見出し画像

0.3秒のごあいさつ、3分間のおもてなし

ずいぶん前の話になりますが、国内トップシェアのコインパーキング運営企業からお仕事の依頼をいただきました。

その会社はパーキングを生業にしながらもすでにそのまなざしをもう一段も二段も上に向けており、僕が取材にお邪魔した時点で総合モビリティカンパニーとしての存在感を発揮していらっしゃいました。

とはいえ現場で日々動き回るパーキングスタッフの人員は常に充足しているわけではなく、どちらかというとあまり倍率の高い職種ではないことから採用は決して楽観視できる状況ではありませんでした。

特に東京に続々とオープンするハイエンドな商業施設の地下駐車場に勤務するスタッフは別名パーキングコンシェルジュと呼ばれ、ひとクラス上のおもてなしを求められる仕事。いわゆる駐車場の誘導員とは一線を画すサービス業です。

だからいわゆるアルバイト募集のような「勤務地」「時給」「勤務日数」以上!みたいな安易な採用ではなく、しっかりと仕事内容と魅力を伝えた上でホスピタリティ精神のある人材を採用したい、ということで僕のところにご相談がやってきたというわけでした。


こういうご相談のときに僕がやることは、いかに先入観を覆せるか、に尽きます。

人気があまりない職業というのは往々にしてイメージが良くないんですね。しかしよくよく話を聞いてみると、実はとても面白い側面があったりする。それが残念な先入観、固定観念に邪魔されて、はなっから選択肢に入れてもらえないというケースがほとんどです

そのために僕は必ず現地に足を運び、取材することにしています。その場で働いている第一線の人の口から語られることにこそ、思いもよらないエピソードがある。びっくりするような、先入観をふっとばすような宝物が見つかるんです。

この時のポイントはできるだけ固定イメージから乖離していること。意外性は採用コミュニケーションの中でも上位に位置するファクターです。

一日に2時間しか運転しないトラック運転手。
MBA取得支援制度がある介護施設の管理職。
誰とも話さないけど高収入が得られる営業職。

人間は意外性に弱い生き物です。

僕はこのエフェクトに『組員が雨に濡れた捨て猫を拾う効果』と名付けました。ちょっと違うかな、と思ったりもしますがまあいいでしょう。

当然、今回もそのパターンでいくか、と腹を決めて取材に出かけました。


僕がお話をうかがったのは都心にあるファッションビルの地下駐車場で活躍中のパーキングコンシェルジュ。ロケーションがロケーションなだけにフェラーリやランボルギーニといったスーパーカーの入庫もあるとのこと。

事前にそういう話を人事担当者から聞いていたので、クルマが好きな僕は当然ながらそのあたりについて徹底的に深堀りして面白そうな話を引き出そうと狙っていました。

休憩中のコンシェルジュに頭を下げて、控室でマイクを向けます。最初は当たり障りのない話題、前職の思い出などで緊張をほぐしていきます。

そしていまの仕事を選んだ理由、仕事の具体的な内容、一日の基本的なスケジュールなどを細かく聞いた後、いよいよ核心に迫る質問を。

「この仕事のいちばん面白い部分はどこですか?」

当然、ふだんなら触ることもできないスーパーカーを場合によっては入出庫したり、バレーパーキングサービスで運転できることです、という回答を期待していました。

そこからフェラーリ12気筒の音はどうだ、ランボルギーニのガルウィングドアはどこまで上げるのか、スーパーセブンのハンドリングは…とマニアックな質問で盛り上がろうと思っていたんです。

「瞬間のおもてなし、ですかね」

え?
どういうこと?

「まずお客様が駐車場にいらっしゃるでしょう、私たちがお車に近づいて会釈しますよね。その時コンマ3秒ぐらい、目と目だけのやりとりで心を通じあわせようとするんです。で、入庫まで2~3分ぐらいですかね、短い間のやりとりで精一杯のおもてなしをします。混雑してたりするとお客様のご気分もよろしくなかったりするので声のトーンにも気を配ったりね」

たった3分で、ですか?

「面白いもので何度もお顔をあわせていると覚えてくださるお客様もいらっしゃって。今日もいい笑顔だね、って声をかけていただけたり、差し入れをいただくこともあるんですよ」

パーキングの常連…

「そうですね、場所柄ということもあると思いますが、前職ではどんなに笑顔で接してもそれが当たり前と思われていたのですが、ここでは思いがけない喜びにつながることもあるんです」

僕はスーパーカーの話をするのをやめて、そのままその方のお話に耳を傾けることにしました。そして最後に決定的な質問をぶつけてみました。

パーキングコンシェルジュといったって、要は駐車場の誘導員です。そこまでやったとしてもお客様の記憶に残るのは、施設での楽しい思い出ではないでしょうか?

「それはそうかもしれません。ただ、お客様の楽しい時間は私たちなしにははじまらない、と思うんです」

施設の第一印象は、たった3分間のおもてなしで決まる。

スーパーカーの話もいいけれど、それ以上に強くて大きくて本質的な仕事の醍醐味がここにはあると思いました。

世の中には自分の仕事に誇りを持って働いている人がいます。表に出ないだけで結構いるんじゃないかな。僕はいつもそういう人にその仕事に就いてもらいたい、という思いで採用ステートメントをつくるようにしています。

だから僕自身も、僕にインタビュー記事を書いてもらいたい、ステートメントを書いてもらいたいと思ってもらえるような人間にならなくちゃ、と心がけているのです。なかなかなれないけれど。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?