白揚社だより2020年秋号!
朝晩すっかり寒くなりました。白揚社だよりも秋号に切り替わりました(白揚社だよりとは、白揚社の本に挟んでいる出版案内のことです)。「白揚社だより秋号」は今月発行の『コンピューターは人のように話せるか?』から挟んでいますので、書店で見かけたら、ぜひ手に取ってご覧ください!
▼「白揚社だよりVol.6」の表紙
表紙は『戦争の物理学』です。
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今回の注目書◇『事実はなぜ人の意見を変えられないのか』◆ポピュラーサイエンス書研究家の鈴木裕也さんが注目する一冊を紹介
『事実はなぜ人の意見を変えられないのか』ターリ・シャーロット 著 上原直子 訳 四六判・2500円+税
最新科学に基づいた「説得の極意」
新型コロナウイルス対策で、感染抑制策と経済政策のどちらを優先するか。メディアでは連日、それぞれの立場の意見を紹介するだけで、いつまでたっても結論が出ない。そういえば、福島原発事故の時も原発推進派と反原発派がお互いの主張を訴えているだけだった。深夜の討論番組も国会論戦も同じだ。論議を尽くすと言っておきながら、お互いの主張を繰り返すだけで、誰もが最後まで自分の意見を曲げることはない。世の学者や政治家はなんて頑固なんだろうと呆れ返っていたが、本書を読んで頑固なのは学者や政治家だけじゃないことがよ~くわかった。
そもそも人の脳は何百万年も前からの産物であり、大量のデータを入手しやすくなった現在の価値基準を用いて判断を下さないのだ。脳が判断を下す価値基準はデータや論理ではなく、意欲・恐怖・希望・欲望といった人間の中核にある。しかも、人は自分の意見を否定するような情報を提供されると、新しい反論を思いつき、さらに頑固になるという。要するに、人は自説を裏付けるデータだけを信じ、反対意見には見向きもしない傾向がある。なるほど、コロナ対策も原発政策もまとまらないわけだ。
では、人の主義主張を変えることはできないかというと、そんなことはない。本書には、興味深い実例がたくさん紹介されている。たとえば、手を洗わない病院スタッフに手を洗わせるためのプロジェクトの事例は面白い。この病院にはジェル状の手指消毒剤と洗面台が備え付けられており、手洗い推奨の注意書きも貼られていたが、手洗い順守率は驚くほど低かった。そこで監視カメラを導入して監視を強化したが、これも失敗。手洗いをしたのはわずか1割だった。次に電光掲示板を設置して手洗い順守率を表示した。手を洗うたびに数値が上がるこの装置で、スタッフの達成感を刺激したところ、なんと手洗い順守率は90%まで上昇したのだ。作戦は大成功だった。
運動不足の夫をジムに通わせる魔法のひと言
もっと簡単な例もある。いくら指摘しても運動不足を改めない夫が、珍しくジムから帰ってきたときに、妻は「鍛えた筋肉が素敵」と言っただけで、夫はジム通いを続けた。手洗いの例と同じで、警告や監視という強制よりも、誉め言葉や掲示板の数値の上昇という喜びのほうが人に影響力を与えやすいというわけだ。
認知神経科学という心理学と脳科学が交わる領域の専門家である著者は、多くの実験結果やエピソードとともに効果的な説得の技法を本書で伝授している。そして、税金を払ってもいいと思わせるための秘策、満身創痍のマイケル・チャンが全仏オープンで、ランキング1位のレンドルを破った理由、アマゾンのレビューはどこまで信じられるかなど、興味深い疑問にもわかりやすい回答を示している。
さすがに説得の技法の専門家である。本書を読み進むうちに、私も職場や友人との会話や議論の際に、この説得方法を試してみたいという気持ちになっていた。
(鈴木裕也・科学読み物研究家)
関連書 人間の行動の意外な側面に迫る本
今回の注目書のように、人の行動や心理についての本には、当たり前と思っていたことが覆されるおもしろさがあります。そんな「目からウロコ!」という本をさらに3冊紹介!
❶群れはなぜ同じ方向を目指すのか?
鳥や魚の群れは高度に統率の取れた動きをします。人間もそうだと言われると驚きませんか?人間も集団になると個人のときとは異なる性質が露わに。集団としての人を科学します。
レン・フィッシャー 著 松浦俊輔 訳 四六判・2400円+税
❷反共感論
「共感≠善」を訴える社会心理学書。共感はお隣さんを助けるのには有効ですが、遠くにいる顔の見えない大勢の人には働かない。そのため、政策など社会の仕組みを考える際にはむしろ害になることも。著者は共感に代わる理性の重要性を説きます。
ポール・ブルーム 著 高橋洋 訳 四六判・2600円+税
❸信頼はなぜ裏切られるのか
誰かを「信頼できるかどうか」考えるとき、人間性を見ようとしていませんか? もしそうなら、いつ裏切られてもおかしくありません。人間の心理は状況が許せば他人を裏切るようにプログラムされています。手がかりはその人が置かれた状況。詳しくは本書でお確かめください。
デイヴィッド・デステノ 著 寺町朋子 訳 四六判・2400円+税
白揚社の本棚◇『魚たちの愛すべき知的生活』◆マニアックになりがちな白揚社の本たち。その読みどころをカンタンに紹介
『魚たちの愛すべき知的生活』ジョナサン・バルコム 著 桃井緑美子 訳 四六判・2500円+税
釣りをする友人から、魚は痛みを感じないと聞かされ、驚いたことがあります。なんでも、もし魚が痛みを感じるのなら、釣り針が口に刺さった状態であんなに引っぱれるはずがないというのです。確かに、と納得しそうになりますが、それは早計であることが、『魚たちの愛すべき知的生活』を読むとはっきりします。魚は人間とは違う感覚世界に生きています。例えば、魚は体の表面にたくさん付いた化学センサーで水に溶けた物質を知覚でき、捕食された仲間の体から水に溶け出した体液をセンサーで捉え、天敵を察知します。これだけでも、人間の感覚で魚の感覚を推測するのは間違いだとわかるのではないでしょうか。
他にも、魚は仲間と協力して狩りをしたり、道具を使って貝を割ったり、非常に知的で、本書を読めば魚を見る目が一変します。魚好きにオススメの一冊。
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