
創意工夫が必要な状況で、頑張ってデジタルを学び、周囲の反対なども押し切ってなんとか効率化したのに、翌年人が減らされたせいで周りからも感謝されない、そんなことが起きるわけです。

業務を変革する、という難易度と創造性の高い業務において必要なのは主体的な思考や行動力であるというのは最初の記事でも書いたことですが、モチベーションが上がらない状況で、デジタル導入を積極的にやろうと思うでしょうか。DXにモチベーションを持ってもらうには、インセンティブや正しい評価、成長のためのフィードバックが必要です。

縮小していく自治体の中で、財政や人事は「人を減らす」ことを目的化してはいけません。採用はどんどん難しくなっていくわけですから、モチベーションを下げている場合ではありません。「人が減っても市民サービスの質を下げないために、人に投資をする」という考え方へのパラダイム・シフトが必要です。

広域で協力しあうインセンティブがない

前の記事で、 共同化やオープンソースについてのアイデアを出しました。デジタル田園都市国家構想で推進しているデータ連携基盤についても、自治体間の相互運用性を重視しています。

デジタル庁「データ連携基盤の整備について」より抜粋
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/digital_denen/dai4/siryou8.pdf

しかしながら、自治体間でデータを連携するような事例は残念ながらあまり生まれていません。
実際、自治体職員から、データ連携で広域連携のニーズが出てくることはほとんどありません。防災や観光、公共交通といったテーマの中でアイデアが出てくることはありますが、他市を巻き込んで企画を進める、というのはとてもハードルが高そうです。

業務によっては一部事務組合などの協力の仕組みがありますので、協力し合うインセンティブが全く無いわけではないと思いますが、データ連携基盤のユースケースでは限られているようです。

通常、基礎自治体の職員はその自治体の範囲内で課題を考えます。広域のニーズはあまり考えません。その結果として、データ連携基盤が乱立してしまっており、データ連携基盤間の連携もあまり進んでいません。交付金は自治体毎に申請し、その自治体に支払われるものだというのも理由もあるかもしれません。他の自治体と共同で申請するには、都道府県が取りまとめをする必要があります。

では、データ連携基盤を提供する事業者はどうでしょうか。広域でシステムが共有されて使われれば、基盤としても価値が上がるはずです。実際、いくつかの事業者は複数の自治体で基盤を提供していますし。しかし、共同化しているところはほとんどありません。基本的に、事業者はデータ連携基盤のマネタイズを構築費と運用費から行うことになるので、自治体側が希望しない限り、個別に構築をして、個別に運用費をもらう方が楽だし利益になります。面倒な調整をしてまで共同化をするメリットはありません。

実は、データ連携基盤がつながっていることで一番恩恵を受けるのは、データ連携基盤の上にサービスを提供する企業です。サービス提供企業は、構築に工数をかければかけるほど儲かるSIベンダーと違い、提供するサービスが使われることがモチベーションになるからです。
あるデータ連携基盤に対応するサービスを開発するとして、1自治体のみで使われていて5万人が使っている基盤と、50自治体で使われており100万人いる基盤とでは、100万人ユーザーがいる基盤にサービスを提供した方が良いことになります。準公共サービス提供事業者や、IoTデバイスメーカーが積極的に参入したくなるような広がりを持ったデータスペースが必要なのです。

政府の方も、市場形成の問題は把握しており、デジタル化横展開推進協議会という協議会が立ち上がりつつあります。第15回デジタル田園都市国家構想実現会議の資料内に「デジタル化横展開(「作る」から「使う」)を推進する」 と書かれているように、「作ることで儲かる」のではなく「使われることで儲かる」ようなインセンティブをどう作るかがポイントになってきます。

第15回デジタル⽥園都市国家構想実現会議 デジタル庁資料より抜粋
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/digital_denen/dai13/siryou2.pdf

ちなみに、EUでは SynchroniCity など、最初から複数都市が共同でパイロット実証を行うような仕掛けを多く行ってきました。自治体単体がそれぞれ応募するのではなく、ユースケースを複数の地域でテストする補助金なども効果があるかもしれません。

本当にデータ連携基盤が使われる市場を作るには、「データ連携」からユースケースを考えるのではなく、産業的な目線からユースケースを考えなくてはいけません。セクターを越えた議論を行っていく必要があります。

職員が他の自治体を手伝えるといいのに

最後に、スライドの「c. 近隣自治体の仕事を職員がちょっと手伝ってあげられるだけでもだいぶ連携できるはず」についてです。
自治体職員の中には、とても優秀な人達がたくさんいます。そのような職員が、少しだけでも良いので広域で動けるようなことができれば、連携の機運ももっと生まれていくのではないでしょうか。

実際、総務省の地域情報化アドバイザーには自治体の職員もたくさんいます。デジタル庁の窓口BPRアドバイザーも、窓口BPRを経験した自治体職員
が、他の自治体のサポートを行う制度です。
民間のアドバイザーは技術的な助言を行うことはできますが、自治体の現場の経験はありません。実際に自治体業務を改善した経験のある職員がうまく助け合えるような仕組みがもっと増えていくと良いと思います。

今回の一連の補足記事は、以上で終了です。最後までお読みいただきありがとうございました。

最後に、今回の課題発掘対話補足シリーズのリンクを貼っておきます。

第1回:デジタル行財政改革 課題発掘対話(第6回)に参加してきました
第2回:自治体の人材育成とシビックテックの関係
第3回:自治体毎にシステムを作るのは限界
第4回:自治体のインセンティブ設計を見直そう(本記事)

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