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【即興短編】No3 漣のこえ

 妹が死んだ。そんな訃報を聞いたのは翌日の昼過ぎの事だった。
 仕事が朝方までに及び、様々な事をしていればいつの間にか早朝。これはいけないと思い死ぬように眠ったのだ。そして昼過ぎに目が覚めて、いつも通り枕元のスマートフォンを確認する。近所に住む母親からメッセージが一件。そういえば、今日は夕方頃に行くと言っていたか。その件だろうと思いメッセージアプリを開いた。瞳に飛び込んで来たのは冗談のような、本当のような、一文。悪い冗談だと思った。
 現実、いや、冗談? 何も受け取る事が出来なかった。脳が処理する事を拒否していたからだ。だがこんな形で冗談を言うような母ではない。心を落ち着かせ、急いで出掛ける用意をしてから母に電話する。
「死んだって、本当?」
≪ええ、そうよ。今から警察に行くから、家に来てくれる?≫
「わかった、すぐ行く」
 淡々とした返事で電話を終わらせる。電話口の母は酷く冷静だったし、自分も冷静だった。涙は出なかった。
 妹と仲が悪かったわけではないし、むしろ周囲から見れば仲のいいきょうだいだったと思う。昨日も夕方頃にメッセージのやり取りをして、一週間のうち数度は連絡を取り合っていた。だから母より妹の状況は詳しかった。何だかんだよく遊んでいたし、年の近いせいかきょうだいというよりも友人に近かったかもしれない。互いの事は互いが一番知っている――なんて思っていたのだ。誰よりも、親よりも、自分自身よりも。
 そんな妹が何の前触れもなく死んだ。何をわかっていたのだろう、自分は。
 昨日やり取りしたのは他愛もない事。好きなゲームの事や、俳優の事。妹が追い詰められている事なんて一切知らなかった、いや、見なかっただけなのかもしれない。自分が気付いていれば、もっと気に掛けていられたら――そんな後悔が押し寄せる。
 けれど、もう、戻って来ない。
 失われた命が戻る事はないのだ。
 何を理解していたのか。昨日の自分に腹が立つばかりだ。所詮自分の事しか考えず、妹の何を理解していると思っていたのか。互いにメンタルは強いとは言えなかった。しかし、何処かでそんな事はないと思っていた。何故、思ったのかわからない。言い訳にしかならないけれど、死なないと、死ぬ事はないと思っていたのだ。
 何でも有り得る現実で、有り得ないなんて事は有り得ないのに。
 やるせない気持ちと、後悔、ただただ苦しい痛みが残る。それでも涙は流れる事はなかった。心が死んだというわけではない、ただ――半身が消えた気持ちだった。
「それでも、生きなきゃいけない」
 それだけは確かだった。
 何故妹が命を絶ったのかわからない。いいや、わかるわけがないのだ。妹の感情は、妹しかわからないのだから。けれど、こうやって悲しむ事が妹のためになるとは思えなかった。きっとそこにいたのなら、妹は叱咤し「ふざけるなよ」と罵倒でもしてくるだろう。女気のない妹だった。そこが可愛らしくもあり、ムカつくところでもあった。
 ――私が死んだら、後追いしそうだよな。
 ――ああ、するかもしれない。何だかんだ好きだし。
 ――はは、気持ち悪いな、死んでくれ。
 ――酷くない? なあ、酷くない?
 そんな他愛ない話を思い出す。いつ話した会話だったか忘れたけれど、確かにそう言った。そして今、妹は喪われた。ならば自分は後追いするのか――と言われるとしないと思うのだ。死んだところで妹が戻ってくるのか? 死んで、遺されるのは誰だ? 母親を一人遺して逝くのか? そんなもの、妹が許すわけがないだろう。
 人様に顔向け出来る人生を生きてきたわけじゃない。努力したり、認められたり、そんな人生を歩んできたわけじゃない。けれど、自分なりに満足のいく人生を生きてきた。やりたい事もある、まだまだやらなければならない事がある。それなのに無駄に捨てれば、妹はきっと怒るだろう。報われる事もないだろう、いいや、口も利いてくれないのかもしれない。それは何となく理解していた。
 ならば必死に生きるしかない。この思いを抱いて、妹の分まで生きるしかない。きっと、耐えきれなかった思いが溢れてしまったのだろう、だから妹は死ぬしかなかった。その気持ちは少しだけ、ううん、たくさん理解出来る。
 だからこそ、生きるのだ。漣のような人生を生きる――それが、既に喪われた妹への手向けかもしれない。ずっと前から、何処か、知っていた。
「……あ、涙」
 そう思うと頬を伝う水が、涙が溢れた。何だ、泣けるじゃないか。顔を整えたのに面倒だなあ、なんて思いながら涙を拭う。色んな感情の混ざり合った涙は塩の味がした。

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