こないだのつまみ #5 倉敷にて
倉敷育ちの友人に、店をいくつかおすすめしてもらっていた。
泊まっているホテル近くの居酒屋が17時オープン、まずはここに行ってみよう。開店と同時に訪ねて「空いてますよ、カウンターへどうぞ」と笑顔が返ってくる。うん、幸先いいぞ。
お通しです、と出された小鉢にはたことブロッコリーのナムルが。ひとかじりして「店選び、間違いなかった」とうれしくなる。ごま油の香らせ方がよくて、いいアテだよこりゃ。生ビールが進んでしまうな。
日生(ひなせ)のかき、ままかり(青魚の一種)、黄にらといった地元の名物が品書きに並ぶ。目で追ううち、岡山に来てるなあ……という気分が高まってきた。どれにしようか迷いつつ、ビールをあおる。品書きを前にあれこれ悩みながら飲む時間がたのしいのだ。
日生のかきは生でいただこう。わりにあっさりで食べやすい。焼きままかりの酢漬けは香ばしくて、ザクッとした食感もよかった。ゆでれんこん添えというのがうれしいじゃないの。気が利いているよね。
「ご旅行ですかあ」
人懐っこく、ご主人が話しかけてくれた。取材なんですよ。
「おや、明日? え、もう終わってこちらへ。ありがとうございます。じゃあいっぱい飲めますね、あははははは」
同い年ぐらいの彼は明るい人だった。こちらの二代目さんらしい。
「え、関東から。うちの子もそちらに行ってるんです。大学で。引っ越した当初は倉敷と違って雨は多いし地震も多いしなんてこぼしてましたが、すっかり慣れたみたいですねえ」
無駄のない手つきで鰆をたたきにしながら、ご主人が話を続ける。なんだか妙にチャームのある人で、身の上話がうっとうしくない。酒のつまみが一品増えた思いになった。
「晴れの国、岡山」なんていうぐらいで倉敷はやっぱり雨が少なく、ちょっとでも雨が降ろうものなら倉敷人は外出しないんですよ、ともいわれる。
「さっき小雨降ったでしょ、だからきょうはヒマですよ。あははははは」
そうなんですねと相槌を打ちながらビールをお代わり。さっきから気になっていた、ベルナール・ビュッフェの大きな絵のことを尋ねてみた。民芸調の店内でひときわ目立っている。
「うち、大原美術館も近いでしょ。だから昔から画家さんとか専門家の先生方もお見えになっていたそうなんです。そのうちの誰かが飲み代のかわりに置いてったらしいんですよねえ。本物と聞きますけど、わたしゃ分かりません。あははははは」
どんな画家がこのカウンターで酒を酌み交わしていたんだろう。
このままずっと話を聞いててもいいかな、なんて思ったところでお客さんふたりが入ってきた。やっぱり他も回りたいしな。すみませーん、お勘定を。
「ありがとうございます。倉敷の夜を楽しんできてください」
満面の笑顔で送り出してくれた。さっき入ってきたお客が「まず生ビール! あ、そうそう。恵方巻き2本予約しておきたいんだけど」なんて言うのを耳にしつつ、引き戸を閉める。
節分もじきだな。さて、次はどこへ行こうか。