エッセイ 馬の目
*はじめに
子供の頃の思い出です。
*
YouTubeで宇多田ヒカルの「真夏の通り雨」
の動画を見ていた。
見ていると馬に乗る女性が出てくる。
馬に乗るシーンのあと、厩舎が現れ、
馬房から鼻だけ出している馬の鼻を
女性が撫で、厩舎の中を一人歩く。
このシーンが印象的で、
眺めながら、子供の頃の記憶が浮かぶ。
実家から少し離れた場所に厩舎があった。
小学生の頃にその厩舎に一人でよく行った。
その場所をどうして知ったか覚えていない。
小学生だった僕はその頃、自転車を買って
もらった。この頃、スーパーカーという
ものが流行っていて、
スーパーカー消しゴムや、ポテトチップスの
お菓子にスーパーカーのカードがおまけで
付いていて、それを集めるのが一種の
ステータスのようになっていた。
そんな流行りの中、自転車もスーパーカーに
模したものが流行り、ボタンを押すと、
ヘッドライトが上に飛び出したりした。
ギアのチェンジレバーも、シフトレバーの
ようでかっこよい。
子供のハートをわしづかみである。
その自転車に乗ってあちこち走り回るのが、
嬉しくて仕方ないころだったので、
その場所を見つけたのかもしれない。
*
最初はそれが何の建物なのか、
わからなかったと思う。
子供の僕には見上げるような大きな建物で、
入口が開いて、出口まで見通す事ができた。
でも、何がいるのかわからない。
入口から見ると馬房はまったく見えない。
誰もいないのを確認して中に入る。
すると直ぐに馬がいた。
初めて近くで見た馬は、
見上げるほど大きくて、
びっくりしたのを覚えている。
そして黒くて大きな丸い目で、
僕のことを真っ直ぐ見つめる。
やさしいその目は、
僕を少し安心させた。
厩舎の中を歩いていくと、
左右に馬がいて、
僕という闖入者に騒ぐことなく、
薄暗い厩舎の中、静かに立って、
こちらを見ていた。
僕は少し怖くなり、
出口に向かって走り出す。
厩舎を出ると外は青空で、
僕をホッと安心させた。
その後も、
何度かその厩舎に通ったけれど、
いつも誰もいなくて、
出迎える馬たちは
いつも同じように僕を迎えてくれた。
ある日、
厩舎にいったら馬たちがいなくて、
どこに行ったのかと探してみたら、
牧場の中を走っていた。
とても楽しそうで、
自由にタテガミを揺らしていた。
一頭だけ僕の方に近づいてきて、
立ち止まり僕の方を眺める。
その目は厩舎で見たときと同じ、
黒くて丸いやさしい目だった。
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