
営業的なもの:消える社長室の壁
この世にはびこる営業的なもの。
それは時に滑稽であり、時に信仰の対象にもなりえます。
営業的なもの。
コンプライアンスやガバナンスが浸透しつつあるビジネス界隈では既に過去の遺物、とする説があります。しかしその一方でいまだに一部の業界や組織では幅をきかせているとも言われています。
たとえば月ごとの営業目標。
こちらのnoteの冒頭でも書きましたが、ほとんどすべての営業会社では営業日数が少なくても月の目標数字は変動しません。変わらないどころか前年や前月と比較して上がるケースも多い。
業界によって差はあるでしょうが、いわゆるニッパチといって2月と8月は業績が下がると言われています。すんごい昔から言われています。僕が社会に出る前から知っている符牒なので、本当に古くから伝わる商慣習でしょう。
もうみんないい加減知っているでしょう、2月と8月は暇になるよ。だから営業数字の達成も困難になるよ。1足す1は2という計算ができれば苦も無く理解できるはず。
しかし、である。
世の多くの営業マンは、だからと言って1〜2ヶ月前から対策を立てないのであります。もう太古の昔からとっくにわかっている、2月と8月の閑散期に対して何の手も打たないんです。
なぜか。
毎月ヒイヒイ言いながら単月目標を達成しているからそんな余裕はないのです。
そして。
2月だから、8月だからと言って下がりません営業目標。さっきも言ったけど上がることだってあります。
なぜだ。
なんでだ。
この数式に当てはめて考えると7月の平均気温が33度だとしたら8月は35度、9月は38度、10月は40度、11月は43度、12月は48度、年明け1月は…ということになる。
“右肩上がりしか認めない”
これこそ営業的といえるのではないでしょうか。
そんなふうに思っていたのが僕が営業会社に籍を置いていた頃だから約20年前。
にも関わらず。
こないだエックスかなにかで見たのですが、某人材大手企業では月の目標をハイ達成すると「よくがんばった!」といって翌月さらに高い目標が乗っかってくる。それを達成するとその翌月はさらなる繰り返しになる、と自嘲気味に書かれていました。
変わってない。
ぜんぜん変わってないじゃん。
この不条理ともいえる数字のマジック。
これを営業的といわずしてなんといおうか。
断っておきますが僕は営業という職種を否定するものではありません。むしろ肯定派です。それどころか営業ができるコピーライターとして長年禄を食んできました。文章を褒められるのは数えるほどですが営業成績については社内表彰されたこともある。
どれだけいいものをつくってもきちんと売れる道筋をつくれないと、そのプロダクトは日の目を見ない。いまさらだけど広告やマーケティングに携わる者はどこかに営業マンの素養を持ちえていないとやっていけません。
僕がここで取り上げていきたいのは、営業そのものではありません。
あくまで営業的なものです。
この世にはびこる営業的な現象について、拾い上げていきたいのであります。そして、これら営業的なものはいったいどこから生まれて、どこへ向かっていくのか。未来はあるのか。明日はどっちだ。そういったことにメスを入れたいのです。
メスを入れたらどうなるのか。
そんなことは知りません。
いまから20年ほど前。西新宿の高層ビルにオフィスを構える新進気鋭の不動産会社での出来事。ほんの少しでも具体に触れると社名や登場人物の面が簡単に割れるので抽象度高めで説明する。
その会社は独自のキワキワなビジネススキームで急成長を遂げていた。そのスキームを支えているのは現場のドブ板営業である。
当然ながら社内は殺伐としていた。H通信出身の営業部長、N証券出身の営業本部長が揃っているといえばもうこれ以上の説明は必要なかろう。
パーテーションもなくだだっ広いオフィスを案内されて歩くとあちこちで立ったまま営業電話をしている社員の姿が。デスクにはうず高く積まれた少年ジャンプ。その上にプッシュホンが置かれていた。
「ウチじゃあ1週間アポとれねえと、ああやって立って架電させんㇲよ」
眼光鋭い営業部長が解説してくれる。
「2週間過ぎると、こんどはアレ」
顎で指した先には左手と受話器と頭をビニールテープでグルグル巻にされた社員が、やはり立ったまま電話している。
そのままフロアの奥にある社長室に通された。
ちなみにこの日は日曜日。社長にインタビューを申し込んだら日曜日の夜しか空いていないという。仕方ないので担当営業と僕は指定された通り日曜の夜10時にオフィスを訪れた。
「おお、すまんね、そこ、座って」
ごま塩頭で大柄な男が胴間声で促す。大男は『CHICAGO BULLDOGS』と書かれた明らかにパチもん赤白スエットの上下でクラッチバッグを小脇に抱えてタバコを吸っていた。
これが社長か…
僕らが促されるがままソファに座ると営業本部長は直立不動で頭を下げた後、部屋をでていった。
「お前ら俺の話を聞きたいんだって?どんな話?」
「はい、社長がどういった経緯で会社を立ち上げられたのか、などを…」
そうか、まあちょっとこっち見てろ、と僕の話を華麗にスルーしながら社長は壁のスイッチを入れた。するとそれまで壁だと思っていた部分がまるで霧が晴れるかのようにガラスになっていくではないか。
「こ…これは!」
ニヤリと笑ったその刹那、細い眼の奥がギラン、と鋭い光を放つ。
社長室からはオフィスフロアが一望できる。当然、さきほど見た立ったまま電話させられている人質社員の姿も確認できた。
ドアをノックする音とともにセクシー女優がこれでもかというほど大胆なスリットスカートで登場し、オレンジ色の液体が入った小さなグラスをテーブルに置いた。セクシー女優は秘書であった。
「喉乾いたろう。まあ飲め」
もちろん断れるはずもなく、僕と営業は心の中で(南無三!)と唱えながらグラスに口をつけた。
するとそれはこの世のものとは思えないほど美味しい飲み物であった。僕はびっくりして夢中になって一気に飲み干した。隣を見ると営業マンも同様であった。
社長はそんな僕らをニヤニヤしながら眺めていた。
「社長、すみません、お時間もお時間なので早速お話をうかがいたく」
「おう、俺はな、北海道でな、暴走族のアタマだったんだよ。3つの族をまとめてな、北海道で一番デカい族な。それでなある日、ガソリンスタンドを爆破しちまったんだ。どうしようもねえだろ、ハハハ」
「はあ…」
この話はこれでおしまいである。
恐ろしいことにここから先の記憶がまったく飛んでしまっているのだ。気づいたら僕も営業マンも超高層ビルの警備員出入り口に立っていた。思わず目をあわせてお互いの無事を確認しあった。深夜2時だった。
この話はこれでおしまいである。
スイッチひとつでガラス張りに変わる社長室の壁。これ以上、営業的なものもない、と思いませんか?
壁の向こうを見る、見ないは全て社長の胸先三寸。生殺与奪の権を握る全知全能の神。それが営業会社における社長。ああ、なんて営業的なんでしょう。シビレます。
と、いうふうにこれからしばらく気が向いたら市井のビジネスマンの周りに漂う(漂っていた?)営業的なものを取り上げて読者のみなさんとモヤモヤした気分を共有したいと思います。どうぞよろしくお願いします。
それにしても僕は何を飲まされたんだろう。
おじさんコーラだったのかな。