カーボンニュートラルでも見られる専門家のタコツボ化を排せ 橘川武郎氏インタビュー(前編)
時間軸を縦軸に、幅広いエネルギ―源に横串を通して分析、施策を提示した本書
― 2024年3月に発売された本書は2020年9月に上梓された『エネルギー・シフト』のいわば姉妹書という位置付けです。わずか3年半のうちに、“妹”版を世に出された理由を教えていただけますか。
橘川 エネルギーを巡る世界と日本の状況変化があまりに目まぐるしいからです。前著はおかげさまで7刷まで刷を重ねたのですが、重版の際、たいてい「おわりに」に補記を追加する必要がありました。その内容は白桃書房ホームページからも読むことができます。今回も同じように追記しなくてはいけなくなると予想されるので、新たなトピックスが生じた場合、noteに連載することにしました。
前著は大まかに言えば、2018年7月に閣議決定された「第5次エネルギー基本計画」を批判的に検討し再生可能エネルギーの可能性を前面に押し出したもの、今著は2021年10月に閣議決定された「第6次エネルギー基本計画」を同じく批判的に検討しながら、2025年に完成予定の「第7次エネルギー基本計画」に向けての提言をまとめました。両著を通して読んでいただければ、今や国是と言って過言ではない2050年における日本のカーボンニュートラル化に向けた道筋をくっきりと辿ることができるはずです。
― 私は両著ともに読みました。いずれも太陽光・風・水・地熱といった再生可能エネルギーから原子力、石炭・ガス火力、そして水素・アンモニア・合成燃料といった新しい燃料源に至るまで、主要なエネルギー全てを扱い、しかも国際および国内政治、技術動向、エネルギー関連の各社の動き、そして需要サイドの話まで織り込みながら、読みやすく、コンパクトな内容に仕上がっていますね。
橘川 そう言っていただけるのは光栄です。その点は、よくも悪くも、私が経営学という文系の研究者で、また歴史家としてのトレーニングを受けてきた点が類書にはない魅力を生み出しているのではないかと思います。つまり、技術面にはあまり強くない一方、世に出ているエネルギー関連の書籍といえば、再生可能エネルギーに強い学者、原子力に詳しい研究者といったそれぞれの専門家が著者となるケースが多く、全体を俯瞰した見方が弱い。言葉を選ばずに言えば、タコツボ的書籍です。私は両著で歴史家の視点に立ち、時間軸を縦軸にしながら、エネルギー全般に横串を通し、あるべき施策を提示しています。
ポジティブな具体案を示さず不毛な議論を繰り広げる原発推進派と反対派
― しかも、エネルギー施策を決定するための政府の審議委員も務めていらっしゃいました。
橘川 年齢制限のため、昨年から外れてしまいましたが、約20年間にわたって、エネルギー政策の基本政策分科会委員として関わってきました。なぜ私がそんなに長く委員に選ばれ続けたかというと、理由は2つ考えられます。
1つは私が平気で政府に対する反対意見を主張するからです。そういう委員も1人くらいいたほうがいい。ガス抜き要員ですね(笑)。もう1つは原子力の活用について、私は中立派なんですが、推進派以上に具体的な議論をするからだと思います。
私は危険性回避の意味で、より安全性の高い、次世代革新炉へのリプレース(建て替え)を推進するべきだと思っています。圧倒的多数を占める原発推進派委員たちもそう思っていたはずなのに、まだ言わないほうが得策だと、だんまりを決め込む時期があったんです。今でも、次世代革新炉の建設は遠のき、既存炉の運転延長ばかりが進んでいます。既存の原発をそのまま使い続けられた方がコストがかからないからです。
原子力発電については、将来その比率を減らしていくという前提の下で、カーボンフリー水素の製造用に使えばいいと思います。現在、カーボンフリー水素は風力発電や太陽光発電を使ってつくるのが常識になっていますが、そうした再生可能エネルギーを使った発電は風任せ、太陽任せなので、稼働率が低いという弱点があります。当然、電解装置の稼働率も下がってしまいコストが上がってしまう。その点、原発は稼働率が高いですから、いつでも電解装置を動かすことができ、水素の製造が安定的に低コストで可能になるわけです。
現在のエネルギーミックスの下で原発を再稼働していくと、日本全体の発電量が増えてしまうので出力制御が必要となり、結果、再生可能エネルギーの発電量を減らすことになってしまうのですが、原発を水素供給用に使えば、それをしなくても済みます。原子力と再生可能エネルギーの両立も可能になる。こういった提案は原発推進派から積極的に出てくるべきなのに、それがない。反対派にも言えることですが、ポジティブな具体案を示さずに自分たちが好ましいと思う結論だけを言い合っている。そこに一石を投じたいと思って、この本を書いたんです。
原爆と原発、使用済み核燃料を巡る問題
― 将来の原爆保有の可能性を見据え、昨今の緊張の高まる安全保障環境も踏まえ、原発は絶対になくすべきではない、という意見もあります。
橘川 原爆保有には極めて強く反対します。日本は核兵器非保有国でありながら、使用済み核燃料の再処理を行うことを世界で唯一、認められています。その背景にあるのが日米原子力協定で、再処理でつくられるプルトニウムを平和利用するという大前提があります。この仕組みは絶対に維持しなければなりません。原発の延長上に原爆があるという考え方自体が、原発に対する世論を悪化させ、その未来を閉ざすものだと私は考えます。
― この5月、佐賀県玄海町が、原発から出る使用済み核燃料の処分地選定に向けた文献調査の受け入れを決めたことが話題になりました。
橘川 使用済み核燃料の処理方法には2つあり、1つはそのまま地中に埋めてしまうワンススルー方式、もう1つは埋めたりせずに化学処理を施しリサイクルする再処理方式です。前者が主流で、後者のやり方をしているのは日本やフランスに限られます。私は、フィンランドにある世界初の最終処分場「オンカロ」のモデルになったスウェーデンの実証施設を見に行ったことがありますが、同じ敷地内に原発が稼働していました。オンカロも同様です。つまり、原発立地内(オンサイト)の地中深くに核のごみを貯蔵しているのです。
このたび手を挙げた玄海町も実は原発立地地域に当たります。日本では原発立地地域を使用済み核燃料の最終処分場にすることはタブーでした。最終処分場にはしないという前提で、各原発がつくられていたからです。その原発立地地域が手を挙げた。先行して名乗りを挙げた北海道寿都(すっつ)町と神恵内(かもえない)村とは意味が違いますから、町長も勇気がいったと思います。
私はオンカロのように、原発立地内に最終処分場を設けるやり方に日本も移行せざるを得ないと見ています。
(中編に続く)