声劇『衝動』
男2:女1のシナリオです。
性別変換はしないでください。
45分の長尺シナリオとなりますご注意ください。
一部グロ表現があります、ご注意ください。
衝動
冴木 十四郎(さえき とうしろう)
獅童 雅治(しどう まさはる)
中原 ユカ (なかはら ゆか)
タバコの煙を吐きながら
雅治(N)あの痛ましい事件から1年…こんな後味の悪い事件は俺の経験上、後にも先にも無かった。
……冴木十四郎、中原ユカ…そして俺。
早く忘れたいってのに…いつまでも頭にチラつく…犯人の最後の顔が。
場面転換
1年前…K県、警察署内
雅治「管轄内での殺人事件がこの2ヶ月で3件…害者は全て喉元を切り裂かれての失血死…しかも全員、舌を切り取られていた……ったく、とんだサイコ野郎がいたもんだ」
十四郎「獅童先輩、被害相談が入ってます。相談者の名前は『中原 ユカ』22歳、OL,最近仕事帰りに誰かに後をつけられてると…主な被害は今は無いみたいですが、最近の事件もありますから一応相談しておこうかと」
雅治「ストーカーか…まだ実害は出てないんだろ?下の連中に警戒巡回させとけよ」
十四郎「分かりました、一応念の為に住所と勤務先、連絡先を聞いておきます」
雅治「おぅ、頼むわ…あぁ、個人情報聞く時はちゃんと…」
十四郎「わかってます、きちんと説明して納得されたら…ですよね」
雅治「分かってんじゃねぇか…じゃ、頼むわぁ」
間
十四郎「中原 ユカさ~ん」
ユカ「あ、はい…どうでしたか?調べて頂けるんですか?」
十四郎「具体的な被害が無いので、申し訳ありませんが…警戒巡回を強化するので…」
ユカ「そう、ですか…すみません、ご迷惑おかけして…」
十四郎「いえ、こちらこそ申し訳ありません…もし何かあった時の為に住所、電話番号を控えておきたいのですが、大丈夫ですか?」
ユカ「あ、はい…何かあればよろしくお願いします」
十四郎「分かりました」
間
雅治「おぅ、お疲れ様…どうだった?」
十四郎「……」
雅治「十四郎?大丈夫か?」
十四郎「あ、はい!すみません…ちょっと考え事してたので……」
雅治「相談者か?何かあるのか?」
十四郎「はい、今までの害者の特徴と似てるかも…と思いまして、気になって」
雅治「害者の特徴か…22歳、OL、くらいじゃないのか?」
十四郎「まあ、そうなんですけど…肌の色とかが似てるなぁ…って思って」
雅治「今の若い子の肌なんて皆同じに見えるけどなぁ…」
十四郎「そんな事言ってると『オヤジ』扱いされますよ?」
雅治「いいんだよ、俺はもう『オヤジ』だからな…で、どうする?」
十四郎「気の所為とは思いますが……一応気にかけてみます…」
場面転換 数日後、夜
ユカ「お疲れ様です」
ユカ(N)最初は気のせいかと思っていた…人混みを歩くから、たまたま方向が同じなんだって。
でもそれは2、3日で間違いだと気づいた。
消えない気配、足音、聞こえないはずの息遣い…最近起きた殺人事件のニュースを思い出す。
被害者は同い年、私と同じOL…不安と恐怖が日ごとに増していった。
ユカ「警察に相談したから今日は大丈夫…大丈夫……よね?」
背後から聞こえる足音…
ユカ(N)嘘でしょ!?警察は何してるの!
足音はどんどん近づいてくる
ユカ(N)誰でもいいから助けて!怖い!
足跡が真後ろまで来る
十四郎「あの……」
セリフに被せるように
ユカ「きゃあぁぁぁぁぁ!」
十四郎「っ!落ち着いてください!昼間、警察署で対応致しました冴木です!」
ユカ「いやあぁぁ……って!あの時のお巡りさん!?す、すいません!私てっきり……」
十四郎「いえ、びっくりさせてしまって申し訳ありません。帰る姿がたまたま目に入ったので、声を掛けさせて頂いたんです。」
ユカ「本当にごめんなさい!わざわざ私の為に…ありがとうございます!」
十四郎「いえ、もし宜しければ家までお送りいたしますが…」
ユカ「本当ですか!?……はぁ、良かったぁ…実は怖くて仕方なかったんです」
十四郎「お気持ちお察しします。では立ち話しても遅くなりますので行きましょうか」
ユカ「はい!よろしくお願いします、お巡りさ……冴木…警部?」
十四郎「ははは、自分はまだ警部補です」
ユカ(N)冴木さんは私が怖くないように色々話してくれながら送ってくれた。
家に着く頃にはすっかり打ち解けて友達みたいな話し方になってた。
十四郎「ご自宅ここですか?」
ユカ「はい、本当にありがとうございます!あ、もし良かったらコーヒーでも飲んでいってください。送っていただいた…お礼、ですので」
十四郎「今日あった人をいきなり家に上げるのは危ないですよ?私も男ですから」
ユカ「……?あ!そういう意味じゃなくて!単なるお礼、と言うか……すみません、変な事言って」
十四郎「ま、でも喉が渇いてたのでコーヒーは頂きますね」
ユカ「っ!はいっ!」
間
十四郎「お邪魔します」
ユカ「すみません、汚くて…なかなか掃除する時間が…」
十四郎「いえいえ、大丈夫ですよ!自分の家も汚いので…一人暮らしだと掃除もままならないですよね」
ユカ「そうなんですよ…あ、先に着替えても良いですか?適当に座って待ってて下さい!」
十四郎「では失礼します…焦らないで良いですからね」
ユカ「はい、ありがとうございます!」
十四郎(N)それから少ししてユカさんは着替えて戻ってきた。
彼女の入れたコーヒーを頂き、しばらく談笑した後、俺は帰路に着いた
場面転換
数日後 警察署内
雅治「十四郎!おい、十四郎!」
十四郎「あ、すみません!先輩!ちょっと考え事してて」
雅治「実に面白い…そんな嘘を俺につくなんてな」
十四郎「…すみません…最近寝れてなくて」
雅治「ったく、しっかりしろよ…んで、犯人のことは何か掴んだのかよ?」
十四郎「いえ…現場には足跡、指紋、髪の毛、皮膚、何も無かったみたいです…ただ舌を切り取ったのはナイフのような切れ味の鋭い刃物では無い、利き手が左利きと言う事が分かったみたいです」
雅治「ほぅ…なんで左利きと分かったんだ?」
十四郎「刃物にも関係するのですが…恐らく犯人はハサミのようなもので舌を切り取ったのではないかと…その刃の形状、切り口から左利きと判明したようです」
雅治「とは言えなぁ…この街にはごまんといるぞ」
十四郎「今、前科のあるもの、その関係者で左利きの人物の洗い出しをしてます…何かヒットすれば良いのですが…」
雅治「そうだな……例の相談者どうなった?あれから何事も起きてないか?」
十四郎「え?…あ、あぁはい、何回かお会いしましたが大丈夫みたいですね」
雅治「そっか…何回か……ねぇ。さて、そろそろ昼か…飯行くか」
十四郎「今日はどうします?また蕎麦屋ですか?」
雅治「仕方ないだろ、小遣いでやりくりしなきゃならんのだから」
間
雅治「月見そばと明太おにぎり…十四郎は?」
十四郎「ん~、親子丼とミニそばで」
雅治「食うねぇ~……しかしまぁ、何かきっかけがあれば良いんだがな……若い女性、OL、左利きの犯人…これしか手掛かりないんじゃな……」
十四郎「はい…犯人はかなり綿密な計画と冷静に犯行を行ってる…としか」
雅治「なんの証拠、痕跡も無いんだろ?ったく、ちょっとはミスれっての……お、来た来た……頂きます」
場面転換
夜 警察署から少し離れた喫茶店内
ユカ「あ、十四郎さんお疲れ様です!」
十四郎「中原さんもお疲れ様です」
ユカ「もう、名前で呼んでくださいって言ってるじゃないですか」
十四郎「え?あぁ、すみません…職業柄、名前で呼ぶのに慣れてなくて……癖、みたいなものですから」
ユカ「もう…でも、十四郎さんと出会えてからストーカーみたいな事無くなったから良かったです!前までは帰宅するの本当に怖かったんですから。」
十四郎「それは良かったです…俺としても安心してくれたのなら声を掛けて正解でしたよ」
ユカ「ありがとうございます!おかげで毎日安心して過ごせます」
十四郎「そろそろ行きますか、帰るのが遅いと明日にも響きますから」
ユカ「はい、今日も一緒にお願いします」
間
十四郎「さて、家に到着…ですね。では俺はここで失礼します」
ユカ「……今日は…上がっていかないんですか?」
十四郎「まだやる事がありますので、今日は申し訳ありません」
ユカ「そう…ですか……頑張ってくださいね!また、一緒にお願いします」
十四郎「えぇ、こちらこそです……では」
場面転換
次の日の朝
十四郎「先輩!また新たな犯行が!」
雅治「あぁ、知ってる!ふざけやがって…しかも犯行がエスカレートしやがった」
十四郎「犯行がエスカレート?どういう事ですか?」
雅治「今までは室内の犯行だったろ…しかし今回は外での犯行、辺り一面に血が飛び散ってたらしい。衝動的になった証拠だ」
十四郎「衝動的…そんな事は……」
雅治「いや、今まで冷静に綺麗に室内で犯行に及んでいたのが、ここにきて外になった……きっと衝動的に犯行をに及ばなきゃならない何かがあったはずだ。その周辺、細かく捜査するぞ」
十四郎「っ!……はい。」
場面転換
犯行現場 外
雅治「まだ鑑識いるな…お疲れさん。状況報告書は…これか……死因は…絞殺による窒息?爪に布の繊維あり、舌は左利きのハサミで切り取られている…どういう事だ?衝動的にしては杜撰過ぎる………ん?これは…このメモは…」
垣根の根元からメモの破片を拾い上げる
雅治「やはり……どういう事だ」
十四郎「先輩、どうしたんですか?」
雅治「いや、なんでもない…ったく、どこ居たんだよ…ほら状況報告書だ……おまえ、どう思う?」
十四郎「周辺を調べてました…おかしいですね、今までの死因は喉を切り裂かれての失血死だったのに対して、今回は絞殺ですね。何故犯人は喉を切り裂かずに手で絞め殺したんでしょうか……先輩の言うように衝動的…」
雅治「あぁ……多分、犯人は自己の殺人衝動を抑えきれなくなってる…」
十四郎「だとしたら犯行がエスカレート…件数が増える事も懸念されますね。」
雅治「そうはさせんよ……そう言えばこの近くじゃ無かったか?例の相談者の住所は」
十四郎「えぇ、この近所ですね」
雅治「やけにあっさりしてるな……大丈夫なのか?家の近くで殺人事件が起こったんだぞ」
十四郎「何かあれば連絡するように言ってありますから」
雅治「そうか…この事件が報道されれば、また不安になるだろうから、ちゃんとケアしてや……」
携帯の音が鳴る
雅治「俺のじゃないな…十四郎、おまえじゃないか?」
十四郎「あ、すみません…ユカさんから?」
雅治「例の相談者か…」
十四郎「はい、スピーカーで出ますか?」
雅治「頼む…なんか胸騒ぎがする」
十四郎「もしもし、冴木です…ユカさん、どうしました?」
ユカ「十四郎さん!うちの、うちの……」
十四郎「ユカさん!?何があったんですか?」
雅治「貸せ…中原ユカさんですね?冴木の上司の獅童と申します。ゆっくりで良いですから落ち着いてください…何があったのですか?」
ユカ「朝…コンビニに行こうとして……外の郵便受けを見たら……その…」
雅治「何かあったんですね?『それ』は触りましたか?まだ郵便受けにありますか?」
ユカ「まだ…あります…あんなもの触りたくも無いです……」
雅治「分かりました、今ちょうど『捜査』で近くにいますので向かいます」
十四郎「ユカさん、大丈夫ですから…自分達が直ぐに行きますから、待っていてください」
ユカ「十四郎さん……はい」
雅治「すぐ行くぞ…彼女が心配だ」
十四郎「はい!」
間
ユカのマンションの入口
十四郎「ユカさん!大丈夫ですか!?」
ユカ「十四郎さん!わたし…その……」
雅治「中原ユカさんですね…先程電話致しました獅童です…さっそくですが何があったのでしょうか?」
ユカはチラリと郵便受けを見て指を指す。
雅治「見させてもらいますね」
雅治(N)郵便受けの中にあったのは透明のビニール袋に入った人間のものに見える舌だった。綺麗に洗われてるのか、血液はそこまで出てなく、生々しい舌の異様さが際立っていた。
十四郎「これは…人間の…ですか?」
雅治「まだわからん…十四郎、鑑識呼んでこい」
十四郎「はい!」
走り出す十四郎のポケットからライターが落ちる
十四郎「あ!…あれ?穴が…いつの間に」
小声で
雅治「やはり…」
ユカ「え?」
雅治「何やってんだ、早く鑑識呼んでこい」
十四郎「すみません!今、呼んできます!」
間
鑑識が郵便受け周辺を捜査している。
ユカ「あの…中に入っていたのは……『舌』ですよね…ここ最近の事件の被害者も舌を…私、狙われてるんですか?」
十四郎「そんな!……それは、分かりません…」
雅治「多分、その可能性が高いかと」
ユカ「っ!!」
十四郎「先輩!そんな事…」
雅治「ここまでされるのはイタズラや模倣犯じゃない、それぐらいお前も分かるだろ!」
ユカ「……私、どうすれば」
雅治「今から署に帰り、上の者にここに警官を常駐するように掛け合います。許可が降りたら直ぐにご連絡致しますので、それまでは部屋から出ないようお願いします」
ユカ「わかり……ました…十四郎さん…」
十四郎「大丈夫です、我々が必ず犯人を見つけ、ユカさんを守りますから」
雅治「よし、今はまだ鑑識も門に警官が居るから大丈夫だな。今のうちに行くぞ」
十四郎「はい」
十四郎(N)署に帰った俺たちは署長にユカさんのマンション警備常駐を願い出た。
先輩が凄い人なのかは分からないが、その提案はあっさりと許可が出た。
俺は直ぐにユカさんに連絡を入れると、安心したような声が聞こえてきた。
しかし…それから3日後
ユカ「十四郎さん!また…また郵便受けに!」
雅治(N)十四郎の報告を受け俺達は鑑識を引き連れてマンションへと向かった。
郵便受けには前回の時と同じようにビニール袋に入った舌とハサミだった。
ユカ「なんで!お巡りさんずっといるんじゃなかったんですか!?なのになんでまた…」
十四郎「ユカさん落ち着いてください」
ユカ「十四郎さん…私、死ぬの?」
雅治「そんな事にはなりませんから。大丈夫ですよ」
ユカ「でも!」
十四郎「先輩、何処に行ってたんですか?」
雅治「あぁ、周辺に手がかりが無いかと思ってな…徒労に終わったよ」
十四郎「…そう、ですか」
雅治「常駐していた奴も『不振な人物』は訪れてないと聞いたからな」
十四郎「では、犯人はどうやって郵便受けに……」
雅治「わからん…なんにせよ中原さんの護衛だが…」
十四郎「自分が直接警護します…どうですか、ユカさん?」
ユカ「はい、十四郎さんが警護してくれるなら安心ですが…」
雅治「やれやれ…これは仕事だと言うことを忘れるなよ?」
十四郎「はい!」
ユカ「ありがとうございます」
ユカ(N)…でも、私は心の底から安堵は出来なかった。十四郎さんがそばに居てくれる…それは安心出来ることなのに…『あの事』を聞いてからは、完全に不安はなくなる…とはいかなかった。
そして、その予感は……
間
2回目の脅しより4日後
ユカ「もしもし…中原です……今日、帰宅途中に……」
間
雅治「十四郎、今日も警護行けるか?」
十四郎「え?あ、はい…大丈夫です」
十四郎(N)常駐する話だが上層部の話では個人1人が警護はまずいらしく、一日おきに俺と先輩で交互に警護していた。
昨日は自分だったから今日は先輩の日だと思っていたのだが…
雅治「今日、上役に呼び出されてんだわ…だから今日は行けないんだ。スマンが中原さんの事頼むわぁ」
十四郎「分かりました!」
雅治「すまんな……よし、飯でも行くか!詫びに奢ってやるよ」
十四郎「珍しいですね、小遣い制なのに。また蕎麦屋…ですか?」
雅治「いや、今日は牛丼だ」
間
その夜 中原邸
ユカ「今日も十四郎さんなんですね!」
十四郎「えぇ、先輩は上役に呼び出しくらったみたいで」
ユカ「獅童さんもお忙しいんですね…なのに私の為に……」
十四郎「大丈夫です…そう、大丈夫」
ユカ「十四郎さん」
抱き合う2人
ユカ「十四郎さん、胸ポケットになにか入ってますか?ゴツゴツしてて…」
十四郎「あ、すみません。こんな仕事してますから護身用に…ね」
ユカ「護身用?」
十四郎「はい、昔から持ってるんです」
ユカ「な、何を…持っているんですか?前に抱きしめてくれた時は無かったので…」
十四郎「今は18時半…先輩が明日来るのは9時半……15時間もありますね」
ユカ「え、えぇ…」
ユカ(N)いや、やめて…私の不安は大きくなる……不安は『確証』に変わるほどに…十四郎さんの顔が…あの優しい笑みで話しかけてくれた、彼の顔が見えなくなるのを私は感じた。
十四郎「大丈夫ですよ…」
ユカ「そう…ですか……十四郎さん、お茶飲みませんか?」
十四郎「え?あ、あぁ…そうですね。いただきます」
ユカ「はい、少し待っててくださいね」
ユカ(N)震えるな、私…きっと大丈夫。『あの話が本当なら』
その時私は覚悟を決めた。
ユカ「コーヒー、どうぞ!今日はクッキーもあるの」
十四郎「ありがとう、クッキー付きとは贅沢だね」
十四郎(N)気のせいか…彼女の態度が変わったように思えた。
まさか気づかれたか…いや、気づかれても何も出来ないはず…そう、俺には胸ポケットのアレがあるのだから。
ユカ「十四郎さん、やっぱり犯人は私を狙っているんでしょうか…」
十四郎「先輩も言ってましたが…多分その可能性は高いかと思われます…常駐している警官も分からないほどに綿密な計画を立て、郵便受けに例のもの入れているんです」
ユカ「そう…ですよね……私がなにかしましたか!?普通に生きて!普通に仕事して!普通の人生送っていたのに!なんで、なんで私なんですか!?教えてください…十四郎さん…」
十四郎「ユカさん…」
ユカ「十四郎さん…なんですよね……犯人……」
十四郎「っ!!なにをっ!」
ユカ「今日は…ここに私を殺しに来たんですよね……」
十四郎「ユカさん……そんな事は…」
ユカ「良いんです…もしあの時に警察行かなければ私は貴方の顔すら分からないまま死んでいたんですから」
十四郎「そうですね…あの時、警察に来なければこんなに回りくどい計画をしなくて済んだんですけどね」
ユカ「そうですね…教えてください……なんで私だったんですか?」
十四郎「理由?理由ですか…そうですね…中原さんは食事をしたい、眠りたい、僕に抱かれたいと言う感情に理由を付けられますか?」
ユカ「え?」
十四郎「人間の欲求…3大欲求……食欲、睡眠欲、性欲…その他にも欲は沢山あります。
その1つその1つに理由をつけて行動しますか?」
ユカ「それと今はなんの関係があるんですか!どうして私なんですか!?教えてください!」
十四郎「関係あるんですよ…欲求、衝動は簡単に止められるものじゃない。
そう…殺人への欲求も。
理由を聞きたいんですよね…欲求、衝動ですよ……中原さんを殺したい、その喉元を切り裂きたい……それだけです」
ユカ「そんな…そんな理由で!
それならなんで今なんですか!今までもチャンスはいくらでもあったはずです!なんでなんですか!」
十四郎「あの時から…計画的に追い詰めるのが楽しいからですよ。徐々に怯える姿、そこに現れる安心出来る存在…その者に殺されるとわかった時の悲嘆と絶望の顔…最高のエンターテインメントと言えます。」
ユカ「そんな…私はあなたの娯楽の為に…」
十四郎「さあ、そろそろいいですか?貴女を殺して、処理して、掃除…やる事はいっぱいあるんです…覚悟は出来てるみたいですので」
十四郎(N)彼女の目から希望の光が消えた瞬間に俺の『衝動』は爆発した。
今まで我慢していたからなのだろう…心臓は早鐘を打ち、息は荒くなる。
胸にしまってあるナイフを取り出す…やっと殺せる…
ユカ(N)守られてると分かっているのに私は殺してと言わんばかりに首を差し出す…ゆっくりと十四郎さんが近づいてくる……近づいてくる度に今までの思い出が頭をよぎる。十四郎さんの声、笑顔、カフェ、私の家での思い出…自然と涙が止まらなかった。
雅治「そこまでだ、十四郎!」
十四郎「っ!?どうして!何故あなたがここにいるんですか!」
雅治「ナイフを置け!」
十四郎「……いつからですか?俺が犯人だと気付いたのは…」
雅治「……中原さんの郵便受けにビニール袋が入れられた時だ。垣根からこれを見つけた時からな…この紙、見覚えないか?
最後の文字…ユカ、そうだよ…お前が中原さんの住所を書いたメモだよ……害者の爪から検出された糸、お前のスーツと一緒だった。更にお前は『手で絞め殺した』と言った。あの段階では色々な可能性もあったのに…だ」
十四郎「そうか…あの時には既に特定されてるのかと思ったのに、俺は俺の『凶器』を特定してしまっていたのか…スーツの糸はどうして?俺はこのスーツを脱ぐ時は家でしか……まさか!」
雅治「あぁ、お前が中原さんの家を警護してる日に、お前の部屋にあった破れたスーツを鑑識が調べたんだよ。
そして…あの時、お前がライターを落とした…あの時には…こうなる予感はあったのかもな」
十四郎「確信に変わった時はいつですか?」
雅治「ビニール袋とハサミが入れられた時だ…あの時俺は常駐していた警官に聞いたんだよ『うちの者が来なかったか』とな…その時から俺の連絡先を中原さんに伝えて、些細なことでも何かあったら伝えるようにお願いしたんだよ」
十四郎「なるほど…俺は先輩に泳がされていたと…全てを見透かされて、食いつくまで…」
雅治「お前が勝手に泳いだんだ…そして俺が撒いた餌にお前は食いついてしまった。食いつくな、と言う俺の望みとは裏腹にな。
しかし、何がお前をそこまでの衝動に駆り立てたんだ?」
十四郎「先輩までそんな事を?言ったじゃないですか…欲求や衝動は理由が無いと」
雅治「はぐらかすな、その衝動を抑えられなくなった原因だよ。最初からその衝動が抑えられなかった訳じゃないだろ」
十四郎「っ!?……隠しても無駄ですね。
先輩、俺は親に虐待され、学校では虐められて過ごしたんですよ…誰にも頼れない、誰も助けてくれない、その思いは弱者を殺すことで満たされていった。
最初は虫、小動物だったんですよ。だけど対象が大きくなるのに時間はそう掛からなかったです。
吹き出す血、断末魔の叫び、消える命の炎…それを見る度に満たされていったんです。
そして人に変わった日…先輩なら調べてるんでしょうね。」
雅治「あぁ、冴木歳三…冴木紗奈美……12年前、2人の死体が発見された。
遺体は腹部と喉元を包丁で刺されての失血死…
場所は冴木家…1人の少年がタンスから発見、室内が荒らされてた事から強盗とされた……その犯行がお前なのか」
十四郎「えぇ、あの二人は俺を殴って怒鳴るだけ…野良犬と変わらないですから。
殺しても誰も困らない、気づかない、気にもとめないですから。
意外と冷静に殺せましたよ。その後の後始末も…強盗に見せ掛けて、タンスに入り震えてる…面白いくらいに強盗の犯行になりましたよ」
雅治「それからエスカレートしたのか…」
十四郎「エスカレート?違いますね。
完成されていったんですよ…」
雅治「殺しの作品…ってところか……それももう終わりだ。」
十四郎「そうですね…でもまだ仕上げが残ってるんですよ」
雅治「仕上げだと?何をするつもりだ!」
十四郎「ユカ…見てるか……俺の姿を目に焼き付けてくれ。お前が愛した俺の姿を」
ユカ「十四郎…さん?」
十四郎「さあ、最後の作品だ」
雅治「っ!?やめろ!!」
雅治(N)止めた時には遅かった…喉を切り裂き鮮血が部屋を染める…意識が無くなる前に更に舌を切り取っていた。
中原さんはそれを呆然と眺め、部屋が染まるのをただただ見ていた
雅治「っ!!馬鹿野郎が!」
ユカ「いやぁぁぁぁ!なんで!なんでですか!十四郎さんがなんで死ぬんですか!私も、十四郎さんも死なせない、逮捕します…そう言ったじゃないですか!」
雅治(N)泣き崩れ、十四郎の体に覆い被さる中原さんに対して、俺は何もしてやれなかった…救急隊が駆けつけた時は十四郎より中原さんの容態の方を気にかけてた。
中原さんの家は今までの現場とは正反対に…バラを敷きつめたかの様な赤い部屋になっていた。
場面転換
1ヶ月後
雅治(N)あの事件後、中原ユカは目の前で起こった事のショックで精神病院に入院…今も服薬治療しながら生活している。
俺は同僚の家に無断侵入した事、十四郎が犯人と知りつつ報告を上げなかった責任を取り辞職…今はひっそりと田舎で暮らしている。
夢に現れるあいつの最後の顔にうなされながら…
~完~