営業的なもの:エレベーターのボタン押します
この世にはびこる営業的なもの。
それは時に滑稽であり、時に信仰の対象にもなりえます。
営業的なもの。
コンプライアンスやガバナンスが浸透しつつあるビジネス界隈では既に過去の遺物、とする説があります。しかしその一方でいまだに一部の業界や組織では幅をきかせているとも言われています。
そんな、超営業的現象を探る連載の第2回。今回はあなたの会社にもいるかもしれない、過剰反応する営業マンにメスを入れて考察してみたいと思います。
過剰反応。
それは時に新しい環境に慣れたり、馴染んだりする上では必要なことかもしれない。
「若いうちは我武者羅にやれ」「経験が浅いうちにトンガッておけ」「やりすぎるぐらいでちょうどいい」といったような言葉を若者に向けて昭和の先人たちはよく吐くが、私もこの手の意見はおおむね肯定派である。
特に、大学や高校を卒業したのちにお世話になる人生最初の会社。
こういう、ガラッと価値観も生活様式も何もかも変わるシチュエーションでは、ある一定の過剰反応はかえってプラスに働くものである。
昼過ぎぐらいまで惰眠を貪り、夕方からのそのそとパチンコに出かけ、夜は椎名町駅近くの『いもや』あるいは江古田駅前の『江古田コンパ』で安酒を煽る…そんな爛れた生活を送ってきた優羅志亜大学卒業生が、朝7時の人っ子一人いないオフィスで社員全員のデスクを拭く生活をはじめる。
誰よりも早く出社し、誰よりも遅くランチに出かけ(ただし誰よりも早食い)、誰よりも早く日報を提出し、誰よりも遅く退社する。
誰よりも大きな声で返事をし、誰よりも機敏に受電し、誰よりも爽やかに来客に挨拶する。誰よりも熱心に朝礼の話に宇奈月、誰よりも詳細に社長の話をメモに取る。
誰よりも率先して上司にお酌をし、誰よりも素直に上司の話に耳を傾ける。誰よりも心から上司の愚痴に共感し、誰よりも協力的に上司の引っ越しを手伝う。
まさに社会というか会社に過剰反応しているわけだが、そんな優羅志亜大学卒業生を周囲のおじさんたちはきっと温かい目で見守ることであろう。
そしていつしか、優羅志亜大学卒業生のあだ名は「Mr.◉◉(社名)」になり、営業部のエースとして未来を嘱望されるようになる。
どうだろうか、あなたの会社にもいないだろうか。こんな過剰反応君が。
以下から◉◉にはあなたの会社の社名を当てて読んでほしい。
ある日、Mr.◉◉君はオフィスビルでのマナーについてレクチャーを受ける。
人事教育担当はこう言う。
エレベーターを待つ時は扉の正面で立たない。
エレベーターでは降りる人が最優先である。
上司や来客と一緒の場合、先乗り後降りが基本。
扉の近くが下座、奥が上座。
できるだけ操作盤の前をキープせよ。
先輩や上司が操作盤の前にいたら変われ。
先輩や上司が操作盤の前にいたら変われ。
先輩や上司が操作盤の前にいたら変われ。
先輩や上司が操作盤の前にいたら変われ。
先輩や上司が操作盤の前にいたら変われ。
………
その日以来、Mr.◉◉君のエレベーターでの行動はビル全体での話題となった。
「変わりますッ!」
Mr.◉◉君はとにかく操作盤の前をキープしようとする。そして操作盤担当を自ら買ってでるようになったのだ。
その姿はまるでゴール下での桜木花道のようであった。
「変わりますッ!」
恐ろしいのはMr.◉◉君はどんなにエレベーターが混んでいても、グリグリと人をかき分けて「変わりますッ!」とやるのだ。
その度にグリグリされる人はみんなすっごく嫌な顔をするのだが、Mr.◉◉君はまったくお構いなしでグリグリ進む。
それでもエレベーター内が◉◉の社員だけの時はまだいい。「またはじまったよ、Mr.◉◉のスクリーンアウト(苦笑)」で済む。しかしやっかいなのは他社の社員さんが同乗している時もなんら変わらず「変わりますッ!」とやるのである。
一度など「変わりますッ!」と叫びつつ竜巻のようにキリモミ回転しながら操作盤に近づくMr.◉◉君を見て伊勢湾台風でも思い出したのだろうか、三河弁を喋る高齢者が気分を悪くして救急車で運ばれたぐらいだ。
そのうちビルに入居している企業の間でもMr.◉◉君の行動は問題とされ、ビル管理会社に連名で訴えられた。Mr.◉◉君は人事責任者に呼ばれてこってりと説教されたそうだ。
このMr.◉◉君は実在する。
(もちろんいろいろフィクション混ぜてます)
わたしはMr.◉◉君を誰が咎めることができよう、と思う一人だ。都内最強のFラン大学と揶揄される優羅志亜大学を卒業し、社会の荒波に揉まれつつもうまいことやっていくには彼ぐらいの過剰反応が必要だろう。
みんながMr.◉◉君の行動をせせら笑っている時、わたしはそれよりも本質を教えず表層のマナーだけを教える人事や会社の姿勢のほうが間違っているのではないか、とすら思った。
ちなみにMr.◉◉君は順当に出世をし、地方拠点の拠点長を務めたのち本社に戻り、事業部マネージャーをやっているそうだ。
しかしMr.◉◉君の部下は誰ひとりエレベーターに乗っても「変わりますッ!」とやらないらしい。ちょっと寂しいような気もする。
Mr.◉◉君のような過剰反応。これこそ令和に受け継ぎたい営業的なものではないだろうか。
(たぶんつづきます)