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短編3作

もはや掌編。


アンリアル

 む、かしに恋人に言われた言葉が忘れられないのです。

 髪を染められずにいるのは、明るい色が似合わないと言われたから。ヘアカタログの短髪をスポーツマンみたいでダサいって笑われて、前髪も後ろ髪も、それ以上は切れなくなった。今以上になりたかったのに、今以下になるのが怖くなっちゃって、結局何もしなくなった。箪笥に服を入れるのが面倒になった。どうせ、何を着ても同じだと思うから。美容院に行くのが面倒になった。同じ長さに切るのなら、誰がやっても変わらないから。そんな日々を過ごし続けて、ある日突然、外に出るのが怖くなった。というか、外に出たら急に怖くなった。自分が普通の人間じゃないような、変な感覚。自分が生きてる場所は、本当に地球なのかってアホみたいなことを思った。でも、超真剣に思った。だって、もう何もかも知らない物が世の中には溢れていて、到底自分が知っていた世界とは違っていたから。えーうっそー、きもちわるい。なんて、自分のことを思って、思って思って。そんで、全部怖くなっちゃった。その日の晩、「実はこの世界は地獄だったんですよ」ってネタバラシ、ちょっと遅いんじゃないかって泣いた。

ヒステリー

 ギャーってなって、ギャーって怒るヒス持ちの奴とは一緒に暮らしていけない。「今は情緒不安定なんだ」とのたまえば何でもかんでも許されると思いこんでいる。「お前は情緒不安定なんじゃない、ただの精神異常者なんだ」と言えば、「弱者を馬鹿にするな」と、南無阿弥陀仏を知った江戸時代の人間のように「人類平等」をずっと繰り返してくる。もう何でこんな奴と一緒に暮らしているのか、と2日に1度は不思議に思う。悶々と悩む俺の気持ちなんて、どうでも良いって顔をしている。はいはい、そうですか。俺のことなんて1mmも興味がないのでしょうね。そもそも、俺の存在って認知されてますか。どうでも良いとかじゃなくて、もう別にいなくても良い人だと認定されている気がしなくもない。
「あー、そうでしょうね」と、誰もいない部屋で声をだす。しんとした薄暗い部屋で、自分の声だけが響くのだ。俺が馬鹿なところは、こういうときに安心したじゃなくて、寂しいと思ってしまうところ。最低の奴だよ、アイツは。俺がいなきゃ生きていけないよ。そんでさ、俺ぐらいだよ。「なんて、馬鹿みたいなことを考えてしまうのです」あー、馬鹿馬鹿しいや。本気で馬鹿。でもさ、こんな馬鹿な俺と付き合っていけるのは、コイツぐらいなのかもなって、考えちゃうんだよね。

運命

 全部面倒になった。偶々、出会った貴方が運命の人だと思いこんで数年。気づいたら成人してたし、何かふつーに生きてるし、でも別に死んでないだけで、毎日怠いし苦しいし何かしらに悩んでる。もうさ、生きてるだけで苦しい類の人間なんでしょうね。生まれながらに不治の病を抱えているとでも申しましょう。自分が面倒な人間だと認識したくなかった。自分って面倒臭い人間だなって四六時中思いながら生きていくなんて耐えられないよ。おい、誰か、僕を、正当化してくれ。なんて言ってもさ、言われたほうは迷惑だよね。ただのアル中の戯言だって思ってくれる相手なら、それでも良かったかも。だから、みんな酒が手放せないわけで。何ならクズのほうが良いわけで。
 なんかさ、冷静になって考えてみようよ。超真面目に考えるよ。毎日真面目に考えてるけど、もっともっと真面目に考えるよ。あー、でさ、悪いんだけど、いや、悪くはないか、悪くはないけど、だけど、思いだしてみた。僕と貴方が出会ったときのこと。何の変哲もない日だな、って今になって思うよ。でも、あのとき会わなかったら、きっとこうして一緒にいなかっただろうな。それを、不幸だと思うか、幸せだと思うかの違いなんだよね。
 僕はさ、貴方と会って幸せだなんて思ったことはないよ。厳密に言うなら、あったかもね。でも、今は毎日不幸の数を数えてる。あー、違うよ。不満があるわけじゃない。貴方は悪い人じゃない。何なら、僕が知る中でも良い人の部類に入ると思う。あー、ね、僕ってやっぱり面倒臭いんだよ。でも、それをあまり口にしたくない。「あたし自己中なんだ」って自分から笑ってほざく女が大嫌いなんだ。むかつくんだよ。いや、違う。むかつくのは本当だけど、一番むかつくのは、そういうことを言えない僕自身だったりする。「僕は面倒臭い人間だから触るなよ」ってさ、言えば良いんだ。僕の口から、その言葉が吐きだされてさ、空気に混じっちゃって、僕の呪詛が、大気汚染のモトになる。それも良いよね。そうしたら、僕は幸せになれるんだろうか。
 僕にも、幸せだって思ったことはあったよ。多分ね、覚えてないけど、幸せだなぁって思った。だから、今こうして不幸の数を数えてる。あのとき、鮮烈に感じた喜びっていうか、「もうこのまま死んでも良い」っていう感覚が、思いだせない。むしろ、悪いことばかり考える。思いだしたいのに、思いだせない。思いだせない自分は変な人間じゃないかってことばかり考えるようになったよ。あんなに大事だった筈のことを、思いだせないってどういうことなんだろう。多分、きっと、本当に、ちょっとだけでも僕にとって大事なものだった筈なのに。今は、もう全然思いだせない。だから、全部面倒になった。最初から面倒だったのかな、とも思う。
 あー、ね。偶々、偶然にして僕は貴方と出会った。偶然の出会いを、運命と呼ぶんだろうか。どう思う。運命の相手って、存在するのかな。あのさ、僕にとって貴方は運命の相手なのかって考えたり、何なら貴方にとって僕は運命の相手なのかって考えることが、もう。もう、酷く面倒になったんだ。貴方が僕を好きだと思ってくれるほど、僕は貴方のことが好きなのかってことがさっぱりわからなくて、でも、僕は何もかもを貴方に差しだしたいとは思えなくて。貴方が運命の相手だって思いこみたいけど、でもそうじゃないって思う余白がないと、僕はきっと生きていけない。こんな僕を、どうやって正当化したら良い。どうやったら正当化できるだろう。
 あー、それこそ、運命の相手だとすれば、こんな身勝手な僕ですら正当化できるんだろうか。


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