【小説】魂の少年カガミ2
つづきました。
「兎に角、俺が覚えているのは、自分が魂だけの存在になって、びぃ玉に取り付いていたことぐらいだ。そして、恐らくはお前が俺をびぃ玉から取り出した」
「まさか、僕はびぃ玉の中に人がいるだなんて思ってもいなかったし」
「偶然だとしても、そうとしか思えない。それに、お前は虚影の家族なんだろう? 虚影と似たことができたとしても驚かない」
「……」
確かに、虚影が過去に彼――ギルバートにしたことと同じであるなら、ギルバートの言うことは正しいような気がした。ふと、ギルバートが思いだしたように顔をあげる。
「ああ、そう……そうだ」
そう言って、ギルバートはびぃ玉を指さした。そして、ゆっくりと手を開き、手のひらをびぃ玉に向ける。真剣なまなざしだ。
「やはり、僅かだが魔道の痕跡が残っている。俺と、あと一人」
言うや否や、僕の顔に手のひらを突きつける。急なことに、思わず転びそうになった。ギルバートは続ける。
「多少のゆらぎはあるが、お前の波長と近いな。どうやら、俺をこのびぃ玉から取り出したのは、お前に間違いないらしい」
「ど、どういうこと?」
一人納得したようなギルバートに慌てて問う。ギルバートは、手を下ろして腕を組んだ。
「人には誰しも個々の波長がある。どんな魔道を使用したとしても、個人の跡が残るんだ。これによって、魔道の使用者を識別することができる。俺は、この波長を識別するのはあまり得意ではないんだが。それでも、波長の九割は識別できるさ」
「よ、よくわからないんだけど」
「お前は理解できなくても、お前は虚影と同じような魔道を使用することができる。いや、実際に使用したんだ。それによって、俺はびぃ玉から取り出された。だから、お前の波長がびぃ玉に残っている」
「……それはそうだとして、僕の記憶がなくても?」
「記憶はあるだろう。例えば、さっき俺は球体で眠っている夢を見た。しかし、それは正しく現実だったんだ。だから、お前も同じように夢だと思い込んでいた可能性もある」
夢ではなく、現実? まさか。到底、信じられない。悶々と悩む僕を一瞥して、ギルバートは口を開く。
「ただ、夢の追及は、今はしなくて良いだろう。ただ、真実が一つ明らかになったんだ。こうやって、少しずつ明らかにしていけば良い」
それもそうだ、と僕は思う。何しろ、
「少し、話したほうが良いかもしれない。俺たちには足りないものが多すぎる」
そのギルバートの提案は、今の僕たちにとって非常に前向きなものだった。だから、僕たちは、改めてお互いについて話し合うことにした。緑一面の野原に並んで座り、僕はふと気になったことを問うことにした。
「ところで、ギルバート。君って魂だけの存在なんだよね? 僕には、その、人間のように見えるんだけど」
「ああ、それは正しく魂だけになったからだろう。びぃ玉に取り付けば、俺はびぃ玉の姿になる。今は、何物にも取り付いていないから、俺の強く記憶がある姿が見えているんだと思う」
「??」
「まぁ、お前から見て俺がどう見えているか、というのは俺にもわからない。ただ、反応を見るに、俺が魂と肉体が分離されたときの姿だろうな」
「そうなのかな? ううん、難しい」
「それよりも、お前。虚影を探しているって言ったな?」
ようやく話がはじまりに戻ってきた。僕は、頷いて答える。
「うん。理由はわからないんだけど、虚影を探さないといけないような気がするんだ」
「そういえば、お前も記憶がないんだな」
「うん。実は、君よりもよっぽど酷い状態かも……」
「難儀だな。俺も、あまり記憶がない。しかし、気になることはある」
「気になること?」
問えば、ギルバートは眉根を寄せて答えた。
「俺の肉体の在処だ。昔、虚影はそのことを濁した。だから、もしかしたら未だ俺の肉体はどこかにあるかもしれない。まぁ、あれからどれぐらい経っているかもわからないが……。あれだけの災害だ。流石に、記録は残っているに違いない」
「それを探しに行きたいって言うの?」
「そうだな。何にせよ、ここでずっと時間を潰すわけにもいかないだろう?」
平然として言うギルバートに、僕は少しだけ戸惑う。確かに、ギルバートの言うことは最ものように思う。でも、あまりにも冷静過ぎないか、とも思うのだ。僕と同じように、記憶がない筈なのに。そんな僕の表情を何と思ったのか、ギルバートは困ったように肩を竦める。
「言っておくが、俺だって全てに納得しているわけじゃない。ただ、こういうときは何かしら目標があったほうが良いんだ。それは、過去の……いや、記憶はなくとも、経験がそうだったからな」
その言葉は、自分が何もないことを突き付けられたようで、少しだけ胸に刺さった。つっかえながら僕は言う。
「なんだか、凄いね。僕は、虚影を探したいって思っているのに、何も浮かばないや」
語尾は自嘲気味な声色になってしまった。ギルバートが僕を見て、何かを言いかけた。しかし、直ぐに口を閉じてしまう。
「ギルバート?」
「人だ」
「えっ?」
振り返ると、細い木の向こうに、確かに人がいた。笠を被っていて顔はわからないが、長い髪とすらりとした体躯をしている。僕たち以外にも人がいる。その嬉しさに、僕はとっさに手をあげた。
「待て、カガミ――」
背後のギルバートの声を無視して、僕はそのまま大きな声で呼びかけた。
「あのー! 聞こえますかー?!」
背後で溜息がした。木の向こうの笠が揺れて、くるりと半回転する。遠くの瞳と目が合うと、その人は早足でこっちに向かいはじめた。
「まったく、相手がどういう奴かもわからないのに」
と、ギルバートはぶつぶつと呟いている。そんなギルバートに、僕は言った。
「それは、これから聞くんでしょ? 僕たちには、足りないものが多いんだから。誰かに聞いたほうが良いと思って」
「……」
「怒った? 僕は、ギルバートと違って経験がないから。君を無視して悪かったとは思うけど、その」
そこまで言うと、ギルバートは「わかった」と僕の言葉を打ち切った。諦めたような、なんとも言えない顔で僕を見る。
「別に、経験がないことは悪いことじゃない」
それだけ言って、ギルバートは腕を組んで目を伏せた。怒ってはいないらしい。呆れてはいるかもしれないけど。パサ、パサ、と葉を踏む足音が近づいてきて、僕は足音の方を見る。
そこには、笠を被った長身の人がいた。近くで見て、男性だとわかる。薄緑と金が混じった膝まで伸びた長い髪。肩から吊って腰辺りにかごをぶら下げている。薄手の長いベストはつるりとした白い生地で、緑の装飾が幾つもついていた。垂れた細長い瞳は、色々な色が混ざっていて、一見しただけでは何色かわからない。その男性は、僕と目が合うと、明るい声で言った。
「やあ、子供が一人旅ですか? 危ないですよ、一人ですと」
「こんにちは。えっと、こどもが、ひとり……?」
僕は一人じゃない、と言おうとしたのを、ギルバートが止める。
「カガミ。やはり、俺はお前にしか見えないようだな」
「どうしました? ああ、精霊とお話でもされていたのですかね?」
「精霊?」今度は何だ、と僕の頭の中がハテナで埋め尽くされる。彼は、微笑みながら言う。
「この森は、珍しい。精霊の住む森ですから。私や貴方のように、精霊の存在を信じる者に祝福を与えてくれます」
精霊、とギルバートが呟く。そして、どこか納得したように続けた。
「なるほど。過去にも精霊の存在を信じる奴がいるとは聞いていたが、噂の域をでないぐらいには少数だった筈だ。まさか、実在したとは。しかし、ということは……。はぁ、学園までの道のりは険しくなりそうだ」
「ちょ、ちょっと。良くわかんないこと言わないでよ。一人で勝手に納得しないで」
「おや、どうしました? 貴方も精霊に会いに来たのではなく?」
「あっ、えっと」
まずい、と慌ててギルバートを見る。しかし、ギルバートはしれっとした顔で横を向いていた。どうやら、僕を助ける気はないらしい。いや、そもそもギルバートにはどうにもできないことなのだ。僕は覚悟して、彼に向き直る。
「あの、僕は、その。精霊のことは良くわからないんだけど、虚影って人を探しているんです」
「虚影? キョエイ、ですか?」
「はい。あの、何か心当たりとか、知ってることがあれば、教えて欲しいです」
「……」
彼は「うーん」と考え込み、少ししてから口を開いた。
「虚影という精霊は、残念ながら私は知りません。でも、ミーメルなら知っているかもしれませんね。ミーメルは、私の良きパートナーです」
「あっ、そのミーメルさんは、今どこに?」
「ミーメルは家にいます。最近、あまり調子が良くないのです。そうだ、今から私の家に来れば良いです。精霊を探すにしても、その姿ではあまり良くないですから」
「は、はい。はい?」
姿? と思いつつ、僕は頷く。すると、彼は嬉しそうに笑った。さっと僕の手を掴み、優しく握る。
「それでは、早速行きましょう。いいえ、私は貴方を疑っていませんよ。貴方に精霊の祝福がありますように、と思っているのです」
「え? はぁ、はい。ありがとうございます」
なんだか、彼の言葉は頭に入ってきづらい。困惑する僕の横で、ギルバートが呆れたように言う。
「どうにも頓珍漢な喋りだな。精霊信仰の論文は幾つか読んだことがあるが、あれは誤字でも脱字でも、書き間違いでもなかったのか……」
「……」
頓珍漢。ギルバートの言うことが、なんとなくわかってしまった。彼は、にこにこしたまま、僕の手を引いて歩く。手のひらが、じんわりと暖かい。その温度は、どこかで感じたことがあった。
◎◎
「どうぞ、遠慮しないで。まずは、椅子に座ってください。衣服の好みはありますか? なければ、私が一番良いものを用意します」
「え、ええと。お任せします」
「わかりました。それでは、ゆっくりくつろいで。そこまで時間はかかりませんよ」
そう言うと、彼は僕に背を向けて奥の部屋に入っていった。静かな空気が満ちて、僕は周囲を見渡した。
彼――背の高い男の家は、こじんまりとした造りの、でも、どこか温かさのある家だった。壁も床も木で造られており、家具も全て木製だ。僕が座った椅子も、目の前のテーブルも、不思議と良い香りがする。爽やかな新緑の香り。丸いテーブルには、紫と赤のじぐざぐの刺繍の入ったクロスがかけられている。部屋の一角の台所らしい場所だけは、石の窯や鉄製の料理器具が並んでいた。壁には、枠に入った絵や、何に使うのかわからない器具が飾られている。
「家は珍しいか?」
と、立ったまま僕を眺めていたギルバートが言う。
「珍しい、かな。どうだろう。でも、落ち着かないわけじゃないんだ。だから、僕も家がなかったわけじゃないと思う」
「それなら良かった。少し、ここに来るまでに考えていたことがある。虚影とお前についてだ」
「虚影のこと?」
ああ、とギルバートは頷いた。
「俺は、虚影と友人に近い仲だった。しかし、虚影の家族について深く聞いたことはない。ただ、学園の虚影はどうにも貧乏という風貌ではなかった。いや、そもそも学園は優秀且つそれなりの生活基盤がなければ入学すらままならないんだ。だから、虚影の家庭も、そこそこ良い暮らしをしている筈だと」
「それで?」
「おかしいだろう? 何故、虚影の家族のお前が、家もなく、あんな場所で、こんな姿で倒れていたのか。……学園の災害があった後、どれぐらいの時間が経ったかはわからない。しかし、今の世界は、俺の知る世界からかなり剥離している可能性がある」
「……あの、その、さっきも気になったんだけど。僕の、姿っていうのは?」
「……」
それきり、ギルバートは黙り込んで答える気はないようだった。気まずい空気が流れている。と、思っているのは僕だけで、ギルバートはまた思案に耽っている。暫くして、奥の扉が開いた。
「お待たせしました。人と会うのは久しぶりで、ついつい熱が入ってしまいましたよ」
「あ、ありがとうございます」
彼の両手いっぱいに服が抱えられている。あれで、五日は服に困らなそうだ。彼は服の山を僕に渡すと、奥の部屋を振り返ってみる。
「着替えは、あちらの部屋でどうぞ。おや、それは? びぃ玉ですか?」
服を持つために開いた手のひらに置かれたびぃ玉を見て、彼は言った。僕は頷く。
「はい、そうです」
「とても綺麗ですね。普通のびぃ玉とは違う。精霊のご加護でしょうか? もし良ければ、そのびぃ玉、私に預けていただけませんか?」
「えっ」
「絶対に断れ」
ギルバートが、珍しく鋭い声をだした。僕は二人に挟まれて、言葉に迷う。でも、僕もギルバートと同じ気持ちだった。このびぃ玉は、誰かに渡してはいけないのだ。
「あ、あの、えっと、これは、その、とても大事なもので……」
「ええ、預けるだけですとも。とても綺麗なびぃ玉ですから。貴方も、もっと一緒にいたいでしょう? だから、貴方が着替えている間に、身に着けやすいように細工をしようと思うのです」
「細工?」
「はい。私、こう見えても昔は装飾品を作る仕事をしていたのです。大丈夫、ミーメルに誓って、貴方を悲しませはしません」
「……」
ちらり、とギルバートを見る。ギルバートは「断れ」と口だけで言った。でも、と。僕はびぃ玉がある手のひらを彼に向ける。
「それじゃあ、お願いします」
ギルバートが溜息を吐くのが聞こえた。とうとう、怒ったのかもしれない。でも、僕にはどうしても、彼が悪い人には見えなかったのだ。彼は嬉しそうに微笑み、僕からびぃ玉を受け取った。そして、僕はギルバートから逃げるように奥の部屋に走った。
◎◎
「どうですか? これで、もっと一緒にいられるでしょう?」
長身の彼がくれた服を着替えて戻ってくると、彼はお茶を淹れてくれていた。そして、僕の姿を眺めて嬉しそうに笑うと、僕が渡したびぃ玉をネックレスに加工したものをくれた。確かに、これなら失くしそうにない。僕がネックレスを着けると、また嬉しそうに笑った。
そして、椅子に座るように促され、彼が淹れたお茶が前に置かれる。僕の正面に彼が座り、目が合うと彼は口を開いた。
「そういえば、自己紹介が未だでしたか。私はリタリス。貴方は?」
「カガミ。カガミって言います」
「カガミ。とても良い名前ですね。まるで、ううん、精霊の名前のようです」
「あ、ありがとう。あの、リタリス。虚影のことなんだけど」
「虚影?」
「うん。君のパートナーのミーメル、さんが、虚影のことを知ってるかもって」
「ああ! ミーメルは何でも知っていますから。きっと、その虚影も知っていると思いますよ。でも」
と、リタリスは言葉を切った。
「ミーメルは、私以外と話せないのです。だから、私からミーメルに聞きましょう。さて、何が聞きたいのですか?」
「……え、っと」
「カガミ」
と、ギルバートが僕を呼ぶ。目が合って、声をかけてくれて良かったと思った。正直、何て言ったら良いかわからなかったのだ。
「お前は、虚影について話すことはできないだろう。だが、少し気になることがある。だから、ミーメルについてアイツに聞いてみてくれないか?」
「ミーメルについて?」
「ああ、そうだ」
「ミーメルについて、ですか?」
リタリスの声で、ハッとする。どうやら、リタリスは僕がギルバートに言ったことを、自分に言われたのだと思ったらしい。当たり前か。僕は何度も頷く。リタリスは少し思案して、口を開く。
「ミーメルは、僕の良きパートナーです。星が一回転したあの日から、ずっと僕の隣にいてくれます。僕は、ミーメルを大事に思っているし、ミーメルも僕を大事に思ってくれている。そういう関係なのです」
「……」
リタリスの回答に、僕はじんとしてしまった。ミーメルのことは知らないが、本当にお互いが思いやっていること、いや、リタリスが心底ミーメルを愛していることをしみじみと感じたからだ。でも、ギルバートは違った。僕に言う。
「星が一回転した日とは何かを指すのか聞いてくれ」
「……星が一回転した日って、何ですか?」
「おや、知らないのですか? 誰しもが知っていると思っていました。あの、この星に槍が刺さった日のことです。私たちは、星が一回転した日と呼んでいます」
「槍が刺さった?」
「危うく、この星は分断されるところだった、と聞いています。でも、星は分たれなかった。まるで、私とミーメルのように。……ですが、今もあの日は私たちを蝕んでいます。分たれなかったものがある一方で、分たれてしまったものもある。誰もが、分たれる前の日々に戻ろうとしているのです。だから、人は星が一回転した日、とあの日のことを語ります」
「……」
ギルバート、と目でギルバートを見る。ギルバートは何か深く考え込んでいるようだった。タン、とテーブルを叩く音がして見る。リタリスは僕をじっと見つめていた。
「このことを知らないなんて、まるで貴方は精霊のようです。精霊は、何も知りませんから。この星のことも、人間のことも、私たちの未来のことも……。でも、それが救いになることもあるのです。カガミ、貴方は」
そう言って、リタリスは柔らかに微笑む。
「貴方は、精霊を信じますか?」
「……僕、は」
「信じている、と言っておけ」
ギルバートの声がして、僕は慌てて続けた。
「僕は、いや、僕も信じてる」
「本当ですか?」
その真剣な眼差しに、唾を飲む。ここからは、僕の本当の気持ちを話さないといけないと思った。だから、僕はギルバートを見なかった。そして、自分の本心を話したのだ。
「うん、だって。リタリスは僕を助けてくれたんだし、その人が大事にしてるものも、僕は信じるから。僕がわかることは少ないけど、リタリスのことは、信じてる」
そう言うと、リタリスはどこか遠くを見つめて、嬉しそうに笑った。本当に、嬉しそうに笑う人だと思った。
「ありがとうございます、カガミ。もしかしたら、貴方は……」
言い淀んで、結局、リタリスはその先を言わなかった。その後は、これまでの話をなかったことにするように、リタリスは別のことを話した。森のこと、釣りが好きなこと、料理や細工といった細かい作業が得意なこと。その言葉の通り、リタリスは豪勢な食事を用意してくれた。そして、夜も遅くなったので、僕はリタリスの家に泊まることにしたのだ。
◎◎
夜、誰もが寝静まった頃。ぴしゃ、と顔面に冷たいものを感じて僕は飛び起きた。慌てて辺りを見渡す。部屋は真っ暗で、光もない。だけど、僕のベッドの直ぐ横に誰かが立っていた。
「ギ、ギルバート……?」
いや、誰かではない。そこには、ギルバートが立っていた。
「呑気に眠っている場合か? 来い、あの男の過去を暴いてやる」
「な、何? 何の話?」
ギルバートの言っていることがわからず、僕は戸惑う。ギルバートは腰に手を当てて、当たり前のように言った。
「お前、おかしいと思わなかったのか? アイツは、昼間にこう言った。精霊は何も知らない、と」
「それがどうしたの?」
「それを言えるのは、全てを知っている人間だけだ。つまり、アイツは、星が一回転した日のことを知っている。そして、恐らく星が一回転した日というのは……」
「もしかして、魔道科学学園の」
ギルバートが、虚影によって魂と肉体を分離させられた日。その前に、ギルバートは災害にあった。もし、その災害と星が一回転した日が同じだとしたら。
「恐らく、だ。推定の域を超えていない。ただ、アイツは嘘を吐いている。いや、そう演じているんだろう。まずは、カガミ。ミーメルを探そう」
「ミーメルを?」
「ああ、アイツはこの家にミーメルがいると言った。それは嘘じゃないと思う。俺の、」
「経験?」
そう言うと、ギルバートは珍しく首を横に振った。
「いや、俺の直感だ」
「……」
珍しく、僕が溜息を吐く番だった。しかし、ギルバートは表情を変えない。結局、僕はギルバートの言う通りにするしかないのだ。何せ、僕には記憶も経験もないのだから。
「うん、わかったよ。でも、ミーメルを探すって、どんな人かもわからないのに」
「兎に角、家の中を探そう。アイツの口ぶりだと、二人暮らしのようだった」
それはそうだ、と僕は思った。仕方なく、僕はベッドから降りる。と、ふと見たギルバートの姿がいつもと変わらないことに気づく。そうか、ギルバートは魂だけの存在だから、いつも姿が変わらないのだ。改めて、自分の姿を見る。リタリスがくれた、ふかふかのパジャマを着ている。なんだか、ちょっとだけギルバートよりも偉くなった気がした。そんな僕を見て、ギルバートは不思議そうな顔をしていた。
「どうした?」
「ううん、何でもない」
今の気持ちをギルバートに言ったら、大変なことになりそうだったので、僕は首を振って歩きはじめた。でも、二歩、三歩歩いて、急に寂しくなった。もし、僕が今日のリタリスのように、ギルバートに似合いそうな服を選んだとしても、ギルバートはその服を着られない。それが、寂しくて、寂しさを通り過ぎると悲しくなった。
「……」
あまりに悲しくなったので、ふと立ち止まって振り返った。僕の後をついていたギルバートが首を傾げる。
「ギルバート……」
と、名前を呼ぶとギルバートは「何だ?」と答えた。
「なんでもない……」
「何でもなくないだろう。俺は、そういう面倒なやりとりが苦手なんだ。何が言いたい?」
「えっと、あの、ギルバートは」
想像通り、憤然とするギルバートに、僕は言う。
「ギルバートは、好きな服とか、ある?」
「は?」
ギルバートは面食らった顔をして、呆れたように言った。
「俺は服に頓着しない。学園時代は、二日周期で同じ服を着まわしていた。それが何だ?」
僕はギルバートと短い付き合いではあるけども、その答えは、とてもギルバートらしいと思った。そして、僕の悩みはそれによって、解決された。きっと、僕がギルバートに似合うと言ってプレゼントした服も、一生着られずに生涯を終えるだろう……と。
「そっか、ありがとう」
「何だったんだ、今のは」
「気にしないで。それじゃあ、ミーメルを探しに行こう」
ギルバートは訝し気に僕を見る。その視線を無視して、僕は扉を開いた。
◎◎
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