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短編小説 雨夜の物語
*はじめに
この物語は全てフィクションです。
登場人物は全て架空であり実在しません。
*
成人年齢が18歳になって、それまで「成人
式」と呼ばれていた行事は、「20歳の集い」
に変わったらしい。
いずれにしても、成人の式典であることには
変わりはない。
学校を卒業してバラバラになった旧友たちに
久しぶりに会えるのもこの集いだ。
僕たちも式典に出ることを口実に当時の友達
を集めて二次会を企画した。
こういう企画をやる動機は単純で当時好き
だった女の子たちに会いたいのだ。
僕にも当時好きだった女の子はいたから、
会えるかもしれないと思うと嬉しくなった。
この二次会を仕切るのは当時、仲の良かった
グループの仕切り役だった藤原という奴だ。
他にも男は二人いて、西園寺と僕だ。
女の子も三人いて、僕は西宮という女の子が
当時好きだった。けれど片思いのままだ。
とても楽しみにしていたのに待ち合わせ場所
にしていた居酒屋に彼女たちは現れない。
「おい、どうしたんだ。藤原。
声掛けしたんじゃないのか?」
「そうなんだけどね。おかしいなあ。」
首をかしげてばかりの藤原。西園寺は黙って
座っている。昔から大人しかったけど今も
あまり変わっていないらしい。
女の子たちから携帯に連絡が来たらしく、
藤原が慌てて店の外に出ていく。外を見ると
雨が降っていた。
しばらくして戻ってくると、
「いや参った。
別のグループに誘われたらしく、
こっちには来れないって。ひどいな。」
藤原は雨に濡れた髪をハンカチで拭きながら
話す。
「そうか、久しぶりに会えると思って
楽しみにしてたんだけど、僕たちはそんな
扱いか。」
「まあまあ源。そんなに怒るなよ。
俺たちだけでも集まれたんだ。
久しぶりに飲もうぜ。」
僕の名は源(みなもと)というのだが藤原が
「ゲンでいいだろ」と言ってアダ名になって
いた。
釈然としないながらもこれはこれで良かった
かもしれない。
藤原は僕たちの機嫌をとるように飲み物や
食べ物を注文し、乾杯をする。
三人の近況報告や大学の話し、嫌な教授の
話しなど、酔いも手伝って三人とも気持ち
よく話をする。
西園寺も楽しそうでよかった。
「ところで、、、」
藤原が話を変える。
どうやら話したいことがあるらしい。
どうせあの話しだろ、と僕は思っていた。
あの話しとは、一人ひとり女性にまつわる
失敗談などを話して皆で笑おうという奴だ。
酒の席ではありがちの話しである。
「今日は残念ながら女性陣は来なかった
けれど、これはこれでいいじゃないか。
せっかくだからいつものやろうぜ。」
僕らはまたかと思いながらも藤原に酒の席
に呼ばれるということは、こうなると
分かっていた。
「じゃあ、まずは俺から・・」
そういって藤原は話しを始める。
*
俺は大学に入って少ししたころから独り暮
らしをするようになった。講義は午後が多
かったから、午前中はバイトを入れていた。
バイト先はよくある駅前のファースト
フード店だ。
そこで働くようになって2か月くらいした
ころ、由香という女の子が新しくバイトに
入ってきた。
由香は明るくて人懐こく、俺のことを先輩
先輩と呼んでくれてとても可愛い。
聞いたらまだ高校を卒業したばかりらしい。
大学にでも通っているのかと思い、聞いて
みたが、はぐらかして教えてくれない。
俺もあまり立ち入った話を聞くのは性分に
合わないからそれ以上は特に聞かなかった。
いま思えばこれがいけなかったのだと思う。
バイト先で顔を合わすたびに俺に気のある
素振りしか見せないから、俺はすっかり
その気になって由香を誘ってデートする
ことにした。
食事をして映画を観てそれで終わりにする
はずだった。いきなり寝たりするのは俺の
哲学に反するからだ。恋は熟したときに
果実を手にするのが俺の哲学だ。
だけどその日は少し違っていた。
彼女が妙に色っぽいのだ。
まだ20歳にもなってないのに、
なぜかとても惹かれる。
彼女の話しはとりとめのない雑談なのに、
俺の胸はどきどきして止まらない。
こんなことは久しぶりだった。
目線、唇の動き、指先のちょっとした動き、
すべてに心を奪われて、虜となっていた。
なぜこうなったのか。
俺はまっ白な天井に答えが書いてないか、
ずっと見つめていた。
次の日から彼女はバイト先に現れなかった。
電話をかけてもでない。俺は嫌な予感が
していた。
一か月が過ぎた頃、彼女がひょっこり
現れた。
いつもの通りの明るい笑顔。
その笑顔が俺には歪んで見えた。
彼女は俺をバイト先から少し離れた場所に
ある小さな喫茶店に呼び出した。
「わたしね、この間友達と一緒に
産婦人科に行ったの。」
俺は凍りつく。
今頃になって気がついた。
俺は大学の友達からこんな噂を聞いていた。
とてもきれいな可愛い女の子が誘ってきたら
気をつけろという話だ。
今、目の前にその現実があった。
「それでね、その友達があなたと話したい
って。今日来てくれてるから会って欲しい
んだ。」
その友達は想像通りの人だった。
それから先はあまり覚えていない。
いったい俺はどのくらい搾られたか。
生活もままならない状態が半年くらい
続いた。
もう限界と思ったころに
彼女からメールが来て、
「もう、許してあげる。」
この一通に救われた。
なぜかは今も分からない。
けれども、あれ以上搾られたら俺も何を
するかわからないところまで追い込まれて
いたし、たぶん、
彼女も面倒なことは望まないからだろう。
*
「そういうわけで俺は
今もここにいるんだ。」
藤原は他人事のように淡々と話しを
していた。
その様子に妙な説得力があった。
場を和ませようと僕はわざと茶化すように
いう。
「うーーん、シリアス過ぎて
信じられないなあ。お前のキャラと
合わないような、でも、すぐ手を出す
辺りはお前らしいし、、」
「信じる、信じないはお前次第さ。
さあ、今度は西園寺の番な。」
「西園寺はもう少し和ませてくれよ。
あいつのは恋バナじゃないから。
ホラーだから。」
とは僕。
西園寺はいう。
「僕もバイト先での話しなんだけど、
いいかな?」
「全然かまわないよ。」
と藤原が応じる。
西園寺がポツポツと話し出す。
*
僕は大学に入ってすぐにバイトを始めた。
独り暮らしをするには親からの仕送りだけ
では厳しかったからだ。
バイト先は大学の近くにあるアイス
クリームの店だ。
午後の講義が終わった夕方から入ることに
していた。日曜日もバイトしていた。
あまり聞いたことのないチェーン店で、
休日はそれなりにお客が入って忙しいん
だけど、夜になると閑散としていた。
場所のせいかもしれない。
国道沿いの店で車での来店を想定してる
みたいだけど、夜は車の通りも少ない
から、アイスクリーム店に来る客があまり
いないのは仕方ないだろう。
そんな感じの店だからか、バイトを始めて
半年もすると、夜の時間は僕に任される
ようになっていた。
お店を閉めて、後かたずけをして、
レジの計算までやっていた。
店閉め担当のようなものだった。
ある日、お客が来ないので今日は少し早く
店を閉めようかと思っていたところへ、
一人のお客が入ってきた。
女の子で、どうみても高校生くらいにしか
見えない。
その子が僕の前にゆっくり歩いてきて、
「ストロベリーサンデー1つください。」
と注文する。
ストロベリーサンデーはアイスクリームに
ジャムをトッピングするデザートだ。
僕は女の子から料金を受け取り、
作ったストロベリーサンデーを容器に入れ
スプーンと紙ナプキンを添えて差し出す。
女の子はそれを受け取って店を出ていく。
こんな遅い時間にとは思ったが店を閉める
時間になっていたので、慌てて店を閉めた。
それから何日かして
またその女の子がやってきた。
注文はストロベリーサンデーだ。
僕は料金を受け取りストロベリーサンデー
を作り女の子はそれを受け取り帰ってゆく。
お互いに何か話しかけるということはない。
女の子が夜の遅い時間帯にやってきて、
ストロベリーサンデーだけを注文して帰る
ことを何回か繰り返せば、
いくら鈍い僕でも察しはつく。
けれども何を話しかければよいのか
分からないし、
たぶん高校生の女の子に、話し掛けて
良いものかも分からなかった。
女の子は髪はショートカットで、
高校のらしい、
ジャージのような服を着ていた。
その女の子はいつも夜の時間帯にしか
現れなかったのだけれど、
一度だけ日曜日に来たことがあった。
日曜日はさすがに僕一人では回らないので、
ベテランの先輩といっしょに仕事をする。
僕はレジ担当だ。
少し混雑している店の中であの女の子を
見かけた。
入り口近くの席に友達と座っていた。
彼女は友達と話をしながら、
僕の方をチラチラ見ている。
友達もチラチラ僕の方を見て
何かを話しているようだったけれど、
二人とも何も買わずに店を出ていった。
そしてそれがその女の子を見た
最後になった。
あの子と友達でどんなやり取りがあった
のかは分からない。
僕が彼女に話し掛けなかったことを
怒っているのだろうと思う。
でも僕は何も話しかけなかった
わけじゃない。
話しかける必要なんてなかったんだ。
夜のあの時間に彼女が店に訪れるのを、
僕は待ち焦がれるようになっていた。
交わされる言葉と言えば彼女の
「ストロベリーサンデー1つください。」
という注文と、僕の
「ありがとうございました。」
だけ。
その間には、
店の中に静かに流れる
音楽と、
夜の誰もいない時間に流れる
空気があって、
お互いがお互いを意識し合う、
時間があった。
なぜこの時間は
長く続かないのか。
なぜ結論を急ぐのだろう。
なぜ答えを必要とするのだろう。
言葉を交わす必要なんて、
ないじゃないか。
僕も彼女もこの時間が気に入って、
この時間の中で、
たくさんの無言の会話を交わしたんだ。
なぜそれがいけないことなのか。
僕には今でもわからない。
それからしばらくの間、
僕は彼女がまた現れないかと待ち続けた。
けれども二度と彼女は店には現れなかった。
*
「なあ、西園寺さあ。
普通にもったいなくね?
どう考えても両想いじゃないか。」
藤原らしい発言。
「話した通りさ。
僕は今でも間違っていないと思ってる。」
「それにしてもなあ。源はどう思うよ。」
「藤原のいうことも分かるし、西園寺の
いうことも何となく分かる。
でもその女の子はどうだったかな?
西園寺に会うために少ないお小遣いを
使って、ストロベリーサンデーを買って、
どんな味がしたかな?
少しかわいそうな気がするな。」
「独りよがりなのはわかってるんだ。
そのためにあの子に辛い思いをさせて
しまったとも思う。
だけど僕にはその後のことがどうしても
思い描けない。
話しかけて、その気にさせて、
でも付き合う気がないなら、
ひどい人でいいじゃないか。
それでいいよ。」
僕は少し言い過ぎたかなと思い、
「そうか、そうだな。
僕たちは大人だからな。高校生の恋とは
違う。西園寺は大人だ。」
矛先を藤原に向ける。
「まあ、この辺りは藤原にはわからない
よなあ。」
「うるせー。
でもなあ。西園寺さあ。
高校生じゃなければ声かけてたか?」
「相手次第だよなあ。西園寺。
藤原もこの辺りでいいだろ。」
「そうだな。なんだかんだいっても、
西園寺はちゃんと話しをしたわけだからな。
おい、源よ。
今日はちゃんと話してもらうぞ。
いつも、のらりくらりして、
お前から話しを聞いたことないぞ。」
西園寺もコクコクとうなずく。
「いいけどお前ら一つ約束してもらうぞ。」
「ん。なんだ?」
「これから話すことは、他言無用だ。
僕たち3人だけの秘密にしてくれ。」
「なんだか大げさだなあ。
たかが恋バナじゃないか。」
「約束できないなら今日はもうお開き
ということで。」
「そうはいかない。
今日は源から話を聞かないうちは
エンドレスで飲む覚悟だ。
なあ、西園寺。」
西園寺はコクコクとうなずく。
どうやら事前に話してあったらしい。
僕が黙っていると、
藤原が僕のことをジッと見つめて、
早く話せというように無言の圧力を
かけてくる。
「まあ、いいか。」
そういって、僕は話を始めた。
*
その子が僕の前に現れたのは、
僕がまだ幼稚園のころ。
出会った時から仲良くなって、
その子はいつも僕と一緒だった。
家にもついて来て、
僕のそばにいつもいるのに、
その子は僕にしか見えないんだ。
初めは変だなと思ったけれど、
一緒にいるうちに慣れていった。
寝るのも、学校に行くのも、
遊ぶのも、いつも一緒だった。
「これはイマジナリーフレンドといって、
想像の中の友達をいいます。
小学生に上がるくらいに出来ることが多い
ですが、大抵は高学年になるころに、
自然に消えてしまうものです。
この年齢まで消えないことは稀ですね。」
高校生になった僕は、
両親に強く勧められて、とある心療内科の
医者に診てもらうことになった。
僕の隣には大きくなったあの子がいた。
あの子には”ヒメ”という名があった。
ヒメは僕が大きくなると一緒に大きく
なって僕のそばにいつもいた。
彼女は僕にしか見えない。
高校生に成長したヒメは僕にいう。
『何でこんなところに来たの?
このお医者さん、わたし嫌い。』
「何か言ってますか?聞こえるんですね?
ここまでしっかり居ついてしまうと、
取り除くことは容易ではありません。
存在を信じてしまうので、否定が難しい
のです。薬を処方することも出来ますが、
あまりお勧めはしません。
日常生活に差し支えがなければ、
しばらく様子を見てもよいと思いますが。」
正直、僕はこのままでもよかった。
そんな僕を両親は心配してるみたいだけど。
僕は医者にお礼を言い、様子を見ることに
した。
両親にもそのように言われたことを伝え、
お医者さんがそういうならと様子を見る
ことになった。
それから3年が過ぎ、
僕は大学生になっていた。
あいかわらずヒメは僕と一緒だった。
ヒメは見えるし、話をすることも出来るし、
僕にとっては本当にそこに存在するように
しか思えない。
けれどヒメは実体をもたない。
僕はヒメのことが大好きだった。
手をつなぐことが出来ない彼女。
抱きしめることも、キスをすることも、
出来ない。
大きくなるにつれて美しく成長していく
ヒメ。
言葉を交わすことは出来ても、その存在を
確かめる事は出来ない。
彼女は僕に言う。
『私はあなたのことを愛してる。
ずっとわたしと一緒にいてくれたのは、
あなただけ。
だからわたしはあなたのために、
あなたが一緒にいてくれる限り、
あなたを守ってあげる。
あなたが居る場所は、
わたしの手によって繁栄するわ。
あなたが去れば見棄てられるの。
わたしがずっと守ってあげる。』
「でも僕は、気が狂いそうだ。
いったい僕がどんな罪を犯したというの?
なぜこんな苦しみを
受けなければならないの?」
『ええ。わかっているわ。
あなたの苦しみはよくわかっている。
それがもう限界ということも。』
ここでヒメはひと呼吸、間を置く。
この日が来ることを予期していたように。
『あなたには私のことをわかってほしい。
本当のことを話すわ。落ち着いて聞いて。
私はあなたたち人からは神様と呼ばれる
存在なの。
ちょうどお宮参りに来ていたあなたの中に
入らせてもらったの。
小さなあなたが混乱しないように、
私もあなたと同じ姿になってね。』
ちょっと唐突すぎて、
ヒメが何を話しているのか分からない。
それでも構わずにヒメは話しを続ける。
『私は小さくなるときに自分自身に約束を
したの。
実体はもたないこと。
その代わり成長とともに神通力を
取りもどすこと。
宿主、つまりあなたね、を愛すこと。
私は愛した宿主を通して、人びとを愛し、
この世界を愛すの。それが約束なの。』
「でも僕はとても苦しい。
世界中の人をあなたは救えるかも
しれないけれど、
目の前の僕のことを救えないなんて、
おかしいと思う。」
『そう。
私はその矛盾を感じている。
私の約束が
あなたを苦しめる結果となったことは、
とても辛い。
だから私はひとつだけ
変更することにしたの。
1年に1日だけ、
あなたの誕生日に私は実体をもつ。
代償として
私はそのために私の寿命を10年使う。
でも私は美を司る神。
その私が年老いて、
若いあなたと一緒にいることは
私には耐えられない。
だからあと3年。
つまり3回だけあなたと会うの。
そしたら私は神様に戻るわ。』
それが2年前のことだ。
この世界は現実にここに存在する。
そして目で見て、匂いを感じて、
触れることができる。
君の手を握り、
瞳に溢れる涙を拭ってやれる。
言葉や映像ではなく、
一緒に体感できることの素晴らしさを、
僕は君を通して初めて知る。
君を知ったのはたった2日だけど、
僕には20年分の重みがある。
もうすぐ最後の1日が来る。
その1日を終えた後のことは、
僕は何も予定していない。
*
「ん?話しは終わりか。
なんだその話は。
俺たちをバカにするなよ。」
「なんでだよ。
僕は真剣に話しをしてるんだ。」
「じゃあ聞くけど、そのヒメってのは
結局どうなったんだ?」
「まだそこにいるよ。藤原の隣に。」
藤原と西園寺がそちらを見る。
けれどもそこには何もない。
二人は顔を見合わせる。
「おい、いいかげんにしろよ。
いったいこの話しの何を
信じろっていうんだ。
全部お前の与太話じゃないか。
お前とは高校から一緒だったけど、
こんな話しは初めて聞いたぞ。」
「聞かれなかったからな。」
「だいたい、お前、高校時代は西宮が
好きだったんじゃないのか。
西宮もお前のことが気になってた
みたいだし、
俺はお前らが両想いだと思っていたぞ。」
「でも何もなかった。」
「そう。俺はお前が奥手すぎて、
イライラしてたんだ。
その言い訳が今日の話しなのか?
西宮が聞いたらなんていうだろうな。」
「そうだな。」
「だいたい百歩譲って、
お前の話しが本当だとしても、
わからないことだらけだ。
だいたいなんでお前なんだ?
なんで1年に1日なんだ?
なんで10年老化するんだ?
そうまでしてお前に会うのに、
なんで西宮のことを許すんだ?
説明してみろよ!」
藤原は完全に怒っている。
西園寺も同じだ。
ふたりともあまり話したくないことを、
この三人が今でも親友だと信じて、
秘密を分かち合うために話してくれたのは、
僕も分かっている。
今、時刻は夜の11時50分だ。
あと10分程で日付が変わる。
「僕は君たちを怒らせるつもりはないんだ。
藤原の疑問ももちろん説明する。
でも説明するのは僕じゃないんだ。」
「どういうことだ。
お前以外に誰がいるんだ?」
「もう少しで日付が変わる。
藤原は知ってると思うけど僕の誕生日だ。
誕生日が来ると何が起こる?」
「何がって。。」
その時、僕の腕時計の針が12時を指した。
藤原の隣の席に、
とてもきれいな婦人が座っている。
40代位のその人は、
年齢を重ねた美しさを体現している。
その人がさっきからこちらを見て
笑っていた。
藤原も西園寺もびっくりしている。
その艶っぽい笑顔に藤原はすこし見惚れて
いた。
西園寺は照れて視線を合わせる事が
出来ない。
「紹介する。この人が姫だ。」
「はじめまして。源の彼女の
姫です。付き合って3年目になります。
あ、知ってますね。
藤原クンがさっき色々と質問されてた
けれど答える必要ってあるのかしら?
あ、ひとつあるかな。
西宮さんのことは別に許していないわよ。
でももういいの。
わたしたち時間がないから、
もうお暇したいの。いいかしら。」
僕も立ち上がる。時間がない。
僕は3人分の飲み代を藤原の手に
押し込んだ。
唖然とする藤原たちを後に僕たちは
その場を去った。
*
1週間後。
藤原は西園寺を呼び出して、
あるバーで二人で飲んでいた。
カウンター席に二人並んで座っている。
二人ともなにも話さない。
二杯、三杯とグラスを重ねる。
カウンターには新聞が置いてある。
けれども二人はなにも話さない。