天使を最適化してアップロード


 BL風味。



 日記を書くようになったのは、二年前からだ。誰に言うほどでもないけれど、どこかに残しておいたほうが良いような気がして書きはじめた。蒸し暑くて眠れない夜などに、よく書いている。日記というよりは、小説じみていた。

 僕の職場は、全面真っ白で目に痛い。仕事が立て込んだ日の夕方は、目の前がチカチカして見える。疲れているのだ、みんな平等に。そう思うと、愚痴すらも吐けなくなる。我慢した溜め息を飲み込んで、清廉潔白の仮面を被りなおす。真っ白な制服は、僕の肺に落ちた溜め息の黒さを隠してくれているだろうか。
「ミーチェ、機嫌が悪そうだな」
 名前を呼ばれて顔をあげると、同僚のレオが立っていた。オレンジ色の髪と赤い瞳に、僕と同じ真っ白な制服。レオは僕よりも少しだけ背が高い。僕は椅子に座ったまま、少しだけ姿勢を崩した。
「機嫌、は悪くない」
「面倒な仕事を押しつけられた?」
「いや、」
「嫌いな上司と昼飯で鉢合わせた?」
「違う。というか、あまりそういう言葉を使うなよ」
「そういう言葉」
 そういう言葉、と繰り返し、レオは悪戯っ子のような笑顔を浮かべた。
「嫌だよなぁ。俺、前々から思ってるんだぜ。愚痴ぐらい吐いたって死にゃあしないだろうって」
「そういう言葉を口にすると、心まで汚くなる。ご存知ない?」
「存じてるさ。でもさ、そういう言葉を口にするから心が汚くなるのか、そもそも心が汚いからそういう言葉を口にするのか。どっちだと思う?」
「なら、今以上に汚くならないよう、努力すべきである」
 そこまで言って、僕はレオを見る。レオは、胡散臭い垂れた瞳で僕を見ていた。
「どうだ、前向きだろう?」そう続けると、レオは「確かに」と笑った。そして、肩を竦めてみせる。
「相変わらず模範的だな。ここまでくると、どこか俺の知らないところで帳尻を合わせてるとしか思えない」
「馬鹿言うな。勝手に僕を犯罪者にするんじゃないよ」
 何を言っても納得がいかないようなレオに呆れてしまう。レオとは会社の同期で、出会って二年ぐらいになる。昔から、何かと僕に突っかかってくる奴だった。危うく溜め息を吐きそうになって、慌てて咳払いで誤魔化した。呆れながらも僕は言う。
「何でそう、そこまで僕にそういう言葉を吐かせたいのか。僕が降格しても、君の給料はあがらないだろうけど」
 僕の言葉に、レオは首を振って否定する。「そういうんじゃないさ」と。
「ただ、俺は俺って奴を割と信用しているんだ。だから、きっとお前も俺と同じところがあるんじゃないか、って。まぁそういう期待をしてる」
 そんな自己中心的な考えを、普通の顔をして言う。前向きではあるが、それに付き合わされるこっちは堪ったもんじゃない。
「全く理解できないね」
「そうだろうな。ああ、そうだ。ミーチェ」
「ん?」
「これを」
 そう言ってレオが差し出したのは、一枚のカードだった。名刺と同じぐらいのサイズだろうか。そこには、こう書いてあった。
『こころのあんぜんをまもりましょう。心の安全ほすぴたる天界本店』
「……」
 開いた口が塞がらない、とはこういうときに使うのだろうか。違うような気もする。レオを見ると、笑顔だった。ぺらぺらと喋りだす。
「知ってるか? 今、休職する奴が増えてるって。しかも、休職してる奴って、真面目で模範的、評価の高かった社員ばっかりなんだぜ。だから、お前も気をつけろよ」
「余計なお世話だよ……」
 どうやら、レオはこの話がしたいだけだったようだ。仕事だけじゃない、別の疲労感が身体を襲う。カードを眺めて、返却するか悩んで、結局自分の机の引き出しに放り込んだ。
「まぁ、一応ありがとう」
 そう言うと、レオは満足気な顔で去って行った。机の上に重なった大量の書類を一枚手にとる。とある社員の休職に関する書類だった。道理で、ここ最近の仕事が多いわけだ。
「こころのあんぜんをまもりましょう、ね」
 ふ、と息が漏れた。これは溜め息ではない。だから、これぐらいは許される筈だ。口に出さなければ、僕は心が清いままでいられる。そして、僕は天使でいられるのだ。

 ◎◎

「ただいまー」
 と、玄関の扉を開けながら言う。一人暮らしの部屋は、それなりに広い。今の仕事に就いてから、遊び方を忘れてしまったように思う。その結果、衣食住に金を使うようになった。元々、あまり外に出ないタイプではあった。
 靴を靴箱に仕舞っていると、自分のではない足音が聞こえた。顔をあげると、そこには一人の男が立っている。褪せた黒髪に、灰色の瞳。レオと同じぐらいの背丈で、レオよりも幾らか細い。彼の名前は、アキラ。二年前から、僕と一緒に暮らしている。
「おかえりなさい」と、アキラは嬉しそうに言った。「うん、ただいま」と僕は答える。アキラが何かを期待するような目で僕をじっと見つめるので、僕からアキラを抱きしめてやった。顔を首筋に埋めると、恐らく夕飯であろう、香ばしい香りがした。
 アキラは人間で、僕のペットだ。本来なら処分される筈の人間だったけれど、何となくの僕の気まぐれでペットにした。人間のペットはそう珍しくはない。でも、天使の僕が、処分される筈だった人間をペットにするというのは、それなりに珍しいことだった。僕が人間をペットにしていることは、当時の上司ぐらいしか知らない。申請書の手続きで、僕のことを知る天使の署名が必要だったからだ。当時の上司は面倒事を避ける人で、僕からお願いした申請書の文章を特に深く読むこともなく、サインをした。後々内容を知ったらしく、暫くは食堂で会う度にネチネチと遠回しな皮肉を言われることになった。とはいえ、そんな上司のお陰で僕はアキラの飼い主になれたわけだから、それについては感謝している。心の中で「さっさとくたばれ」と思うことは自由だ。口に出すか出さないかが重要なのだから。

 アキラが作ってくれた夕飯は、今日も美味しかった。二年前と比べて、僕の生活水準は鰻登りだ。幾ら仕事が忙しくても、部屋は汚れていないし、美味しいご飯を食べることができる。それに、一番大切なこと。僕の心の安全は、健やかに保たれている。
 夕飯を食べ終えて、僕はリビングのソファに座り、溜めこんでいた映画を眺めていた。家事を済ませたアキラが、おずおずと僕の足元に座る。二年経っても、アキラは僕が言わなければソファに座らない。ソファの下にフローリングに座るのだ。それを見る度に、いつも何とも言えない心地になる。はじめは、寂しいのだと思っていた。僕はアキラのことをペットとして大事に思っている以上に、家族のようなものだと思っている。この心に嘘はない。だから、アキラには「僕と同じようにして良いんだよ」と言っていた。だけど、と考える瞬間がある。本当に、僕はそう思っているのだろうか。もし、僕が会社から帰ってきて、アキラがソファで映画を見ていたら、僕はどう思うのだろう。そんな妄想をする度に、頭の中の映像が黒塗りされて見えなくなる。そんな未来は有り得ない。アキラは、そうはしないだろう。僕がどれだけ優しくしても、アキラは二年前のあの頃から変わらない。そして、僕も変わらない。
 僕は、フローリングに座って僕の顔色を伺っているアキラを見る度に、この生物が愛しくて仕方がなくなるのだ。
「アキラ」
 と、名前を呼ぶと、アキラは僕を見上げた。伸びた前髪が目にかかっている。そろそろ美容院に行かないといけない。でも、このままでも良いとも思う。
「一緒に映画を見ようよ。ほら、ソファに座って」
 そう続けると、アキラは何度も首を縦に振った。嬉しそうに僕の隣に座る。そして、おずおずと僕の手に触れた。その手を握ると、本当に嬉しそうにアキラは笑う。その笑顔を見ると、今日の嫌なことが全て消えてしまうのだ。だから、僕の心の安全は保たれている。天使の僕が、人間のペットによって。

◎◎

 いつか殺してやろうと思う。思うだけだ。本当に殺すわけにはいかない。でも、殺してやりたいと思う。いや、死んでほしい。ぼくのことなんて関係のない場所で、くたばってほしい。ぼくのことを信頼しているだなんて戯言。ぼくのことを信じているのだと言う。信頼していると。ばかばかしい。あほらしい。この地下を走る泥水のように汚らしい。濾過もされずに這いずり回り、好き勝手にまき散らす、誰の役にも立たない言葉。気軽に信頼しているだなんて言うな。そう言っておけば。そう言っておけば、ぼくが喜んでしっぽを振ると思いこんでいる。その傲慢さが、ぼくを苛立たせる。ぼくは、お前の信頼なんてどうでも良い。お前なんかに信頼されなくて良い。くたばれ。くたばれ。くたばれ。はやく、くたばっ

◎◎

「あれ、ミーチェさん。この書類、誤字がありますよ」
 と、別部署の女性社員に言われて、肝が冷えた。絶対に今日申請しなければいけない書類なのに、誤字がある。自分が作成して、上司にも確認してもらった書類だ。ダブルチェックの無意味さを感じる。だけど、泣き言なんて言っていられない。直ぐに書類を作り直し、席にいない上司を何とか探しだして印鑑を貰い、申請書を手に最初の部署に戻ってきたときには、もう時計は午後になっていた。担当してくれた社員は、謝り倒す僕に「大丈夫ですよ」と優しく微笑んでくれた。確か、昨年入社したばかりの社員だったと思う。こんな人にまで面倒をかけてしまった自分を殺してやりたいぐらいだった。
 そして、その作業でほとんどの時間を費やしてしまった結果、無事に残業をすることになった。自分の脇の甘さに反省しながら、ひたすら書類と睨めっこする。
 一人。また一人と、職場から去って行く。「お疲れさまでした」の声に律儀に「お疲れさまでした」と言える自分で良かったと思う。癖になっているだけだ。心の中では、言葉にならない何かが溜まっていく。溜め息ではない何かが溢れてしまう。その前にリセットしなければ。そう思い、僕は休憩室に飛び込んだ。
「……づがれた」
 と、声にだすと多少はマシになった。何で、どうして、は家に帰るまで考えないようにしている。他にもやらなければいけない仕事は山ほどあって、それは自分の他の仕事の失敗に関係がない。ただ、順番が悪かっただけのことだ。そう思う。
 そう思うけれども、そう思いながらも、心がうまく制御できないときがある。何で、どうして、と。悶々として、頭を掻きむしりながら無性に喚きたくなる瞬間だ。
 と、聞き覚えのある声がした。慌てて、休憩室の隅に移動する。こんな無様な姿を見せるわけにはいかない。柱に隠れた、本当に隅の席だ。笑い声と一緒に、休憩室の扉が開く。
「本当に、まいっちゃうよなぁ」
 その声は、僕の上司だった。どうやら、他の社員と話しているらしい。心臓がばくばくと音をたてる。
「あの、彼のことですか?」
「そうそう。必死な顔で来たから何かと思ったら、申請書に誤字があったのでもう一度サインをください、ってさ」
「へー真面目ですね」
 上司が笑う。
「いやさぁ、俺からしたら。俺からしたらね。んなの自分で上手いことやれって話なわけよ」
「えー」
「優秀な奴なんだからさ、俺にやらせんなって」
「うわ、鬼上司」
「いや、だって優秀なんでしょ? 優秀なのに何でミスしてんの? ってなるだろ」
「それはそうかも」
「俺はアイツの優秀さを信頼してるわけ。俺をがっかりさせないで欲しいよなぁ。まぁ、未だにアイツが何言ってんのかわかんないときあるけど」
「出来る人って、何考えてるかわからないみたいなのありますもんね」
「はぁ? 俺が馬鹿だって言ってんのかよ!」
「いや、そうじゃないですけど!」
 はは、あはは。あははは。
 笑い声が聞こえる。遠くで、どこか遠くで聞こえる。どこか遠くで、何かが笑っている。
 まるで、海のようだった。波の満ち引き。満ちて、引いて、満ちて、引いて。ゆっくりと動いて、ゆっくりと音がする。ザザーン、ザーン。ザザーン、ザーン。そう、そういう光景。そういう音。海はただ、満ちて引いていく。
 それを眺める僕は、空虚だ。何もない。そうしているから。何もないようにしているから。一々、誰かの言葉の意味を考えないようにするのが一番良い。誰かを否定する言葉は、言わないほうが良い。面倒だ、嫌いだ、そういう言葉は、後ろ向きで、言った本人の心を苛ませてしまうから。そう思って良いのだと。それで良いのだと大義名分を与えてしまうから。
 そういう言葉は、口にしたら止まらず、土砂崩れのように全てをなかったことにしてしまうから。
「……」
「…………」
「………………」
「……おーい?」
 目の前を、何かが横切る。ふと、横切ったそれを見ると、誰かの指だった。そして、その向こうには、レオがいた。ぼんやりと歪んでいる。
「どうした? 呆けてたけど」
「……え?」
 その声にハッとする。レオが僕を覗きこんでいた。珍しく、眉が下がっている。いや、それよりもと、僕は休憩室の時計を見た。時刻は午後六時。
「はっ!」
 と、僕が叫んだ瞬間に、終業を知らせるチャイムが鳴った。リーン、ゴーン、カーン、コーン。ぼうっとした頭が覚醒する。ゆるゆると、ゆわゆわと。
「……」
「あ、ミーチェ?」
「……仕事」
「え、いや、お前体調悪そうだけど」
「大丈夫。レオ、ありがとう」
「へ? あ、どうも」
 僕は、自分でも思ったよりもきちんとした足取りで休憩室を出た。そうだ、仕事は死ぬほど溜まっている。戻ってやらなければいけないことはたくさんある。どこからが妄想で、どこからが現実かは、自分の机の書類を一枚見ればわかることなのだ。そう、書類の一枚でも見れば。
 それなのに、僕は自分の席に戻っても、机の上に積まれた書類を一枚も見なかった。見ないまま、鞄を掴んで、逃げるように職場から走り去った。

 自分の家の扉を開いて、靴を脱いで、靴箱に靴を仕舞う。いつもと同じことをしている。だけど、「ただいま」は言わなかった。何故か、言えなかった。心の奥がぐずぐずとしている。悶々としている。何が言いたいかもわからないし、何も言いたくもないのかもしれない。こんな心地になるのは久しぶりのことだった。
 自然と漏れた溜め息をそのままに、振り返る。と、アキラが立っていた。「ただいま」は言っていない。だけど、アキラはいつもと同じようにそこにいた。目が合うと、アキラは「あっ」と戸惑ったような声をだした。僕は、何も言えない。言うこともない。何を言ったら良いかもわからない。アキラはもじもじとエプロンを弄ったり、髪を弄ったりと忙しない。でも、僕を見ていた。
 そうだ、と思う。僕が「ただいま」と言って、「おかえりなさい」とアキラが言う。それが、僕達だった筈だ。だから、アキラも戸惑っている。僕が「ただいま」を言わないからだ。でも、どうにも僕は口を開けなかった。口を開いたら、自分でもわからない何かが溢れてしまいそうで、何も言えない。お互いに黙ったまま、どれぐらいの時間が経ったのだろう。短いのか長いのかもわからない。玄関には時計がなくて、僕も俯いてしまっていたからだ。長いこと、自分の足元を見ていた。
 ふと、咳が聞こえた。咳が一回、二回。コン、コンと。変な咳の音だった。だから、僕も顔を上げてしまった。瞬間、目が合う。アキラの瞳は僕を見ていた。きっと、ずっと僕を見ていたんだろうなと思うぐらいに、真っ直ぐに僕を見ていたのだ。
「おか、えりなさい」
 と、アキラは言った。変な調子の声だった。絞り出すような、変な声。いつもの声とは全然違う。同じことを言っているのに、はじめて言ったような声だった。アキラは顔を真っ赤にして口を開く。
「ミー、」
 何故だか、色んなものが溢れた。自分が考えていることや思っていること、我慢していることが何の意味もないことのように思えた。だから、僕はアキラを抱きしめた。いつもそうしているように。
「た、だいま」
 そう言うと、ぎゅうと抱きしめられた。まるで、いつものように。だけども、いつもとは違う。そんな確信があった。

◎◎

「最近、婚期が遅れてると思わないか」
 と、レオは煙草をふかしながら言う。僕は、どうやってこの場をやり過ごすかを考えていた。
 相変わらず、僕の業務は繁忙期さながらの様相だ。どうやら、レオの言うことは嘘ではなかったらしい。休職、休職、休職、退職、休職、休職、退職、入社。と、もうこれは何かの流行り病なのではないかと思うほどに人が入れ替わっている。いや、それとも僕が気づかなかっただけなのか。実は、昔から僕の会社はそういう会社で、ただ見ないようにしていただけだったのかもしれない。今日の仕事終わりの目途が立ったのが、午後十時だった。もう、僕以外の誰もいない。薄暗い不気味な職場にも耐性ができてしまった。凄まじい疲労感に、机の引き出しにしまっておいた煙草でも吸って気分転換をしようと思った。言い訳をすると、僕は職場で煙草は吸わないタイプではある。ただ、もう良いかと。どうせ、僕以外に残業している人はいないだろうと、そう思ってしまったのだ。
 結局、僕のその甘い考えは早々に打ち砕かれた。煙草を吸い始めて数分後に、見知った顔が盛大に溜め息を吐きながら喫煙所を訪れた。目が合って、数秒。まるで、ギャグのように煙草を落としそうになってしまった。
 そこからは、レオの独壇場だ。もう放っておいて欲しいと思う僕を無視して、べらべらと喋る、喋る。僕は、そういう言葉を言わない代わりに、大分煙草の煙を吐き出している。
「なぁ、聞いてる?」
「え、何が」
 肩を叩かれて、咄嗟に身を退く。レオは煙を吐き出しながら言った。
「だからさ。ペットだよ、ペット。最近、ペットを飼う奴が多すぎて、みんな結婚しないって話」
「はぁ?」
「上司がうるさいんだよ。お前もペット飼ってるのか、って」
「それ、セクハラでは?」
「まぁね。でも、全部セクハラで片づけたら、ただでさえ多い退職者がもっと増えるぜ。あと、俺はセクハラだとは思ってないし」
「じゃあ何なんだよ」
「お前、人間のペットってどう思う?」
 その問いに、一瞬答えるのが遅れた。煙草を口に咥えているから、不自然ではないだろう。そう思いながら、口を開く。
「どう思うって?」
「ニュースとか見ないタイプ? 今、飼えなくなったペットが問題らしいぜ。特に、人間の」
「あー、そういう話?」
「うーん、待てよ。違うな。捨てられたペット問題も大事なんだけど、俺が思ったのは……」
 うーん、と唸ってレオは「ああ」と思いだしたように続ける。
「あれ、ペットじゃないよな」
「は?」
「だって、見た目が同じだろ。俺は飼ったことないからわからないけど。でも、自分と同じ見た目の奴をペットとは思えないよなって思って。だから、人間をペットにしてる奴が結婚しないってのはさ」
「で?」
「あ、そういうの興味ない? 俺と同じだな」
「……」
 煙草の灰が落ちる。じりじりと、焦げるような熱さが指先に迫る。煙草を灰皿に捨てて、僕は喫煙所を出ようとした。ふと、のんびりとした、微かな独り言が背中越しに聞こえた。
「見た目が同じでも、違う生物なのにな」と。

 

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