ヒトリエのアンチテーゼ・ジャンクガールを聴いて小説書いてみた
原曲はコチラ
本編始まります。
===
引きこもりの兄が自殺した。
といっても、既に家庭環境は崩壊していたので、皆、肩の荷が下りたと言わんばかりに軽やかに葬儀が終了した。
「あなた宛ての遺書よ」
と母が渡してきたが、開かずに机上に置いた。
*
登校すると、私は、周囲から腫れ物に触るような扱いを受けた。
その方が余計な体力を使わないため、都合が良い。
放課後、遺憾な事にバカが走り寄ってきた。
こいつは特にエネルギーを使う。
「アンナちゃん、大変だったね」
「うるさいバカ」
「気分転換にカラオケ行こうよ。それか付き合ってよ」
「嫌だよバカ」
「どこ行くの?」
「部室」
「送るよ」
「付いて来ないで」
ドアを開けると三馬鹿部員がたむろしていた。
私に気づくと奴らは黙り込んで、私を注視する。
キャンバスを手にすると、三馬鹿は聞こえるように話を始めた。
「あの絵何? 血?」
「怖いよね。事件起こさなきゃいいけど」
「あれでコンクール出展させるって先生もどうかしてるよね」
無視して部室を出た。
私は負けない。
校庭で絵を描いていると、また、バカが寄ってきた。
「さっきはごめん」
「は?」
「お兄さん亡くなったのに、カラオケ行こうって非常識かなって」
「非常識な奴が非常識さを気にしだしたら、良さがなくなるよ」
「それ褒められてる? ただ、俺は、元気になってほしいなと思って言ったんだけど……」
「元気だよ」
その後、私は、兄が如何に木偶坊だったか、如何に穀潰しだったかをバカに話した。
バカは何だか泣きそうな顔をして聞いていたが、にわかに口を開いた。
「凄い絵だね」
「うるさい」
「あれでしょ、腐りきった社会を切るみたいな――」
「知った風な口利くな」
「コンクール、優勝すればいいね」
「興味ない」
「でも、それにしては、やけに真剣じゃん」
「……気が散るからどっか行ってくれる?」
「優勝したら、部屋に飾るの?」
「捨てる」
「えっ、嘘でしょ? 何のために描いてるの?」
「私は、描くのが好きなの。その後のことはどうでもいいの」
「じゃあ、頂戴」
「絶対嫌だ」
それと、と私は続ける。
「本当にどっか行ってくれる? マジで気が散るから」
ごめんと、バカは去っていった。
*
家に帰ると、いつもの頭痛に襲われたので、薬を飲んで布団に入った。
しばらく休んでいると、母が部屋に入ってきた。
「ご飯だよ」
「今はいい。頭痛い」
「せっかく作ったのに」
「ごめんなさい」
「冷めてもいいの?」
「……うん」
「食べたらお皿、洗っといてね」
母は、出ていった。
私は、鰐のぬいぐるみを抱きながら、脈打つ鈍痛が治まるのを待った。
私は、負けない。
*
提出日が差し迫ってきたので、私は、授業中、描き足す項目をリストアップしていた。
放課後、メモを持って部室に入ると、三馬鹿が神妙な面持ちで話掛けてきた。
「アンナさん、これ見て」
キャンバスがカッターで切り裂かれていた。
「酷い事する人もいるのね」
「これじゃあ、コンクール出せないよねぇ」
私は、大げさに心配する奴らをキッと睨み付けた。
「何? 私達、何も知らないよ」
たじろぎながらも、三馬鹿一号が応えた。
何も言わずに部室を後にする。
私は、負けない――
「アンナちゃん、何であんなことしたの?」
バカが走ってくるなり、馬鹿みたいな声を上げた。
「何が?」
「絵だよ。あんな一生懸命描いてたのに」
「意味分かんない。ちゃんと説明して」
「さっき部室に行ったら、絵がズタボロになってて、部員さんに聞いたら、アンナちゃんが自分でやったって言ってたよ」
「……そう。コンクールに出展したくなかったの」
私は負けない。
「本当?」
「本当」
「そう。なら、もう追究しないけど。無理しなくていいんじゃない?」
「知った風な口利くな」
「ごめん。確かに俺は君の事をよく知らない。だからこそ知りたいと思っているんだ」
「気持ち悪い」
「俺じゃなくてもいいよ。本心をぶつけられる人がいれば、アンナちゃん楽になるんじゃない?」
――死んじゃったよ。
「じゃないと、アンナちゃん、いつか潰れちゃうよ」
――大丈夫。私は強いから。
それはそれとして、と彼が笑う。
「付き合ってよ」
――うるさいバカ――
*
家に帰って、机上の遺書に目を通した。
『遺産相続、押入れ』とだけ書かれていた。
兄の部屋に入り、押入れを見ても、何もなかった。
見上げると、点検口があったので、重い蓋を無理にずらした刹那、キャンバスがバラバラと落ちてきた。
見ると、絵、絵、絵。
様々なサイズの絵画が、多種多様な形態によって、思い思いの色彩を放っている。
全て私が描いたものだった。
数枚拾い上げ、眺めた。
「……ガラクタばっかり」
声を上げて笑いたかったが、こぼれ落ちる涙がそれを遮った。
次から次へと、溢れ出る感情に整理が追いつかず、私は時が過ぎるのを待った。
うん。
私は、負けない。
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