2人声劇『永遠への想い』
永遠への想い
菊人 司蝋
菊人 涼子
司蝋「大切な気持ちに気付かされるのは、大切なものが失くなりそうになってからだ」
涼子「大切な気持ちを抱き続ければ、その想いは永遠に続いていくと信じてる」
司蝋(N)嫁の涼子と知り合ったのは28歳の頃…ごく在り来りの会社で、在り来りの恋愛をして、在り来りのプロポーズをして結婚…その2年後に子供を授かり、守るべき者が増え仕事に奮闘。
子供が自立し子育てがひと段落終え、気づけば55歳…余生をのんびり過ごしていた65歳の冬時、涼子に病気が見つかった。
涼子(N)夫の司蝋と出会ったのは小さな町工場で働く夫が私の務める会社に営業で来た時だった…何度も食事に誘われ、根負け…それからも何回か食事に行くうちにお付き合いさせてもらい、夜の東京タワーの展望台で夜景を見ながらプロポーズをされ結婚。
プロポーズの言葉は『この夜景みたいに2人で人生を彩らないか?』だったかしらね。
結婚生活2年目にして『瞬』が産まれた。
守るべき者が増えた夫は仕事ばかりになり、昔ほど会話をしなくなっていった。
それでも夫を支え、何だかんだ夫に支えられ瞬は自立…夫と余生を過ごして60歳になった時、異変が起きた。
下半身の痺れ、つまづきが多くなった。
病院で診察した結果、脊柱管に腫瘍が出来ていた。
少し間を開けて
涼子「あら、今日は早いですね、お仕事お疲れ様」
司蝋「あぁ、部下が気を利かせてくれるから、毎日見舞いに来れる」
涼子「ここまで来るのも大変でしょ?無理しなくて良いわよ?」
司蝋「そうだな、無理しない程度に来るよ……どうだ調子は?」
涼子「えぇ、痺れや歩行に支障はあるけど車椅子で動いてるから体は元気よ」
司蝋「病気で入院してるんだから元気では無いだろ」
涼子「ふふ…それもそうね。手術まで3日、お医者さんが言うには成功確率はそこまで高くないみたい」
司蝋「大丈夫、お前なら乗り切れるさ」
涼子「そうね、そう…だといいわね」
司蝋「お前が居ないと飯に困る」
涼子「私が居ないとって…あなた、ご飯はどうしてるの?」
司蝋「ほとんどがメイリンさんのやってる弁当屋だな…たまに味噌汁とおにぎりくらいは作る」
涼子「あきれた…入院前に私が書いたレシピはどうしたのよ?」
司蝋「お前の味にならないから作ってない」
涼子「……仕方ない人…これじゃ何がなんでも手術は成功させなきゃダメじゃない」
司蝋「あぁ、じゃないと俺が困る」
涼子(N)手術の結果は腫瘍こそ取り除けたが歩行障害は残ってしまい、車椅子生活をする体になってしまった。
夫が結果を知った時は落胆しながらも『腫瘍が取れて命も助かったなら良い』とだけ言った。
しかし、その日を境に夫が見舞いに来る事が少なくなった。
涼子「最近、見舞いに来る日が少ないけど、何か趣味でも見つけたの?」
司蝋「そんなところだ…なかなか上手く出来なくてな…難しいもんだ」
涼子「私よりも大事な趣味って何かしらね」
司蝋「いじわるを言うな…退院すればわかる」
涼子「ふふふ…ちょっと言いたくなったのよ。趣味のお披露目、楽しみにしてるわね」
司蝋(N)手術の結果を聞いた時、歩けなくなった事より、妻の命が助かったことに安堵した。
家に帰り、これからの事を考えてると、今までの妻との思い出が溢れてきた。
在り来りだった結婚生活の大切さ、妻の偉大さ、涼子の手料理…思い出を振り返りながら、俺はある決意を固めた。
少し間を開けて
司蝋「退院おめでとう」
涼子「ありがとう…ようやく貴方の趣味が見れるわね」
司蝋「あまり期待はしないでくれよ?」
涼子「あら、大いに期待してるわよ」
司蝋「また、いじわるを言う」
涼子「ふふふ…ごめんなさいね」
少し間を開けて
司蝋「おかえりなさい」
涼子(N)玄関を開けた時、私は趣味の成果を見た…車椅子でも移動出来るようにバリアフリーになっていたのだ…玄関には車椅子のまま上がれるように緩やかな傾斜の台、トイレ・風呂場には支えの手すりと足が滑らないようにマット、車椅子のままでも食べれる高さのテーブル…全て、夫が手作りしていた。
涼子「あなた…これは……」
司蝋「あまりまじまじと見るな、不出来が目につく」
涼子(N)ぶっきらぼうに言い、そっぽを向く夫を見て私は涙が止まらなかった。
司蝋「腹減ったな、飯作るからお前は少しゆっくりしてろ」
泣き笑いしながら
涼子「……手伝いますよ?」
司蝋「大丈夫だから、ゆっくりしておけ」
涼子(N)そう言うと旦那は1人でキッチンに向かった…次第に聞こえる包丁の音、何かを炒める音、調味料の香り…味噌汁とおにぎりしか作れないはずの夫がちゃんと料理してるのに驚いた。
司蝋「さぁ、出来たぞ…肉野菜炒め・豆腐とワカメの味噌汁だけど良いか?」
涼子「あなたの手料理なら何でも食べるわよ」
司蝋「あまり期待するなよ」
涼子「大いに期待しますね」
司蝋「また、そうやっていじわるを…」
涼子「ふふふ…いただきます………この味…」
司蝋「あぁ、おまえの味にするの大変だった…あまり味わうな…微妙に違うのがバレる」
涼子「ありがとう…司蝋さん」
司蝋「今更、名前で呼ぶな…恥ずかしい」
司蝋(N)あの時、思い出を振り返りながら家の中を歩き回り妻が過ごしやすいようにしなければ、と思った。
今まで散々支えられてきたのだ…今度は俺が…
料理もそうだった今のままだと妻にろくな飯も食べさせてやれない…
本やスマホで調べ、DIYで家の中をバリアフリーにした。レシピを何度も試して料理を妻の味に近づけた。それが今まで支えてくれた妻への感謝だと、そう思った。
涼子「美味しい…」
司蝋(N)生まれて初めて言われた言葉…妻に久しく言ってなかった言葉…自分に足りないのは何か気付かされた言葉だった
司蝋「なぁ…今日の夜は何が食べたい?」
涼子「美味しいお昼ご飯食べてるのに、もう夕飯の話ですか?」
司蝋「お前に……涼子に美味しいと言ってもらいたいからな」
涼子「司蝋さん……ふふ、『何でもいいですよ』司蝋さんの作るものなら」
司蝋「それは俺が言ってた言葉じゃないか…またいじわるを言う」
涼子「ふふ、ごめんなさい」
司蝋「じゃあ、涼子の好きな炊き込みご飯と煮魚にするか」
涼子「それは司蝋さんが好きなメニューでしょ」
司蝋「そうだな…俺の好きなメニューだな。この肉野菜炒めも……これからは俺が支えるからな」
涼子「……えぇ、大いに期待してます」
司蝋「そうやって、いじわる言う」