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エッセイ#02「可愛くなれない私へ」 WACOALの下着と、自分への花束と。

そのWACOALのメッセージムービーを見てから、私は「私のために下着を買おう」と思った。

誰にも見せない瞬間を愛そう。
誰も知らないわたしを愛そう。

WACOAL

私は鏡を見るのも嫌なくらい自分の顔が嫌いだった。
他人を羨むばかりの私の冷え切った心に、動画から伝わるメッセージが、ゆっくりとあたたかく染み渡っていったようだった。

その余韻を胸に、私はブランドのホームページを訪れ、今期のコンセプト「Love your moment」が特集されたウェブカタログに目を通した。

商品ごとに添えられた短い文章には、詩のような、はたまた誰かの日記の一節のような言葉が並んでいた。

一歩踏み出したい朝は、ハグをわたしに。やさしさの両手で包んだら、わたしがすこし上を向く。

WACOAL

あんまり周りを気にしすぎない。大丈夫。胸もとに咲く花が、いつもわたしに力をくれる。

WACOAL

その言葉たちは、心の奥にそっと染み込んでいった。そして、それらの言葉を形にしたような、美しく繊細で凛とした下着が柔らかな日差しの中で撮影されている写真、そしてそれを身につけた美しいモデルさんの写真にも、素直に綺麗だと思えた。
それまでは、私は美しいものを見る度に傷口に塩を塗られたように心を痛めていた。
でも、その美しさは私に痛みを与えなかった。ひび割れた心のままでも、美しいものを素直に「綺麗だ」と思えたことに、私は救われた気持ちになった。

もしこの下着を身に着けたら、メッセージムービーの中で心に響いた言葉が、いつでも私のそばにいてくれるような気がした。

普段ならオンラインで購入するところだが、ふと現物を見てみたい気持ちが湧いた。
私は、通りの向こうからそっと店内を覗いてみることにした。

店に近づくと、聞き覚えのあるフレーズが耳に入った。あのメッセージムービーが、サイネージで流れていたのだ。
何度も見たはずなのに、私はまたその映像に見入ってしまった。心の柔らかい部分が何か温かいもので包み込まれるような感覚がして、鼻の奥がツンとし、視界が滲んだ。
店の前で涙をこぼすなんて恥ずかしいと思いつつ、周囲に誰もいないことを確認して、映像が終わるまでその場を離れられなかった。

映像が終わり、いよいよ店内に足を踏み入れた。店員さんは他のお客さんを接客中で、私には気づいていないようだった。私はほっとして、ゆっくりと商品棚を見て回った。店の入口付近の棚に、カタログで見た今期のコレクションが揃っていた。
サイトで気になっていたデザインの下着もあり、その隣にはピンク色の色違いが並んでいた。ピンクは少し可愛すぎるかな……と戸惑いつつも、心が弾む。

そのとき、背後から「お探しのサイズがあればおっしゃってくださいね」と声をかけられた。いつの間にか店員さんが近くに来ていた。
「はい……」と曖昧に答えながらも、実は長い間サイズを測っていないことを思い出し、少し不安になった。せっかく来たのだから、今の自分にぴったり合うものを選びたい――そう思ったとき、店員さんが「フィッティングもできますよ」と優しく提案してくれた。

思い切ってサイズを測ってもらうと、やはり自分の認識とは少し違っていた。店員さんは素早くサイズに合った下着を取り出してくれた。
「この下着は、ハグされたみたいに、体温に馴染んで、身体に沿ってくれるんですよ」
実際に試着してみると、その着心地の良さに驚いた。まるで、私が抱える不安や自信のなさをすべて包み込んでくれるような安心感があった。

試着室を出ると、店員さんがさらに同じサイズでデザインの異なる下着を数点準備してくれていた。
「こっちは今までにないデザインのもので…」「こっちは若い人に人気なんですよ!」店員さんが楽しそうに笑いながら商品を紹介してくれる姿に、私は自然と心がほころんでいくのを感じていた。その軽やかで、どこか親しげな言葉遣いに、まるで友だちと一緒にお買い物をしているような気分になった。

「これがいいんじゃない?」と、彼女がさりげなく相談に乗ってくれるたび、私の心はじんわり温かくなっていった。接客というよりは、まるで私の「好き」に寄り添って、何か一緒に見つけようとしてくれる感じがした。こんなふうに、ただ楽しんで、わいわいと選ぶことの喜びを味わうのは久しぶりだった。できることなら、この瞬間を大切に、彼女と一緒に選んだ商品を手にして帰りたい。そう心から思っていた。

ふと、彼女は私が身につけた商品を指し示した。「ピンクは売り切れてしまったんだけど…」その言葉に、私の視線が隣に並んでいるピンク色の下着へと吸い寄せられた。まるで花びらのように愛らしい色合いが、そこには広がっている。先ほど「私には少し可愛すぎるかな?」と心の中でためらっていた気持ちが、どこか遠くへ消えていくのを感じた。

自分には選べないもの、という枠を作ってしまっていたのは私自身だった。けれど、この場では「私はどんな色を選んでもいいんだ」と、静かにそんな気持ちが芽生え始めていた。
心がふわりと揺れるような、優しい花を抱きしめてもいい。それがどんなに可愛らしくても、私がそれを愛する気持ちがあれば、それでいいのだと感じられた。

私はすでに、購入する商品を心に決めていた。ブランドムービーに心が動いたあの瞬間。そして、身につけたときに「私がどう見られるか」を気にせず、自分の中の何かが明るく華やいだ感覚。そして今、店員さんと笑いながら「好き」に向き合った時間。すべてが重なり合って、ここにいる自分が確かにいる。

「水色、可愛かったですよね!」彼女がそう声を弾ませると、私もすかさず同意した。「私もそう思っていました!」まるで、どちらがどちらの台詞だったのか曖昧になりそうなやり取り。その瞬間、私たちは顔を見合わせて、思わず笑い合った。

まるで花びらがふわりと舞うような、軽やかな気持ちが心の中に広がっていく。
今、この場に流れる温かな空気を抱きしめるように、私は心の中で静かに「ありがとう」と呟いた。

購入を決めた下着は、柔らかな紙で丁寧に包まれ、店員さんから手渡された。家に帰ってその包みを開けると、中には花束のように美しい水色の下着と共に、手書きのメッセージカードが添えられていた。

「お気に入りの一枚になりますように!」

もう既にお気に入りだよ、と思いつつ、この下着を身につけるたびに、未来の私はもっと自分自身を好きになっているかもしれない――そう感じた。そしていつか、私は私自身を、そっと、ハグするように受け入れられる日が来るだろう。その時まで、どうかこの下着が力を貸してくれますようにと、心の中で願った。

数日後、私はあの日売り切れていた色違いのピンクの下着も購入することにした。
私のクローゼットの中には、あの日彼女と選んだ水色の下着と、私自身が選んだピンクの下着がそっと並んでいる。

見えないところで咲く色違いのレースの花たち。
誰にも見せることはないけれど、私が私を大切に思うためのささやかな決意。
その存在が私にそっと力を貸してくれる気がする。

#想像していなかった未来
#エッセイ
#WACOAL

#林響太朗 監督
#中野有紗 さま

▼前回の記事「WACOALのメッセージムービーに出会った日のエッセイ」はこちら💐

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