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ショートショート 老人の森

*はじめに
この物語は全てフィクションです。

森の奥に
老人がひとりで住んでいた。
いつからかは、わからない。

小さな畑を耕したり、
森の中の枯れ木を集めて
薪にしたり、

陽の当たる日には
揺れる椅子に座って、

小鳥たちのさえずりを
聞きながら、

森の木洩れ陽を
眺めていた。

そんな老人のところに
いつからか
一人の少年が訪ねてくる
ようになった。

彼はいつも
お昼過ぎになると、

日向ぼっこをしている
老人の椅子の横に座り
一緒に森をながめていた。

何も話さないその少年が、
なぜ老人の森に
来るようになったのかは、
老人もわからない。

でも、いつしか老人は
彼が訪ねてくるのを
楽しみにするようになっていた。

相変らず何も言わない彼が、
そばに座っていてくれるだけで、
老人は楽しいのだ。

ある日、いつものように
彼が訪ねてくるのを
待っていると、

元気のない足取りで、
森の中を彼が歩いてきた。

老人は少し心配になったけれど、
どうしていいのか、わからない。

ただ隣に座っていることしか
出来ない。

今日も小鳥たちは
この世界を音楽で満たし、

木洩れ陽は今日も、
光と影でスキップを
踏んでいた。

するとそのとき、
彼がつぶやいた。

「僕はいったい、
なんのために
生きてるんだろう。

毎日胸が苦しくて、
不安で押しつぶされそうで、

これがずっと続くと思うと、
何もする気にならない。

僕は誰も信じられない。

友達はもちろんいるけれど、
誰も本当のことをいわないし、
きっと僕をバカにしてるんだ。

僕を心配してくれる
友達もいるけれど、

もう誰とも
話したくはないんだ。」

そして彼は立ち上がり、
来た時と同じように、

元気のない足取りで
帰って行った。

老人は、おろおろと、
見送ることしか出来ない。

それから何日か、
彼は老人の森には来なかった。

悩み多い思春期。

老人にもそんな時期は
あったと思うけれど、

あまりにも遠すぎて、
思い出せなかった。

彼は明日は来るだろうか。
彼が来たら
自分に何か出来るだろうか。

次の日。
彼は老人の森にやってきた。

そして、
いつものように隣に座る。

何も言わず、
木洩れ陽を見つめている。

老人も木洩れ陽を見つめながら、
心の内で、
彼に話しかけていた。

『君のことは、
この森の小鳥たちだって、
木洩れ陽をつくる森の木たち
だって、

いつも楽しみに
待っているんだ。

そういう私だって、
君の来るのを
楽しみにしてるんだ。

今、君がここにいることは、
偶然とか、誰でもいいとか、
そんなことじゃないんだ。

君が答えなんだ。

君の親の、親の、
そのずっと先の、
親たちが、

長い長い時間をかけて、
君という答えを出したんだ。

そして君は、
次につなぐんだ。

君が次につなぐことを
みんなが支えてくれるんだ。

用意してくれるんだ。
待っていてくれるんだ。

不安になる必要なんて
何もないんだ。

なぜなら私もそうして、
ここにいるのだから。

本当に困ったとき、
もう進めないと思った時、

それはそっと、
君のそばに置かれている。

君はそれに気づくだけで
いいんだ。

だからそんなに
落ち込まないで。

これからも私のそばに
いてくれないか。』

彼はずっと、
木洩れ陽を見つめていた。

そして立ち上がり、
何も言わずに歩き出した。

老人はひとことだけ、
声をかけた。

「明日も来てくれないか。」

彼は大きく、うなずいた。

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