行政文書はMarkdownで管理できるか
(9月3日追記)元のタイトルは「行政文章はMarkdownで管理できるか」でしたが、ここで言っているのは「文章」ではなく、「文書」だろう、というご指摘をいただき、本文も含め訂正させていただきました。(追記終わり)
先日下記のTweetをしたところ、多くの人からコメントをいただきました。
賛同の意見が多かったのですが、下記のような懸念点もいただきました。
・編集する側も見る側も大変になる。何故やる必要があるかわからない
・Markdown、構造化テキストとしていけてないのでは
・そもそも、いろんなルールに縛られてる行政では無理では?
個別に回答していたりもしますが、Twitter だと埋もれてしまうので、note で改めて整理してみました。
そもそも何故やる必要があるのか
大変じゃん、なんでやるの?というご意見がありましたのでお答えします。主に以下の2点の目的からです。
1)外向けに公開する行政文書を可読性や相互編集性が高いフォーマットにし、フィードバックを得やすくしたい
2)文書作成のワークフロー上も無理が無いようにしたい、むしろ、今よりも便利にしたい
「Word でいいじゃん」「PDFでいいじゃん」という声もあると思いますが、PDF や Word には、以下の問題があります。
PDF:スマートフォンで読みにくい、検索性が乏しい、編集できない、バージョン管理がしにくい、再利用しにくい、機械可読性に欠ける
Word:Wordがないと読めない、バージョン管理がしにくい、共同編集がしにくい、装飾と文章構造が分離されておらず、差分が見にくい、機械可読性に欠ける
これを、文章構造と見た目が(比較的)分離された軽量なフォーマットに変えることで、流通性が高まり、より多くの人の目に届けられると共に、フィードバックを得やすくすることができると考えます。
技術者であれば、文書を Markdown やその他の構造化テキストで書いている人は多いと思います。README を Word でわざわざ書いているオープンソースプロジェクトってあまり無いですよね。GitHub がいい感じに表示してくれることもありますが、それも含めて構造化テキストの良い点です。
また、当の行政官自身が、行政文書を Markdown 化することの価値について述べていますので、ぜひご一読ください。ここでは結論だけ抜粋しておきます。
行政が発信する文書は、ホームページの奥深ーくの、探しにくーい場所にひっそりPDFやWordで公開されている事が多いです。それは悪しき慣習ともいえますが、ただ伝え方が不器用なだけなのかもしれません。もっと広く知ってもらうために、自分が唯一の発信者という考えを捨て、「受け取った人は次は発信者」になってくれることを想像して発信手段を選ぶことを、経産省内にも発信していきたいと思います
「Markdown なんて見にくいものを標準にされたら困る」というご意見もありましたが、Markdown → PDF/HTML は容易にできるので、一般向けの公開では HTMLやPDFに変換したものを用途に合わせて提示することができますので心配には及びません。一方、PDF/Word → Markdown というのは結構大変になってしまいます。ちなみに、オープンデータ界隈では、生成された PDF から、もともとあったであろうデータを取り出すことは、しばしば「餅から米を作る」とも表現されます。
ただ、2)のワークフローについては、超えなくてはいけない壁がたくさんあります。この点については後の段落でご説明しますね。
Google Docsでいいじゃんとか、Notion 使えば?みたいな話もあるかと思いますが、国が管理する行政文書の記述方法を、プロプライエタリなSaaSのシステムに合わせてしまうのはそれはそれでリスクに感じます。(私の会社では両方とも便利に使ってます。各社のサービス自体は素晴らしいと思っていますので誤解なきよう。)
Markdown、構造化テキストとしていけてないのでは
このご意見もかなり多くいただきました。Markdown という仕様はなかなか中途半端だったりして、完璧ではありません。日本語に向いていないとか、方言がたくさんあるのでつらいとか、図表番号が無いとか、テーブルが書きにくいとか、注釈が書きにくいとか、色々問題があります。それは確かにその通りと同意します。
しかしながら、ある程度普及していて、エディタやビューワの資産があって、初心者へのラーニングコストが低く、アプリのインストールが不要で、オープンソースで行政のクラウド内で使え、共同編集した場合の履歴管理ができるようなシステムを考えた場合、開発コミュニティが活発な Markdown に軍配が上がってしまうように感じています。実際に、HackMD のオープンソース版である CodiMD なんかはかなりよく出来ている。
ただ、ここは私が知らないだけかもしれないので、要件を満たす別オプションがあればぜひお知らせいただきたいところです。Markdown にこだわっているわけでは無いので。
特に表現力については、Markdown よりは AsciiDoc や reStructuredText の方が良いのではないかという意見も多く、私も正直そう思います。
ただ、Markdown の表現力を補う方法については、JapanGov-Fravored Markdown という拡張仕様を作れば良いのではないか?というご意見もいただきました。私もそのような対応を意識していました。以前、経済産業省の「研究開発型スタートアップと事業会社のオープンイノベーション促進のためのモデル契約書ver1.0」の改訂に向けた、GitHub(ギットハブ)を用いた意見募集 2回目 という取り組みがあり、そこでもいろんな Issue が出てきました。この議論なんかは具体的なCSSの議論に踏み込んでいます。
ただし、既存の細かいルールに合わせて、Markdown の独自書式を無限に拡張していくと、とんでもないことになるのでは?という懸念もありますのでできるだけシンプルさは保ちたいですね。
いくら拡張したところで、とても長い文章で、注釈や図表番号、表、枠線、校正機能などを使って読みやすく表現すべき文章をMarkdownで作るのは作業的にも厳しい、という意見があるかと思います。その場合は、無理にMarkdown使わなくて良いと思います。Word でもいいし、Sphinx などを使っても良いかもしれません。目的に合わせてオプションを増やしたいだけで、全てを置き換えることも望んでいません。
そもそも、いろんなルールに縛られている行政では無理では?
おっしゃる通り。縛られていますね!ガッチガチです。
形式を非常に大切にする霞が関文化において、A4用紙に綺麗に印刷するために様々な調整が行われていることは容易に想像できます。例えば、法案の変更点をGitHubのように比較する「LawHub」、Twitterで注目も実は開発停止中 という記事にもあるように、改め文などは厳密な書式が決まっていたりします。そこまで厳密でなくても、見た目を揃えるためにスペース揃えをしたり、フォントサイズを調整したりといった作業を日々やられています。
とはいえ、細かい様式が決まっていない文書はたくさんありますし、エディタの使い勝手や共同作業環境の使い勝手を上げることができれば、徐々に置き換えていくことも可能ではないでしょうか。複数宛先のメールでWordを送り、「○○ガイドライン_20210921_関修正.docx」 みたいなファイルを戻してもらって、いろんな人から戻ってきた差分を反映させて、みたいなこと自体しなくて良いのは十分メリットを見い出せる気がします
Markdown を編集するのは一見大変そうにも思えますが、これはユーザーインターフェースの工夫である程度カバーできるのではないでしょうか。いちいち、「## 見出し」とか 「**太字**」とか、「[リンク](https://note.com/hal_sk)」とかの呪文のような記法を覚えなくても(ある程度は)書けるエディタができれば良いし、既にHackMDなどは非エンジニアにも結構普及しています。GUIで修正できつつ、マークアップと出力結果両方見れるって、慣れると結構良くないですか?
省庁毎の文化もあるし、経路依存性の高いこれまでの業務を変えるのは結局無理じゃね?なんていうご心配の言葉も聞こえてきます。
いや、ここは皆さん、逆に考えましょう。デジタルファーストな文書管理及び文書流通を目指し、コンテンツと見た目を分離することができれば、様式美のためにやっている作業を無くすことができるのです。各省庁や自治体毎の謎ルールも無くなり、縦割りや横割りの打開にも結びつきます。これこそ、我々技術者が作り上げるべき環境ではないでしょうか。
なお、オードリー・タン氏のチーム、PDIS では、前述のCodiMDを使っているようです。
ちなみに、海外では法制執務分野でもデジタル化の波は進んでおり、Code for Japan Slack の #proj-lawvis というチャンネルで活動してくれているshibacowさんも、以下のようなまとめ記事を書いてくれています。ご興味ある方はご一読ください。
日本国内でも、政府提出法案に誤字などの誤りが多発したことを受けて、法案誤り等再発防止プロジェクトチームが以下のような取りまとめをしています。
まあ、イチゼロの議論ではなく、別にWordや一太郎を使わなくしよう!という話でもなく、向いているところから、徐々にやっていけば良いのではないでしょうか。ご賛同いただけるかた、より良い対案をいただける方、ウチの自治体でやりたい、といった方がいればぜひTwitterやコメントでご連絡ください!
長い文章を最後まで読んでいただいてありがとうございました。