ショートショート 道に描いた絵
*はじめに
この物語は、フィクションです。
*
ある日のこと。
僕がひとりで道を歩いていると、
ひとりの少女に出会った。
その少女は道端にうずくまり、
何かを懸命に書いている。
年の頃は5,6歳だろうか。
このくらいの年齢に似合う
麦わら帽子を被り、
三つ編みにしたお下げが
帽子の陰から左右に分かれて見える。
きれいな金色の髪をしていた。
淡いピンクのオフショルダーの
服から見える白い肩が、
照りつける日差しに輝いて
羽ばたいているように見えた。
*
少女は通りかかった僕を見上げ、
にっこりと微笑む。
その微笑みに僕も思わず、
にっこり微笑む。
少女はまるで僕のことを知っているように
人懐っこい瞳を向けて、
「ねえ、この絵好き?」
と僕に話し掛ける。
僕はこの子の親が傍にいるだろうと思い
周りを確かめるが、
不思議なことに、
この塀に囲まれた一本道には
僕とその少女以外には誰もいない。
誰もいない、車も通らない道の上に、
少女は様々な色のチョークで
道一杯に絵を描いている。
何を描いているのか、
僕には分からなかった。
赤と、青と、黄色と、
緑のチョークで、
きれいな色が並べられてはいるけれど、
果たしてそれが、
何を描いているのかは
分からなかった。
*
「何を書いているのかな?」
僕は少女に聞いてみた。
「お兄さんには見えないの?」
少女は不思議そうな目で僕を見る。
なぜこの絵が見えないのかという風に。
それはまるで、僕への問いのように。
しばらく絵を眺めていた僕は、
あることに気がつく。
その絵は見えている一部なのだ。
後ろを振りかえれば、
僕が歩いてきた道に絵が描かれていて、
遠く先を見通せば、
さらに先にも絵が描かれようと
していた。
僕は歩きながら、
この絵を見てきたはずだけれど、
あまりにも絵が近すぎてか、
ほんの一部しか
見えていないせいでか、
この絵が何かが
分かっていなかった。
僕はこの、
どこから始まり、
どこへ繋がるか分からない、
一本道の始まりと、
終わりを見通そうと、
すこしだけ背伸びをして
眺めてみた。
そこに何か、この絵のヒントが、
見えるかも知れないと思ったからだ。
「そんなことしても、見えないよ。」
少女はいう。
「目で見ようとしたら、見えないよ。
そんなことしなくても、
あなたは、
これまで見てきたものが何か、
知ってるでしょ。
この絵はあなたが描いてきた絵だから。」
*
僕はこれまで何を描いてきただろう。
あまり人に自慢できるような
絵は描いていない。
それでも自分の描いた絵を
これからも描いていくしかない。
だって、
もうすぐ絵は完成するのだから。
完成した絵の出来映えを決めるのは、
この僕で、
きっと僕は、
その出来映えに満足するはずだ。
「分かったみたい。
私はあなたの描いた絵が大好きよ。」
そう言って、
少女は僕に
にっこりと微笑む。
もう何も迷うことなどないのだ。