掌編3つ
昔に書いた掌編らしきものが残っていました。
若さとは良いものです(他人事)
ラストノート
君が死んだという話を聞いたよ。遠いところに行ってしまったなんて誤魔化さなくても良いんだよ。僕ももうすぐ二十歳になるからね。君は死んでしまった。もう一生会えないんだ。ちゃんとわかっているから安心して欲しい。
君はいつも言っていた。
「皆、頭がおかしいんだ」って。僕も同じだった。だけど、それを口にしたらいけないって子供の頃から思っていた。何でだろう。今ではもうわからないけど、世の中には口にして良いことと悪いことがあるらしいんだ。
だから、君と出会って始めて僕は口に出せた。
「皆、狂ってる」
そうだ、皆狂ってる。あれほど恐れていたのに、口にしてみても世界は何ともなかった。地球が爆発してしまうんじゃないかって思っていたのに、不思議なもんだ。
「君だけだ、わかってくれるのは」
君はそう言った。僕も頷いた。僕の世界の中で、君だけは狂っていなかったね。それにどれだけ救われたか。筆舌に尽くしがたい。
でも、そんな君も死んでしまった。きっと君は世界の真理に気づいてしまったんじゃないかって思うんだ。どうだろう。
だって、君が死んだら僕も気づいちゃったんだ。
皆が狂ってるんじゃない、僕が狂ってるんだ。
世界が狂ってるんじゃない、僕が狂ってるんだ。
ね、気づいちゃった。だから僕はこの世界からいなくなることにします。僕が生きるには、この世界はちょっと合わないみたい。君も気づいちゃったから、死んだんだと思う。
僕が死んでも泣いてくれる人はいないんじゃないかな。だって、もともと僕は世界から必要とされてなかったんだからさ。何かの間違いで生まれちゃったんだ。だから、元に戻るだけなんだよ。
でも、少しだけ悔しいな。君が死んだとき、僕は泣いた。だけど、僕が死んだら誰も泣いてくれない。僕を残して死んだ君が羨ましい。僕もそうしちゃえば良かったのかもね。
本当は、何かの間違いで皆と同じになれたらって考えるんだ。でも、やっぱりそんなのは無理な話で、僕は相変わらず狂ったままだ。
ねえ、君が死んだのが本当はとても悲しいよ。君が生きていたら、こんな僕の背中を押してくれただろうか。それとも、「君も狂ってる」って言うだろうか。そう言って欲しいよ。
君に会いたい。
脈拍
私は貴方にそう多くは望まない。
ただ、早朝に起きて朝食の用意をする前に。
そして、夜が更けて寝床に入った後に。
私の脈をはかってくれないだろうか。
手首でも耳の裏でも、どこでも良い。
私に触れて、私の脈を測って欲しい。
そう、それだけで良い。あとは何も望まない。
「そんなので良いんですか」
そう、貴方にとってはそんなものかもしれない。
でも、私が生きるにはそれが必要なんだ。
時折、私は不安になる。
私はもう死んでいるんじゃないかと。
だから、君に教えて欲しい。
君の世界でも私が生きていることを。
毎朝、毎晩、ずっと、ずっと。
君の掌に私の脈が触れていることを、教えて欲しいんだ。
ほら、生きているだろう。
いま、いきている。
My Lover
君は僕に恋をした。僕も君に恋をした。運命の人だって思った。君もそう言ってくれた。同じ時間を過ごす内に、君はふと言う。
「君の声があまりに魅力的だから、きっと皆が君を好きになってしまう」
そう言って、君は僕の舌を抜いた。自己中も極まりないと思う。でも僕はそれを受け入れた。そうして喋れなくなった僕は君の傍にいたのだ。それなのに、君はある日言った。
「やっぱり、僕達運命の人じゃなかったんだ」なんて。
舌をなくした僕を放り捨てて、君はまた別の人に恋焦がれる。僕は舌をなくしたまま別の人と恋に落ちた。まるで運命の人みたい、そう思ったら君のことを思い出した。君も僕も変わらない、エゴイズムの塊なんだなって。
僕は君を思い出しながら、新しい人に目玉をあげた。でも、やっぱりその人も運命の人じゃなかったんだから仕方がない。それが世の中だとしたって、悲しいものは悲しい。
そうして僕は出会う人に何かを捧げて、結局は骨と皮だけになってしまった。骨と皮になった僕は道端に転がったまま。ふと影が落ちて、口に何かを差し込まれる。舌だ。随分昔になくした舌が、僕の口内を叩く。君が僕を覗き込む。懐かしい色に、僕は空白の瞳から涙を落とした。
僕達、運命の人じゃなかったかもしれない。だけど、僕は君のことが好きだった。出会ったときからわかっていたんだ。
勝手な妄想で僕の舌を抜いた挙句に「運命の人じゃなかった」って捨てた癖に、こうして骨と皮だけになったら僕に舌を返しにやって来てくれる。そういう少し頭がおかしい君のことが愛しくて堪らない。だから僕は残った舌で君にキスを贈った。
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