Chinozo feat.FloweRのグッバイ宣言を聴いて小説書いてみた
原曲はコチラ
本編始まります。
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騒々しい都会の中でも、俺の思考は明晰であった。
「従って、テスト前にノートを借りてでも単位を取ろうとする輩は浅ましいし、ましてやレポート代行サービスを利用する奴は愚の骨頂だ」
「で、自力でやって成績いくつよ?」
「可」
と俺が答えると、友人はケタケタと笑った。
「やっぱ、お前面白いわ。不可じゃないってところが良いよね」
「俺は至って真面目だ」
「じゃあ、さっきの話、マジ?」
「ああ。俺は大学に行かない」
「何でまた」
「大学というシステムにも、君らにもホトホト呆れ返った。ボイコットだ」
「皆はボイコットとは思わんでしょ。来なくなったって思うんじゃない?」
「俺の意思は固い。よくゾンビ映画で登場人物が籠城という戦法をとっているが、現代においても思考停止人間という名のゾンビが群をなして往来している事を鑑みても籠城という作戦は理に適っている」
「――」
広告トラックが脇を走り、友人の声がかき消された。
「え?」
「だから、それ俺が邪魔してもいい?」
「さしずめ、お前は、キリストでいうところのサタンであり、ブッダでいうところのマーラであり、天照大御神でいうところの天宇受売命ということだな。受けて立とう」
「小難しい事は知らないけど、良いのね」
俺は黙って頷いた。
*
ボイコットを始めて一週間がたった。
俺は規則正しい生活を送っているが故、今日も、18時に目覚めた。
着替えを済ませ、六畳間という小宇宙を存分に味わう。
六畳間には不釣り合いな程の大きなテーブルに快適なゲーミングチェア、万年床と化した布団に、天井いっぱいの本棚の中には多ジャンルの本が無造作に積み上げられている。
テーブルの上には高性能パソコン、読みかけの本に飲みかけのペットボトル、中身が少なくなってきたティッシュボックスなどが置かれてあり全てがここで完結するよう構築されている。
ピロンと電子音が鳴り、スマホを見ると邪魔者からだった。
【今日は、みんなでカラオケに行ってるんだけど、お前来る?】
【忙しい】
とだけ打込んで、スマホを布団の上に放り投げた。
視界の端に映った窓に違和感を覚えた。
近づいてみると一匹のヤモリが窓の外側に貼りついていた。
透き通るような白い腹を見せ、四肢から突き出た指を極限まで広げている。
「何しに来た?」
暇つぶしがてらに話しかけてみる。
ヤモリは身体を捩じらせたまま、身じろぎひとつしない。
俺は、性別の判断すらつかないこの生物の思想を読み解こうと試みた。
腹が減っているのか、寝床を探しに来たのか、或いはただの気まぐれか。
全く読み解けず、奴のポーズを真似して心情を探ってみた。
だが、窓に映る自分の姿を見て、馬鹿らしくなり止めた。
「思考を読み解くには」誰ともなく呟く。
観察が不可欠。
観察は愛情により持続する。
ならばヤモリに愛情を持たねば始まらない。
しばらく考えて「ミユキ」と呼んでみたが、状況は何も変わらなかった。
再びピコンと鳴る電子音。
【忙しいって何してんの?】
【ミユキ見てる】
直ぐに返信が来る。
【誰? ミユキちゃんって】
【起きて、窓見たら貼りついてた】
【何? 怖い話?】
【ヤモリの話】
【ヤモリのミユキちゃんw】
【こっちは、人間のカンナちゃんといるぞw】
続けて楽しそうな画像が転送されてきた。
俺は無視して椅子に座る。
ゲームアイコンをクリックする。
ゲームが始まる、といってもこれは最早ゲームではない、社会の縮図だ。
ランダムで設置されるアイテムで運を試され、アイテムの選別で、決断力を養う。何処のエリアに向かうかは判断力を要し、ゾンビの如く沸いてくる敵を冷静な対応力と確かな技術で射撃する。
そして、時にはチームプレイで、時には孤独に生き残りを目指す。
そうだ。これは、履歴書に書ける。
「よしっ、生き残った。一位だ」
長い時間と幾度ものチャレンジの末、ようやく一位を勝ち得た。
社会では忍耐力も必要なのだ。
再び違和感を覚え、見てみると、何処から入ってきたのかミユキが机の端で佇んでいる。
「何だ会いに来たのか」
顔を覗き込むと目が合った。
その目は、憐憫を含んだ眼差しのように思えた。
「……ひっ捕まえてやる」
手を構えると、ミユキは素早く机の裏に逃げ込んだ。
「馬鹿だな。冗談だよ」
俺は手を下した。
ヤモリはトカゲの仲間であるので、危険を感じると尻尾を千切って逃げる。
こちらはそこまでするつもりは毛頭ないので、奇妙な罪悪感にかられる。
全く、暴力的な被害者だ。
*
夜も更けてきたので、そろそろ夜食にしようと台所に向かう。
途中、部屋の隅で何やら蠢いていたので、見に行くと、ミユキが脱皮していた。
頭から綺麗に剥けて、前足部分でつっかえている。
頭は目を見張るような白色で、古い皮膚はくすんだ灰色であった事がはっきりと見て取れる。
写真を撮ろうとスマホを見ると、邪魔者から通知が来ていた。
【ミユキちゃん何してる?】
【脱皮】
【腹痛えw】
画像を送る。
【凄ぇな。後、この間調べたんだけどさ】
邪魔者が続ける。
【籠城って偉い人が言ってたけど、愚策らしいぞ。後、ボイコットは個人でやるもんじゃないって】
俺がどう返してやろうかと苦慮している内に、さらに通知が届く。
【くだらんプライド脱ぎ捨てて、大学来いよ、楽しいぞ】
【カンナちゃんも寂しいってよ】
動画が一緒に転送されてきた。
揺らぐ心を振り払おうと、俺は窓を開けた。
冷たい風が部屋中に吹き込まれる。
ミユキを見ると、前足の皮が剥がれ、それをまごまごと咀嚼していた。
「脱皮で死ぬ事もあるんだよな。ミユキ」
ミユキはお構いなしと脱皮を続ける。
俺は深呼吸をしてから、窓を閉め、思考を明晰にしようと努めた。
幸い、夜が明けるまで少し時間がある。
完
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